和風な町を散策する
遠くには輝くような緑の溢れる小高い山々。
その手前には殿様が住んでいそうな城がそびえる。
城下町の入り口に仰々しい門はなく、木製の外壁と通用門があるだけだ。
ミズキは我が家に帰ってきたような気軽さで、牛車を城下町の方へと進めた。
「入るのに許可とかいらないんですか?」
質問してみたものの、この国の姫に対して愚門だと思った。
先ほど復活したばかりで本調子ではないことに気づく。
「誰でも大歓迎だから、許可はいらないよ。一応、門の近くには兵の誰かがいるんだけど……」
彼女は会話もそこそこに、何かを探すように視線を左右に向けている。
「姫様、お戻りになられたのですね!」
牛車の近くに誰かが近づいてきた。
声の主に目を向けると、さわやかな雰囲気の青年だった。
軽装とはいえ武装しており、兵の一人であることが分かる。
長めの髪型とすらりとした体型で、異性から好かれそうな雰囲気だ。
「おおっ、ユッキー! 久しぶりじゃん、元気だった?」
ユッキーと呼ばれた青年は笑みを浮かべて、ミズキへと言葉を返す。
「小生は特に変わりありません。ゼントク様のご統治のおかげで、サクラギは今日も平和です。姫様も変わらずご息災のようで、安心しました」
「はぁっ、おとんはどうせ『ミズキがいないと寂しいー』とか言ってたんでしょ」
「あのその……、それについてはノーコメントでお願いします」
ユッキーはミズキと言葉を交わした後、こちらの存在に気がついた。
俺と目が合い、彼はペコリと頭を下げた。
「姫様のご友人とお見受けしました。小生は城下町の見回りを担っているユキマルと申します。どうぞ、お見知りおきを」
丁寧な言い回しをするユキマルに好感を覚えた。
どう返すべきか考えた後、俺はおもむろに口を開いた。
「はじめまして、ランス王国のバラム出身のマルクといいます。よろしく」
「おれはハンクだ。冒険者をやってる」
会話を聞きつけたようで、アデルとハンクが御者台の近くに来ていた。
アデルはユキマルと面識があるようで、特に自己紹介をしなかった。
「皆様、長旅でお疲れでしょう。小生が牛車を移動させておきます。高価な品や金品があるようでしたら、携帯するようにしてください」
「ユッキー、ありがとう。それじゃあ頼むね」
ミズキは御者台を素早く下りた後、水牛を何度か撫でた。
俺も彼女に続いて牛車を下りる。
地面の上に両足が着くと、土と砂の感触に安心感を覚えた。
「よっしゃ、サクラギの町を散策しようぜ」
牛車から軽やかに着地したハンクが、明るい様子で言った。
来る前から楽しみにしていたので、実際に来ることができて喜んでいるようだ。
四人とも牛車を下りたところで、ユキマルが御者台に乗りこんだ。
水牛は慣れているのか、彼が乗っても抵抗することなく動き出した。
「では姫様、失礼します」
「はいはいー、また後でね」
ユキマルはミズキに頭を下げると、手綱を握って牛車を移動させた。
「お昼ご飯には少し早いけど、今から食べに行かない?」
牛車が離れたところで、ミズキが俺たちに提案した。
「俺はいいですよ。わりと空腹ですし」
昨日の食事は量こそ十分だったが、内容に偏りがあった。
「おれもいいぜ」
「私も賛成。地元の星、ミズキ様に案内してもらいましょう」
「何それ、ちょっと悪意がある言い方だね」
アデルはミズキに突っかかるような態度だった。
何となく理由は想像できる。
「ううん、全然気にしてないのよ。アンデッドが出るのを隠して、伝えなかったことなんて、全然気にしてないんだから」
「すんごく気にしてるじゃん。ああもう、悪かったよ。アデルに言ったら本気で迂回しろとか言い出しそうだから、伝えにくいんだよ」
ミズキはふてくされるように言って、アデルに背中を向けた。
「まあまあ、ミズキさんはアデルが怖がらないようにと気遣ったみたいなので、ここは怒りを収めてください」
サクラギに着いたばかりで、険悪な空気になってほしくない。
ここに来ることができるのも限られた数だと思うので、せっかくの機会を満喫したいのだ。
「やれやれ、仕方がないわね。大人げないって思われるのも癪だから、なかったことにしてあげるわ」
「俺もアンデッドが得意なわけではないので、気持ちは分かります」
「ミズキとハンクが平気なのがおかしいのよね、まったくもう」
アデルは渋々といった様子だが、これ以上は引っ張ることはないようだ。
女子二人の小競り合いが収まり、ホッと胸をなで下ろした。
ミズキは天真爛漫なところもありつつ、身分の高さからくるような鼻っ柱の強さが端々に感じられる。
それに加えてアデルも自己主張が強い方なので、状況次第で意見のすれ違いが起きそうだ。
「……二人はどんなきっかけで知り合ったんだろう」
俺は素朴な疑問を抱きつつ、城下町を歩き出した。
転生前、昔の日本を遺したままの町を見たことがある。
目に入る民家や商店はそういった建物に似た造りをしている。
地元民と思われる通行人たちは一様にいきいきとした表情をしており、この町あるいはこの国の状態がよいことを示すようだ。
表面的に見れば和風という言葉が当てはまるのだが、彼らの服装は着物ということはなく、紋つき袴姿で歩くような偉い人もいない。
ミズキが着ているような洋装に近い質素な服を着ている人が大半だ。
郷愁と違和感を同時に抱くという不思議な感覚ではあるが、いつかの故郷を想いながら町を歩く。
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