EP2 僕の世界
それは急に起こった。私は小さなモニター越しに、タケルを監視している部屋の天井が崩れ落ちたことを確認した。そしてそこにはドラゴンがいた。やはりタケルはドラゴニュートであった!
私はすぐさまクロウリーさんを呼びに駆け出した。
――――――――――――――――――――
『サァ、乗レ、タケル』
さっきと同じ声が聞こえた。あの声はドラゴンのものだったのか。
「でも、ゴッホゴホ、僕…は、死にそうなん…だ。ヒュー、ヒュー」
『ソウカ』
そう言うとドラゴンは爪で自らの腹に傷をつけた。傷口から鮮血が滴る。
『舐メロ』
「え?」
『俺ノ血ニハ傷ヲ治癒スル力ガアル。早ク、舐メロ』
僕は地面を這ってドラゴンの側に行き、言われた通り傷口を舐めた。
酸っぱいような甘いような辛いような…不思議な味だった。
でも舐めた途端に体が熱くなって、まず頭が割れそうになるほどの頭痛が消えた。そして心臓が強く鳴り出し、手足に力が入るようになった。咳や変な呼吸も治った。
「すごい。久しぶりだ、この感じは」
元気になった途端、猛烈な空腹に襲われた。でも近くに食べるものもないし黙っていた。
『サァ、乗レ』
「うん」
ドラゴンは大きかったがなんとか翼の付け根あたりによじ登った。
「ここにいて平気?」
『大丈夫ダ。行クゾ』
翼がバタバタと動き出した。ドラゴンが脚を曲げ、ジャンプすると、急に視界が広がった。目下には穴の空いた建物があった。その周りには、あれは確か…森というものだった気がする。それが広がっていた。
顔を上げると空があった。でも、青くはない。黒に近いけれど漆黒ではない。そして所々光る粒々があった。綺麗だと思った。
そしてドラゴンは真っ直ぐにどんどん進んで行く。
「ねぇ、ドラゴン。この世界の空はなんて名前の色なの?」
『空ノ色?ソレハ時間ニヨッテ変ワルナ』
「へぇ面白いね。なんで変わるの?」
『太陽トイウモノガアルノダ。太陽ガ空ニアレバ空ハ青ク、昼トイウ。逆ニ太陽ガ空ニナイ時ハ、空ハ黒ク、ソレヲ夜トイウ』
「そうなんだ。じゃあ今は夜ってやつで、昼になれば青い空が見れるんだね?」
『ソウイウコトダ』
じゃああの本を書いた人の世界には太陽があったのか。でも、僕の世界にはないのか。
「そういえばドラゴン。僕達はどこに向かっているの?」
『オ前ニイイモノヲ見セテヤル。海トイウモノダ。』
…海。どんなものなのだろう。本にはあまりに巨大でご飯の時に飲む水というやつが無限にある場所と書かれていた。楽しみだ。
――――――――――――――――――――
『顔ヲ上ゲロ』
それはどこまでも続いていた。
「これが、海?」
『ソウダ』
「でっかいや。これ全部水かぁ。海の色は黒なの?」
『海モ空ト同ジデ、太陽ガアルカナイカデ色ガ変ワルンダ』
「へぇ〜。あれ?あそこだけ海の色が白だよ?」
僕はその場所を指差した。
『アア、少シ上ヲ見テ見ロ。月ガ見エルダロ?』
「月ってあれのこと?」
僕は海の淵に浮かぶ、半円形のものを指さした。
『ソウダ。アレガ月ダ。月ノ光ニヨッテ海ガ白クナッテイルンダ』
「そうなんだ。月っていうのかぁ。綺麗だなぁ。行ってみたいなぁ」
『行ッテミルカ?』
「え?行けるの?」
『アア、オ前ト俺ナラナ』
「じゃあ、行ってみたい」
『ワカッタ。落チルナヨ』
ドラゴンが急に動き出した。空に向かって一直線に飛び出したのだ。
僕はドラゴンに抱きついた。
こうすれば落ちない、多分。下を見下ろすとあんなに大きかった海が、小さく見えるようになってきた。
――――――――――――――――――――
