ヤルマに向けて出発

 俺とアデルはミズキたちと別れてから、モミジ屋に向かった。 

 宿の従業員に事情を伝えると、あっさりと部屋を用意してもらうことができた。


 泊まるのは二人だけで宴などもなく、和食中心の夕食を済ませて、ヤルマへの移動に備えて早めに就寝した。


 翌朝、前回と同じ部屋で目を覚ました。

 身支度を整えて朝食をとり、従業員にお礼を伝えてから宿を出た。

 荷物を抱えて待っていると、アデルが少し遅れて現れた。

 

「おはようございます」


「おはよう。そろそろ、ミズキが来る頃ね」


 ちょうどそこへこちらに歩いてくるミズキとアカネの姿があった。 

 二人とも昨日より薄着で、ヤルマ仕様に切り替えているのだろう。


「お待たせー。もう出れる?」


「はい、お願いします」


「まずは牛車を取りに行くから」


 俺たちはモミジ屋の前を出発した。

 宿の辺りから通りに入ったところで、ミズキに声をかける。


「すいません、仲間に行き先を伝えてくるので先に行ってください」


「うん、分かった」


「マルクが牛車の乗り場に迷うかもしれないから、私も行くわ」


 アデルもハンクのところへついてきてくれるようだ。

 俺たちはミズキと別方向へと歩き出した。

 

 昨日、ハンクが作業していた辺りへ向かって、彼の姿を見つけることができた。


「おはようございます。朝からやってるんですね」


「おう、まだ残ってるからな。その様子だとどこかへ移動するのか」


「はい。ここの当主からヤルマという国を勧めてもらって、物見遊山みたいなものですけど、ちょっと行ってきます」


 ハンクはこちらの話を聞いてから、少し考えるような間があった。


「ヤルマって特に何もない南国みたいな印象だが、何か目的があるのか?」


 やはり、彼の勘は鋭いと思った。

 あのことも伝えておいてもいいだろう……たぶん。


「美味いマグロが食べられるっているのもあるんですけど、魔王がヤルマのどこかにいるらしくて……。本当にいるなら見てみたいなと」


「おおっ、そうか。おとぎ話にしか登場しないが、まさかいる……のか?」


「当然の反応ですね。ただ、当主が嘘をつくとは思えないのと、本人曰くとっておきの情報みたいなので、おそらく本当だと思います」


 ハンクはこちらの言葉に何度か頷いた。

 そして、今度はアデルの方に視線を向けた。


「アデルはどう思う?」


「うーん、私はマルク以上にゼントク……ここの当主に詳しいけれど、魔王がいるなんてでまかせを口にする人間ではないし、この話もある程度信用しているわ」


「なるほどな。修繕がなければついていきたいぐらいだ。ここへ戻ってきたら、実際の魔王がどんなだったか聞かせてくれよ。あと、マグロは腐りそうだから、土産はなくていいや」


 ハンクは気さくな様子で言った。

 

「分かりました。魔王のことを土産話にできるようにします」


「よろしく頼む。それじゃあな!」


 俺とアデルはハンクに手を振って、その場からミズキの元へと向かった。


 アデルに道のりを案内してもらい、町外れの一角にたどり着いた。

 道の脇に見覚えのある牛車が停まっている。

 二人で近づいていくと、客車からミズキが顔をひょっこり出した。


「すぐに出発できるから、乗ってくれていいよ」

  

「今回も拙者が御者を務めます」


 御者台に陣取るアカネがいつも通りの抑揚のない声で言った。

 

 俺とアデルが客車に乗りこむと、牛車がゆっくりと動き出した。


 冒険者として活動していた時は徒歩か乗馬の移動が中心だったので、こうして目的地に送り届けてもらうのは気が楽だと思う。

 客車自体は地面からの振動を吸収しやすい構造のようで、長時間の移動でも疲れを感じにくい。

 牛車での移動は理想的な交通手段だと、しみじみ実感する。


「おっ、何かいい匂いがする」


 柑橘類のさわやかな香りに目を向けると、ミズキがミカンを食べ始めるところだった。

 彼女は最初のひとつを口に頬張ろうとしており、何度か瞬きをしてこちらを見た。


「マルクくんも食べる?」


「えっ、いいんですか?」


「いいよ、まだあるから」


 ミズキが手を伸ばして、ミカンを差し出した。

 それを受け取り、見た目を観察する。


 日本でよく見かけるような鮮やかな橙色の皮ではなく、全体的に黄色っぽい皮でところどころに緑色の部分がある。

 文化水準を考えれば品種改良したようなものはないはずで、サクラギのどこかで採れたものだと思った。


「ミズキ、私ももらえるかしら?」


「うん、いくよ」


 俺よりも少し距離が離れているのもあったようで、ミズキはアデルにミカンを投げて渡した。

 アデルはそれをキャッチして、手で皮をむき始める。 


「ヤルマまでは時間がかかるから、のんびりいこうよ」


 ミズキはミカンを食べながら、大らかな様子で言った。


 今回のルートはヨツバ村へ行った時とは異なるようだった。

 窓の外を見ると、見覚えのないところを進んでいる。

 城下町を離れてしまえば、のどかな里山のような風景が中心でどこか郷愁を誘うような趣きがある。


 サクラギにはモンスターはほとんどいないらしく、何ごともなく牛車は進む。

 客車で気ままにすごすうちに昼時になり、一軒の食堂の前で停車した。


「アカネ、お疲れ様」


「昼食はこちらでよろしいでしょうか」


「そうだね、マルクくんたちに美味しいものを食べてほしいから」


 御者台の近くでミズキとアカネが話している。

 今日の昼食についてのようだ。


「二人とも、ここに寄ってくから」


 俺とアデルはミズキに呼ばれて、牛車を下りた。

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