アデルが打ち明けた違和感
彼女は弱々しい足運びで、こちらに近づいて座布団に座った。
何か話したいことがあるのだと思うが、俯きがちで口を開かない。
「ここに来てから、何か普段と違いますよね。何か理由があるんですか?」
「こんな話、信じられないと思うけれど……」
アデルは心細さを感じさせる声で言った。
もしかすると、信憑性の低いことを話そうとしているのかもしれない。
「旅を共にしてますから、大抵のことは信じますよ」
「じゃあ、聞いても驚かないで」
「は、はい」
アデルの前置きに背筋が寒くなりかけるが、肯定の言葉をどうにかしぼり出す。
「……アンデッドが苦手だと言ったことがあるじゃない?」
「会ったばかりの頃、遺跡に行った時もそうでしたし、モルネアからサクラギに来る時もそうでしたね」
「苦手な理由は見た目だけじゃなくて、アンデッドの気配がすると悪臭が鼻につくのよ。ゾンビの腐臭とかではなくて、上手く言えないけれど……」
アデルの声は消え入りそうだった。
言葉にしづらい感覚的なことを伝えようとしているのだけは理解できた。
「よく分からないですけど、アンデッド特有の気配というか、いることで悪臭として現れるってことですかね」
「だいたいそんな感じ。それでその、ここに入った時に臭いがしたのよね」
「この旅籠でですか?」
「……ええ、そう」
アデルはこちらの問いかけに消え入りそうな声で応じた。
彼女が打ち明けてくれた以上、俺の方でも抱いた違和感について話した方がいい気がした。
「実はこの旅籠、少し変な感じがするんですよね」
「マルクもアンデッドの気配を感知できるのかしら?」
「いえ、それはないですけど……違和感については上手く説明できなくて」
アカネと確認した扉は壁になっていた。
それ自体が不可思議であるのだが、ただの壁になってしまってはそれ以上調べようがない。
少女についてはアデルと話したとしても、謎が解明できるわけではないだろう。
「理解が追いつかなかったですけど、ここまで聞いた限りだと旅籠にアンデッドの気配があるってことですか?」
アデルの答えを聞くのに葛藤を覚えたが、核心に迫るためにも確かめておくべきだと思った。
「……ええ、そうね。勘違いなんてことはないはずだから、どこかに隠れているのか、過去にいた時の残滓(ざんし)なのか。それは分からないけれど」
「もしかして、過去にいた場合も悪臭を感じるんです?」
今回の件で重要なことだと思い、すぐに質問を返した。
「アンデッドの存在自体が物理的な悪臭、おぞましい気配、色んな影響を空間に残すから、何年も経たないと消えることはないわ。もちろん、水や風で流されたら薄れることもあれば、時間の経過で自然消滅することもあるわね」
「へえ、そういうものですか」
アンデッドに詳しくなかったが、ここまでの話で少し賢くなった気がする。
「ちなみに濃淡を感じ取ることはできたりしますか? もしも可能なら、怪しいところを調べることもできるかなと」
「多少の誤差はあるけれど、違いは分かるわ。アンデッドが近いほど気配を濃く感じるし、離れるほど薄くなるみたいな具合にね」
アデルは俺に話したことで胸のつかえがとれたのか、いつも通りの調子に戻り始めた。
そんな彼女の様子を見て、ホッと胸をなで下ろすような安心感を覚える。
「さっき話した違和感についてなんですけど、気になることがあるので、ちょっとついてきてもらってもいいですか」
「そうね、何か分かることがあるかもしれない。行きましょう」
俺とアデルは部屋を出て、廊下を歩き始めた。
消えた扉とアンデッドのつながりが分からずとも、確認してもらった方がいいような気がした。
廊下には照明代わりの行灯が用意されているが、明るさは限定的で薄暗く不気味さを感じさせる。
「ここがそうです」
扉があった辺りを指先で示した後、アカネと二回目に見た時には壁に変化していた話をした。
アデルは耳を傾けていたが、こちらが伝える内容に半信半疑といった様子だった。
「この辺りよね」
「……はい、そうです」
彼女は控えめな声で確認しつつ、扉のあった辺りに手を伸ばした。
初めは戸惑いの色が浮かんでいたが、時間が経過するにつれて彼女の顔には確信めいたものが垣間見えた。
「分かったわ。マルクが扉を見たのは勘違いではなさそうよ」
「えっ、何かわかったんですか?」
驚きを隠せないまま、アデルにたずねた。
「かすかだけれど、魔力の気配がする。前に認識を阻害する魔道具を作ってもらった時のことは覚えてる?」
「はい、アスタール山の老人が作ったものでしたね」
彼女はこちらの言葉に頷いて見せた。
「扉があった部分、私が使う魔法とは体系が違うみたい。魔力で加工されているのが分かっても解除は難しいわね。この向こうにアンデッドの気配を濃く感じるから、何か隠していてもおかしくない」
「そんなことが……ただ壁があるようにしか見えないです」
何度か触れてみても手触りに違和感はない。
アデルがいなければ、その仕組みに気づかなかっただろう。
「きな臭いことになってきましたし、ミズキさんたちに知らせましょうか?」
「……そうね。なるべく旅籠の主人には気づかれないようにしないと」
天気が崩れそうで水牛が動けない状況でなければ、旅籠を離れるのが一番だろう。
しかし、この状況で今夜の宿を探し直すのは困難だ。
水牛を大切に思うミズキが移動させることに同意するかは予想がつかない。
旅籠の主人、給仕の女……二人とも不審な点は感じられなかった。
場所を変えるか決断するのは危険かどうかを判断してからでも遅くはないはずだ。
ハンク不在とはいえ、魔法が得意なアデルと物理的に強いアカネがいることが大きく、そこまで不安は感じていなかった。
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