ヨツバ村の使者
ミズキを含めた三人が乗車を終えたところで、牛車が動き出した。
水牛は馬のように短時間で加速はせず、ゆっくりと速度を上げていく。
今日の天気はそこまで暑くはないが、バラム周辺よりも湿度が高い感じがする。
まばらに雲が浮かぶ程度で天気が崩れるような気配はない。
アカネとは出会ったばかりで、彼女のいる御者台から離れたところに座っている。
町外れを出発して少しすると、牛車は街道に入った。
城下町は栄えていたものの、町を離れてしまえばのどかな光景が広がる。
最初のうちはせせらぎや畑、農家のものと思われる小屋などが見えていたが、街道を進むうちに田園風景が見えてきた。
「水田がたくさんあるんですね」
車内で物思いに耽る様子のミズキに声をかけた。
ヨツバ村の状況が気にかかるようで、普段よりも口数が少ない。
「お米は主食だし、地酒の原料にもなるから、たくさん作ってるよ」
「ランス王国ではなかなか食べられないんですよ」
「へえ、代わりに何を食べるの?」
「小麦は栽培されるので、パンとかパスタですかね」
「ふーん、そうなんだ」
ミズキはどこか上の空で、会話がいまいち続かない。
負担をかけてもいけないので、一旦切り上げよう。
車内の空気はどこか張りつめたものを感じさせるため、アデルに話しかけるのもためらわれた。
せっかくの機会だからと窓の外を眺めて、時間がすぎるのを待つことにした。
日本の里山を思わせる景色の中、馬車よりも早いペースで牛車が進んでいく。
やがて、外を眺めるのにも飽きた頃、牛車はゆっくりと速度を落として停車した。
「皆様方、ここでしばし休憩とします」
アカネが客車の方に顔を向けて言った。
「お疲れ様でした」
「いえ、姫様に水牛を任せるわけにはいけませんので」
彼女は控えめに言ってから、風呂敷に包まれた荷物を回収した。
それから、外に向かって移動していった。
「うーん、徒歩で行くには遠いけれど、牛車に乗ったままだと運動不足になるわね」
「お腹空いたなー。もうお昼だよね」
アカネに続いて客車を下りると、アデルが伸びをしながら出てきて、その後に緊張の緩んだ様子のミズキが姿を現した。
「どうぞ、昼食はこちらに」
「うん、ありがと」
気の利く側近のように、アカネが何かを差し出した。
ミズキはそれを受け取ると近くの木陰に歩いていった。
「お二人の分もございます」
「あっ、ありがとうございます」
「ありがたく頂くわね」
アカネは俺とアデルにも渡してくれた。
それは植物の皮のようなもので包まれた食べ物のようだ。
俺たちは二人でミズキの近くに移動して、同じように腰を下ろした。
わりと大きな木で数人程度なら木陰に入ることができる。
「じゃあ、いただきます」
包みを開くと中からはおにぎりが出てきた。
サクラギならではの食事だと思った。
見た感じ海苔は巻かれておらず、白米の輝きが眩しい。
早速、一口目をかぶりつく。
炊いた米の柔らかさがふっくらとしており、自然な甘みが口の中に広がる。
何口か食べてみたが、具が入っていない。
「……これって、塩のおにぎりですか?」
俺はミズキの近くに控えるアカネにたずねた。
塩の味がしっかりとしており、白むすびというよりも塩むすびだと思った。
「ええ、左様です。他国の方であるのに、塩むすびをご存じなのですね」
「あ、ああっ、それなら前に各国の料理についての本を読んだ時、サクラギの料理についても書かれていたので」
「なるほど、それならば納得です」
俺の答えは適当なのだが、アカネは疑う素振りを見せていない。
気難しい印象があったものの、素直なところもあるのかもしれない。
白米のみという、いささか栄養バランスに欠ける食事だったが、塩むすびをいくつか平らげて昼食を済ませた。
食後、アカネが用意してくれた緑茶を飲んでいると、離れたところからこちらに歩いてくる人影が目に入った。
街道の通行人はちらほらいるため、その人物も通りすぎるかと思ったら、そのまま近づいてきた。
「――ミズキ様、お休みのところ失礼します」
二十代半ばぐらいの青年が深刻な様子でミズキに話しかけた。
「ええとたしか、ヨツバ村の人だよね」
「村長の息子のリンドウです。ミズキ様とお話しするのは初めてです」
リンドウはかしこまった姿勢を崩さず、ミズキが当主の娘であることを実感する。
「猿人族の状況についてはご存じかと思いますが、状況が差し迫っています。自分はいてもたってもいられず、こうして参った次第です」
「まあまあ落ちつきなよ。急ぎたいのもやまやまだけど、バタバタと近づいたら猿人族に気づかれるから。そうだよね、アカネ?」
「はっ、その通りでございます。拙者が集めた情報では、生贄を要求しながらも村を襲わないのは猿人族が損害を恐れており、今後も火山を鎮めることで利益を得続ける算段が明白である――そのように結論が出ております」
アカネが話し終えてからミズキはにやりと笑みを浮かべた。
「うちの諜報員はなかなか優秀だよ。猿人族の思惑通りにはならないから」
「……こ、これは失礼しました。村の大事と先走りがすぎました」
リンドウは深々と頭を下げた。
こちらから見ても痛々しいほど恐縮している。
「ほら、頭を上げてよ。今のところ予定通りだから安心して」
ミズキは穏やかな声を向けると、アカネにリンドウへお茶を用意するように伝えた。
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