そばを食べるマルクたち

 城下町の通りでは精肉店や食料品店、鮮魚店などが営業している。

 使われている文字は漢字などではなく、各国で使われている共通文字だった。

 その他には八百屋もあり、店主が威勢のいい声で呼びこみをしている。


「うん、いい雰囲気だ。この町に住みたくなる」


 自然となじんでいる自分に気がつく。

 もしも、ここで生活することになったとしても、第二の故郷と思えるかもしれない。


 自分自身に起きた反応に興味を抱きつつ、先を歩くミズキが足を止めたので、彼女の様子を確かめることにした。


「みんな、そばでも食べようよ」


 ミズキの機嫌は直っており、明るい様子だった。


「そばですか、いいじゃないですか」


「マルクくん、そばを知ってるの!?」


 迂闊だった。サクラギに初めて来たのに知っているのは不自然に映るだろう。


「麺料理に関する資料で見たことがある気がして……そんなに詳しくないです」


「そういうことか、お店をやってるなら勉強もするよね」


 ミズキの楽観的な性格に助けられた気がした。

 

「私は構わないけれど、ハンクはどんな料理か知らないんじゃない?」


「おれのことは気にすんな。サクラギの料理なら何でも大歓迎だ!」


「それじゃあ、そばで決定だね」


 先頭に立つミズキが引き戸を開けると、ガラガラッと音がした。

 どこか懐かしい響きを感じながら、四人で店の中に入った。


「いらっしゃい!」


「おばちゃん、久しぶり!」


 ミズキは店員の中年の女に声をかけた。

 そば屋という店の雰囲気が関係するのか、彼女の衣服に和の要素が見られる。 

  

「姫様、サクラギに帰ってきたんだねえ、元気にしてたかい」


「うん、元気だよ。一緒にいるのはあたしの友だち。とりあえず、そばを四人前お願いできるかな」


「はいよ、ちょっと待っててね。席は好きに使って」


 二人は慣れた調子で会話をすると、おばちゃんの方は奥の調理場に歩いていった。


「じゃあ、座ろっか」


 昼時の少し前だからか、店内のお客は俺たちだけだった。

 一番大きなテーブル席の椅子にそれぞれ腰かけた。


 少しして先ほどのおばちゃんがお茶の入った湯吞みを持ってきた。

 モルネアを離れてからは暑くないこともあり、中身は温かい緑茶だった。


「あらま、いい男ね。どちらの国から」


 おばちゃんはこちらを向いて、親しげに話しかけてきた。


「ランス王国です」


「ずいぶんと遠いところから来たのね。ゆっくりしていってちょうだい」


「どうも、ありがとうございます」


 ミズキで慣れたと思ったが、まだ日本人風の人と話すのは不思議な感じだ。

 歓迎されているようなので、温かい気持ちになる部分もある。


「うーん、緑茶を飲むとサクラギに戻ってきた感じがするよ」


「このお茶、風味がよくて美味しいですね」


 今度は緑茶についてよく知るような言い方をしないように注意した。


「これだけ上品な味なのに、どの家庭でも広く飲まれるというのだから驚かされるわ」


 今度はアデルが感心するように言った。

 サクラギ以外の出身者からすれば、そういった感想になるようだ。

 彼女が評価するのだから、ある程度は質が高いということになる。 


「昔からお茶作りが盛んだからねー。モルネア方面には出回ってないかもだけど、一部の国には流通してるよ」


 ミズキが補足するように説明した。

 ちなみにハンクはそこまで興味がないようで、何も言わずにすすっている。


「はいよ、お待ちどおさま。付け合わせは天ぷらにさせてもらったよ。かけそばじゃお姫様と異国のお客さんに悪いからね」


 お盆を抱えたおばちゃんがやってきて、和の趣きがあるテーブルの上にどんぶりを四つ置いた。

 どんなそばが出てきたのか興味が湧き、焦点を合わせる。 


 ほのかに香るだしの匂いと立ちのぼる湯気。

 目の前に添えられた木の箸。

 つゆの中に浮かぶ細い麺ときれいに揚げられたエビの天ぷら。


 そば屋として営業しているだけあり、完成度の高い一杯だった。


「はぁっ、こいつは見たことねえ料理だな。麺が入ってるから、麺料理ってことだよな」


「お客さん、そばは初めてみたいだね。これは乾燥させた魚と大豆から作った調味料を合わせたつゆで、中の面はそばの実を粉にして作った麺なんだ」


「ああっ、そばの実なら聞いたことがある。それを麺にしたってことか」


 ハンクは感心するように言った。


「ささっ、みんな食べようよ。麺が伸びちゃうよ」


「おっと、姫様以外は箸が使えなかったかね。うっかりしてたわ」


 おばちゃんは足早に調理場の方に向かうと、三人分のフォークを持ってきた。


「これなら食べやすいから、使ってくださいな」


「私は使えるから、問題ないわよ」


 アデルはサクラギに来た時に覚えたのか、器用に箸を使っている。

 おそらく、俺も使えそうな気がするが、なぜ使えるのかという話になりそうなので、ここはフォークを使うことにしよう。


「アデルすげえな。こいつはどうなってるんだ? 棒二本で細い麺を掴むなんて、難しすぎるだろ」   


 ハンクは少し悔しそうだったが、フォークを手にして食事を始めた。

 仲間たちの様子を微笑ましく思いつつ、俺も食べることにした。


 まずはエビの天ぷらからにしよう。

 揚げたてのような雰囲気なので、やけどに気をつけて口へと運ぶ。

 しっかり味わうために少しだけかじってみた。


 衣のサクサク感とエビの旨味を十分に感じられる。

 さらに食べ進めると、つゆが衣に染みて味わいに変化があった。

 ほのかな甘みとだしの風味が加わり、違いを味わうことができる。


 バラムでもフリッターを食べることはできるが、ここまで完成度の高い揚げ物はなかなか出会えない。

 十分に天ぷらを味わった後、今度は麺を食べてみることにした。

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