人気食堂のウナギ
食堂に向かおうとしたところで、あまり目にしたことのない光景に立ち止まる。
店内にお客がたくさんいるのか、店の外に馬が何頭も係留されている。
それぞれ馬具の意匠が異なるため、持ち主は別々だと考えて間違いない。
「……そんなに人気なのか」
思わずそんな言葉が口をつく。
まるで行列のできる店の混みあう駐車場のようだ。
「さあ、中に入るよ」
先に待っていたミズキが店内へと足を運ぶ。
俺も彼女に続いて店の中に足を踏み入れた。
「おおっ、これは面白い」
この店のレイアウトは特徴的で、店の中心に従業員が動けるような空間と動線が確保されていて、お客はカウンターで立ち食いというスタイルだ。
牛丼屋を立ち食いにしたような雰囲気で、街道を行きかう人々が手早く食事を済ませられるようにこうなったのだろう。
店内はにぎわっているが、店内が広いことで空席がちらほらある。
ミズキが率先して席を選んで、横並びで全員が座ることができた。
「そういえば、マルクくんって大食いな方だっけ?」
「少食ではないですけど、そんなにたくさん食べる方ではないですね」
「うんうん、了解。並盛り四つ、全部ウナギを添えて」
「はい、ちょいとお待ちください」
ミズキは鉢巻きをした中年の男に伝えた。
もう一人中年の女もカウンターの中で動いているが、男の方が店主だと思う。
彼女が注文を伝えた後、周囲が少しざわつくような感じがした。
大半のお客が食事に集中して視線を向けることはないものの、雰囲気からして注文内容への反応ということは分かる。
「何か珍しいんですかね?」
俺はそれとなくアデルにたずねた。
「ここは庶民向けのお店みたいだから、ウナギのセットを頼んだのに驚いたんじゃないかしら。わりと値が張るのよ」
「ああっ、なるほど」
サクラギにおいてもウナギは高級品のようだ。
お品書きに乗っていても頻度の少ない料理というのは存在するので、この店ではウナギがそれに当たるということか。
するとそこで店の奥から、食欲をそそる香ばしい匂いが届いた。
遠い日の記憶に残る、ウナギ屋や焼き鳥屋で漂うタレが焼ける匂いと一致する。
「美味しそうな香りだ」
「これはたまらないわね」
俺とアデルは酔いしれるように、その香りを嗅いだ。
まだ何も食べていないのに食事が始まっているような錯覚に陥る。
漂う香りが弱まった後、店主がまな板で焼いたウナギを切り始めた。
そして、ぶつ切りになった身を温かそうなご飯に乗せて、そこに大きな急須からお茶のようなものをかけた。
「ここはお茶漬けが中心の店だったのか」
ミズキがあえて隠していたようで、他のお客に注意を向けるまで気づかなかった。
改めて周囲を眺めるとお茶漬けを食べるお客が大半だった。
「お待たせしました。並盛り四つ、ウナギ添えで」
湯気の浮かぶどんぶりが一つずつ運ばれている。
すぐに俺の目の前にも出された。
どんぶりからは湯気が浮かび、中心には刻まれたウナギが鎮座している。
その上にはすり下ろしたワサビの緑が引き立ち、盛りつけにも工夫がされているように感じた。
低価格で回転率重視の店だと思うが、こだわりがあるところに好感が持てる。
「お茶といっても、薄茶色の汁だから何かのだしってことか」
箸ではなく木製の匙が用意されており、それを手にして食べ始める。
まずは気になる汁の正体から。
ほどよい温度のそれを口に運ぶと、魚介系のだしの風味がした。
塩味は控えめでさらっと食べやすいようにしてあるようだ。
続いてこの茶漬けの主役であるウナギへと匙を伸ばす。
ひと切れを乗せて、ゆっくりと口に入れる。
「……う、美味い」
タレの加減が絶妙でウナギの身の脂の乗りもばっちりだ。
この甘みとだしの塩味が絶妙にマッチしている。
今度はワサビを添えて、白米とウナギを同時に頬張る。
爽快な辛味が全体の味を底上げするように、さらに美味しく感じた。
適度に空腹だったこともあって、食がどんどん進む。
どんぶり料理ということもあって、あっという間に完食した。
同じぐらいのタイミングでミズキとアデルも食べ終えたようだ。
一方、アカネはまだ何か食べている。
「あれ、もしかして……」
ヨツバ村の時もおかわりをしていたので、細身のワガママボディを維持するにはそれに伴うカロリーが必要なのだろう。
あまり凝視すると暗殺されかねず、自然な風を装って視線を逸らした。
「ミズキさん、ここのお代は?」
「ヨツバ村のお礼もまだだし、あたしが持つよ」
「ありがとうございます」
ウナギありだと割高になりそうだが、火山の件の報酬としてなら素直に払ってもらうとしよう。
アカネが食事の途中なので、待ちながら店主に出されたお茶をすする。
「これはいい風味ですね」
「緑茶の茶葉に乾燥させた柚子を混ぜたもので。ウナギは脂が多いから、食後にぴったりでしょう」
「はい、とても」
店主は話しやすい人柄で、食堂の仕事を楽しんでいるように見える。
人気のある店で忙しそうであっても、充実した表情が印象に残った。
「姫様、お待たせしました」
「アカネもお茶を頂いたら? けっこう美味しいよ」
「はっ、そうさせて頂きます」
アカネは店主から湯呑みを受け取り、ゆっくりとすすった。
長い黒髪の彼女がお茶を飲んでいると、なかなかに絵になる。
淡白な性格に加えて、鋭い殺気を放つことがなければ、スタイル抜群で完成された美女だと思うのだが……。
注意深いアカネには下心が察知されそうで、本能的に正面を向いた。
俺は何ごともないように、湯呑みに残ったお茶を口に運んだ。
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