親バカな当主――その名はゼントク

 本来の食べ方ではないのだが、パスタを食べるように麺をフォークに絡める。

 ある程度まとまったところで、口の中へと運んだ。


「食べやすい食感で、つゆの風味とばっちり合ってる」


 そばからはいい香りを感じるのだが、遠い日の記憶は思い出せない。

 転生者マルクとして、そばの香りを味わうような感覚だった。

 辛い日々があったとしても、薄れゆく記憶に一抹の寂しさを覚えた。


 とそこで、俺のしんみりした気分を打ち破るように、勢いよく引き戸が開く音が届いた。


「ミズキー、おかえりー!」


 開口一番、唐突に現れた男はミズキの名を呼んだ。


「――はっ、おとん!?」


 当のミズキは困惑した表情で男を見やった。   

 彼女の反応と「おとん」という言葉から、男が彼女の父親であると判断した。

 聞いた限りではサクラギの当主らしいが、それが頷けるような貫禄がある。


「里帰りしたのに声をかけてくれないなんて、お父さんは寂しいなー」


 ミズキの父は萌黄色の袴を身につけており、一見すると立派な人物のようである。     

 その一方で、恋人に会えないことを悲しむ乙女のように湿っぽい姿を見せている。

 

 俺はその様子にかける言葉がなく、アデルは完全に無視してそばを味わい、ハンクに至っては「誰だ? このおっさん」と戸惑うような表情で手を止めている。


「……あの、俺たちはミズキさんの友人なんですけど、彼女のお父さんですか?」


 微妙な空気がいたたまれず、おずおずと声をかける。

 すると男はしゃきっと背筋を伸ばして、大物感を漂わせる視線を向けた。


「こほん……。わしはこの国の当主、ゼントクである。此度はサクラギへよくぞ参った。ミズキの友であるならば歓迎する……ああっ、あとミズキの父である」


「あははっ、そうですか……。よろしくお願いします」


 ゼントクのノリが掴めそうにないので、とりあえず愛想笑いをしておいた。

 腰に刀を携えているため、何かの拍子に怒らせるのは得策ではないと感じた。

 気まずい空気が流れかけたところで、先ほどのおばちゃんが何ごともない様子で歩いてきた。 

   

「いらっしゃい、ゼントク様! お昼はまだでしょ、そばを食べていってよ」


「う、ううむ、そば屋に来てそばを食べぬのは不作法というものだな。わしにもそばを一杯頼む」


 ゼントクは決まりの悪そうな顔で椅子に腰を下ろした。

 その後、すぐにおばちゃんが湯呑みを彼の近くに置いた。

 俺たち四人のものとは見た目が異なり、彼専用の湯吞みのようだ。


「……それにしても、ミズキよ。家出同然でサクラギを出て、何をしていたんだい? お父さん、心配で心配で胃は痛くなるわ、抜け毛は増えるわで大変だったんだよ? 手紙の一つでも書いてくれたよかったのに」


 先ほどまでの威厳ある振る舞いはどこへ消えたのか、ゼントクは態度を一変させてミズキに語りかけた。

 あまりにアップダウンが激しいため、だいぶ寛容な性格であるハンクでさえも引きつった顔を見せている。


「……過保護がすぎるから、アデルに頼んで連れてってもらったんだって。彼女はサクラギの外のことに詳しかったし」


「むぅ、やはり赤髪のエルフ殿が手を引いておったか」


 ゼントクは口惜しいと言わんばかりに、弱々しい表情でアデルを見た。

 一方の彼女はさして動揺することもなく、ことりと小さな音を立ててどんぶりを置いた。


「まったくもう、ミズキがサクラギを出て一年以上経つのに、相変わらずの親バカっぷりでうんざりするするわ。一人娘が心配なのは理解できるけれど、そろそろ子離れしたらどう?」


 アデルは淡々としながらも迫力を感じさせる声で言った。

 彼女の圧に押されたのか、ゼントクは口ごもっている。

 しかし、それもわずかな間で、彼は抵抗するように口を開いた。


「貴殿に何が分かる? 独り身で子どももおらんではないか……」


 ゼントクが言い終わる前にイヤな予感がしたが、彼も似たようなことを直感したらしく、語尾が尻すぼみになった。


「――まあ待て、アデル。このおっさんは子煩悩なだけで、悪意はない……なあ、そうだろ?」


 店内の空気が凍りついたところで、ハンクが先んじるように発言した。

 彼はゼントクに視線を向けており、助け舟を送るような仕草だった。

 発端となった本人は当主の威厳や貫禄をどこかに忘れてきたかのように、小刻みに首を縦に振った。


「……おとん、あたしたちはサクラギを訪問することが目的だから、邪魔しないでほしんだけど。みんなにこの国のいいところを知ってもらうつもりだから」


「ミズキよ、この国のことを思ってくれるんだな……ぐすん」


 一国の当主が情緒不安定であることに一抹の不安を覚えるが、何だかいい話めいた空気になっている。

 このまま丸く収まってほしいので、援護射撃をしておいた方がいいだろうか。


「ミズキさんはサクラギの名産を教えてくれたり、故郷を大事に思ってますよ。今回も俺たちを牛車に乗せて連れてきてくれましたし」


「そうかそうか、わしの見ない間に成長しておるんだな。お父さん、ちょっぴり感動しちゃった」


 ゼントクは目尻に浮かんだ涙を拭い、会話の合間を縫うように置かれたそばを勢いよくすすった。


「す、すごい食べっぷり……」


 思わずそんな声を漏らした。

 

 彼はあっという間にそばを平らげると、湯吞みに手を伸ばしてお茶を飲んだ。


「皆の衆、食事中に騒がせてしまい、大変失礼した。ここはわしが支払わせてもらう」


 ゼントクは気が晴れたような表情で宣言した。

 本人以外が呆気に取られていると、おばちゃんに代金を手渡して去っていた。

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