謎の美女の正体
翌朝、目を覚ますと和風の内装が目に入った。
わずかな時間、日本にいるかのような錯覚に陥ったものの、サクラギの旅館であるモミジ屋に滞在したことを思い出した。
身支度を整えるために布団から起き上がる。
部屋の外にある水場へ向かおうとすると、廊下から見える庭園に目が留まった。
完成された空間で庭師のこだわりと技術を感じさせる。
澄んだ池や切り揃えられた庭木を眺めた後、その場から離れて洗顔を済ませた。
部屋に戻り、寝起きでぼんやりした頭が覚醒した頃、朝食について思い出した。
「……食堂に用意されてるんだったか」
俺は廊下に出て、場所をうろ覚えな食堂へと向かおうとした。
清潔感のある板張りの廊下を進むうちに、料理の匂いが漂っていることに気づく。
その匂いをたどるように歩いていくと、食事の用意された部屋を見つけた。
「あら、おはようございます」
「おはようございます」
中に入ろうとしたところで、仲居さんが声をかけてきた。
「朝食はここでよかったです?」
「はい、あちらの席にどうぞ」
「ああっ、どうも」
彼女に示された席の椅子に腰かける。
膳の用意された席は三つあり、一つは食事が済んでいるようで、もう一つはこちらの席と同じようにこれからのようだ。
「ハンク様から言伝がありまして、修繕のために先に出るとのことでした」
「そうですか、ありがとうございます」
ハンクは早く起きて、民家を直しに向かったようだ。
それから食堂で朝食を済ませて荷物をまとめると、待ち合わせ場所に向かった。
ミズキが手配したことと宿の従業員は信用できそうなため、重たくなる荷物は預けておくことにした(あとお土産も)。
モミジ屋の前へと足を運ぶとミズキの姿があった。
彼女の傍らには見覚えのある人物も控えていた。
「おはようございます」
「おはよう! 昨日はよく眠れた?」
「はい、布団の寝心地がよくて熟睡できました」
「それはよかった。紹介が遅れたけど、あたしの護衛を紹介するね」
ミズキはうれしそうな笑みを見せた後、近くにいた女を掴んで引き寄せた。
女はミズキに掴まれたことが恥ずかしいようで頬を赤らめた。
それもわずかな間で、こちらに向けた顔には感情の気配が希薄だった。
「拙者はアカネ。ミズキ様の護衛をしている。よろしく頼む」
「マルクといいます。よろしくお願いします」
アカネは黒衣のマントを羽織り、腰には刀を携えている。
彼女の眼光は鋭く、腕が立つ者特有の空気が感じられる。
黒く長い髪を一本に束ねており、どちらかというと愛らしい容姿のミズキに比べて、知的な雰囲気の整った顔立ちだった。
「あたしは慣れてるけど、アデルはまだみたいだね」
「俺も慣れてますけど、そのうち来ると思いますよ」
「ふふっ、朝が苦手らしいんだよ、知ってた?」
「えっ、そうなんですか?」
わりとゆっくり登場することが多いが、それは初耳だった。
ミズキも俺と同じようにアデルと旅をしていたようなので、その中で知ったこともあるのだろう。
「――ところでミズキさん。彼女、サクラギに向かう時、同行してました? 途中の温泉で似たような人を見たような……」
「いやー、人違いじゃないかな、あははっ」
「徒歩で並ぶのは無理ですけど、牛車にいたら分かるし、謎なんですよね」
「うんうん、きっと気のせいだよ」
ミズキはこの話題を避けようとしがちなのが気にかかる。
方法は分からないが、何らかの手段で隠れるなりしていて、ミズキに危機が及んだ際は助力するということだったのか。
まるで隠密のようであり、和風国家のサクラギであれば、忍者っぽい存在がいてもおかしくないような気もする。
あたふたするミズキの反応を見ているうちに、モミジ屋からアデルが出てきた。
「おはよう、揃ってるわね」
「おはよう!」
「おはようございます」
彼女は酒が残るような様子はなく、引き締まった表情で現れた。
火山のことを解決する必要があるため、意識を高く保っているのかもしれない。
「アデル殿、お初にお目にかかる。拙者はアカネ。ミズキ様の護衛をしている」
アカネはアデルに近づいて話しかけた。
「あら、ミズキに護衛なんていたの。よろしくね」
アデルはあっさりした反応だった。
二人の会話が済んだところで、ミズキが切り出す。
「さあ、牛車は用意してあるから出発するよ」
「はい、行きましょう」
俺たちはモミジ屋の前を離れて歩き出した。
通りを出てしばらくすると、一部が崩れ落ちた民家のある一角に近づいた。
修繕に当たる人たちの中にハンクがいることに気づく。
「これからヨツバ村に行ってきます」
「おう、気をつけてな!」
「それじゃあ、また」
ハンクは元気に手を振り、がれきを運ぶ作業に戻った。
やがて町外れに到着すると、一台の牛車が停まっていた。
「前回の水牛はお休みだから、今回はこの子で行くよ」
ミズキは力強く、水牛の頭部をポンポンと叩いた。
水牛はそれが心地よいようで、彼女に顔の部分をすり寄せる。
「すいません、前回の水牛と見分けがつきません」
「ええっ、全然違うよー、……まあいっか。手綱はアカネに任せるから、二人とも乗っちゃって」
ミズキに促されて、俺とアデルは客車の中に乗りこんだ。
俺たちが奥で腰を下ろしたところで、彼女も続いて入ってきた。
「今日中にヨツバ村に着くけど、翌日には猿人族に接近すると思うから」
「ちなみに向こうで遭遇したら、戦闘になりそうですか?」
「正直、殺生は好きじゃないけど、今回はそうも言ってられないよね。なるべく、二人には危険が及ばないようにするから、無理はしないようにね」
ミズキはこちらを配慮するような言い方をした。
彼女の神妙な表情に事態の深刻さを汲みとるのだった。
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