消失した扉……気のせいだったのか

 二人で無言のまま廊下を進んで、扉があったところに到着した。

 同じ位置を確認したところで、我が目を疑った。


「……あれ、同じ場所だよな」


 扉があったところは壁になっていた。

 すぐに触って確かめようと思ったが、少女の存在が脳裏をよぎって伸びかけた手を引っこめた。


「マルク殿、説明をお願いできるか?」


 アカネは珍しく戸惑っている様子だった。

 彼女の目には、ただ壁があるだけだと映っているだろう。


「自分でも変な話だと思うんですけど、この壁の辺りに扉があったんです」


「ほう、ここに扉が」


 アカネはためらうこともなく、壁に手を伸ばした。


「――あっ」


 何か起きるのではと不安がよぎったが、先ほどの少女が現れる気配はない。


「……どうかされたか?」


 アカネは訝しげにこちらを振り返った。

 彼女の瞳に圧を感じながらも、少女についてどう伝えるべきか迷う。


「いえ、何も」


「ここに扉があったというのはにわかに信じがたい。マルク殿がここを離れてから時間は経っていないのでは?」


「その通りです。ただ、たしかに見たはずです」


 少女の幻影が脳裏をよぎるが、息を呑みながら壁のところに手を触れる。

 見たままに壁があるだけで、扉を隠したような膨らみや窪みの感触もない。


「貴殿が拙者をだます利点がない以上、虚言ではないと思う。しかし、ここが壁であることは見間違いようがない」


「それはもちろん、だますつもりなんて」


「大丈夫だ。悪巧みをするような御仁でないことは理解している」


「あ、ありがとうございます」


 意外にもアカネの評価が高いことに驚いた。

 吸血忍者がそういう設定なのか、元々の性格がそうなのかは知らないが、彼女は感情を露わにすることがほとんどない。

 今の段階では人となりについても謎に包まれている。


「ここで議論していても仕方がない。それに姫様から離れるわけにもいかぬ。何か不審な点があれば、また教えてほしい」


「……分かりました」


 俺とミズキは扉のあった辺りを離れた。

 途中で振り返ってみたが、やはり壁になっていた。


「あれれっ、二人が一緒なんて珍しいじゃん」


 部屋の前に戻るとミズキが目を丸くして、こちらを見ていた。

 

「ちょっと気になることがあって……」


 ミズキはアンデッド耐性に加えて、性格的に肝は据わっているはずだ。

 一方で彼女の反応が読めない以上、この場所の怪談めいた情報を伝えるべきか決めかねる。


「拙者が声をかけて、館内を散策しておりました。姫様が泊まるところに不備がないようマルク殿と確認を」 

 

「ああっ、そういうこと。マルクくん、アカネに付き合ってもらって悪いね」


「い、いえ。二人にはお世話になっているので」


 アカネが話をでっち上げたので、こちらもそれに便乗する。

 ミズキに余計な心配をかけたくないのだと察した。

  

「そうそう、もうすぐ夕食ができるから、ここの食堂に来てほしいみたい」


 ミズキは俺とアカネに伝えた後、アデルの部屋にノックした。

 アデルが部屋から出てきて、ミズキは同じことを彼女にも伝えた。


 アデルは廊下を歩いていったが、どことなく元気がないように見える。


「ねえねえ、どうかしたのかな?」


 ミズキはこちらに近づいて小声で言った。

 アデルの様子が気にかかるようだ。 


「いえ、旅籠に入ってから上の空で……本人は何でもないと言ってましたけど」


「うーん、お腹が痛いとか」


「さあ、どうでしょう」


 ミズキのあっけらかんとした様子に緊張感が緩む。

 

「とりあえず、ご飯にしよっか」


「そうですね。あまり待たせても旅籠の人に悪いですし」


 俺とミズキ、アカネの三人はアデルに続いて食堂へと向かった。

 取りたてておかしなところはなく、旅館の食事処といった雰囲気だった。


「いらっしゃいませ。おかずは並べてありますので、今からご飯をよそいますね」


 俺たちが席につこうすると、給仕の女が現れた。

 主人よりも少し若く、特に不審な点は感じられなかった。

 

 床に敷かれた座布団に腰を下ろして、白米のよそわれた茶碗を受け取る。

 用意された食事はシンプルな和食だった。 

  

「いただきます」


 自然に扱うと不自然に見えると思い、箸を使いにくそうにしながら扱う。

 アデルの様子が気にかかり、じっくり味わうことなく食べ終えた。


「ごちそうさまでした」


 四人分の膳を下げた後、給仕の女がお茶を用意してくれた。

 日が暮れてから少し冷えるようになったので、温かいお茶はちょうどいい。


 旅の途中、和やかな雰囲気になりそうなものだが、ミズキとアカネもアデルのことを意識しているようで、あまり会話が盛り上がっていない。

 どこか気まずい空気が流れる中、給仕の女から風呂についての案内があり、その後はそれぞれに部屋に戻った。


 自分の部屋に入ると布団が引いてあり、旅の宿に泊まっていることを実感した。

 不気味な出来事さえなければ、この状況を満喫できるはずなのだが。


 少しばかり疲れた心境になり、床へと座りこむ。

 魔力灯はないものの、行灯があることで部屋に多少明るさはある。


 ――コンコン。


「はい」


 しばらく休もうと思ったら、誰かが扉をノックした。

 鍵は開けてあるはずだが、向こうからの反応が遅い。


「……どうぞ、開いてますよ」


 こちらが促すように呼びかけると、控えめな感じで扉が開いた。


「……マルク、ちょっといい?」


「あっ、はい。大丈夫ですけど」


 アデルは思いつめた顔をして、部屋の中に入ってきた。

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