私は観察室目掛け、サイトウと共に全力疾走していた。事情はサイトウから聞いた。
先程の轟音も天井の粉砕と言われれば納得がいった。これは相当面白いことになった。
「サイトウ、先に国に連絡しておいてくれ」
「了解」
私は何重にも掛かっているロックを解除し、重い扉を開け、観察室に入った。
本当だ。天井がない!だが、タケルとドラゴンの姿もなかった。逃げたのか?そう考えるのが妥当である。
次に私は管理室に駆け出した。そしてモニターの電源を入れる。タケルがこの研究所に来た時、チップを埋め込んでおいた。これでどこにいるかは容易に分かる。
「クロウリーさん、あと1時間で政府高官が視察に来ます」
「こんな真夜中にか!お偉いさんも暇だねぇ!ははははは!まぁわかった。それよりタケルを捕まえる。UCMの準備だ」
「UCMですか!?」
「そうだ。やっと出番だ」
UCMとは、アメリカのX-47を基につくられた、無人捕獲機のことである。
「燃料、エンジン、センサー、カプセル、その他諸機能、異常無し。準備オーケーです」
「わかった。まて、高度が…1500…?よし、シールドをつけてくれ」
「了解」
一体どこに向かっていると言うんだ。高度1500kmとは大気圏を超えた外気圏、宇宙空間である。私はすぐにタケルの健康状態をチェックした。
体温、脈、呼吸、安定だと?これもドラゴニュートの特性なのか?興味深い。
「UCM、オールスタンバイオーケー」
「わかった。カウント5でいく」
「了解」
「5、4、3、2、1…発進!」
轟音と共に2機の戦闘機が飛び立った。
「UCMからの映像をモニターに映してくれ」
「了解」
背後の大きなモニターに映像が映る。だんだん雲に近づき、突き抜けた。
どんどん高度は上昇していく。
――――――――――――――――――――
「うわぁ」
後ろを振り向くと思わず声が出た。
青い大きな球体があった。
『コレガ地球ダ。皆ンナ、ココニ住ンデイル。皆ンナノ大キナ家ダ』
みんなの家。ってことはみんなの世界か。
…え?みんな?
「ドラゴン、みんなって誰?」
『ソリャ、ミンナサ。地球ニ生キル全テノ生物。人間ダケジャナイ。犬ヤ猫、木ヤ微生物、大キサハ関係ナイ。命アル者全テノコトダ』
「ドラゴンも?」
『ソウサ、俺モダ』
「…僕も?」
『勿論オ前モダ』
なら地球は僕の世界でもあり、みんなの世界なのか。
「ドラゴン、お母さんは僕のいた白い部屋が僕の世界だと言っていた。でもドラゴンはこの地球が僕の世界だと言った。どっちが正解なの?」
『オ前ハ、ズット騙サレテイタンダ。アンナ狭イ部屋ノヒトツガ、オ前ノ世界ノ全テナ訳ガナイ。ダガ心配スルナ。俺ガコレカラ、本当ノオ前ノ世界ヲ見セテヤル。ソノ手始メニ月ダ』
「そっか、僕ずっと…。お母さん、なんで騙すなんてしたんだ…」
騙すことはいけないことだって、お母さんが言ったんじゃないか…。
『マァソンナニ落胆スルナ。前ヲ見テミロ』
これまた球体だが今度は光っていない。ごつごつしているように見える。
「あれが月?」
『ソウダ』
「海の上にあった時はとても小さかったのに目の前にあるのはなんであんなに大きいの?」
『遠近法トイウヤツダナ』
「えんきんほう?」
『ウム、巨大ナ物体モ距離ガ遠ケレバ小サク見エルトイウコトダ』
「ふぅん、そんなことがあるのか…それに形も違うね。これも遠近法だから?」
『イヤ、違ウ。ソレハ月ガ地球ノ周リヲ回ッテイルカラダ』
「???」
…はっ!僕は大事なことを忘れていた。
『エットダナ、マズ月ガ…』
「そういえばドラゴン、君の名前は?」
僕はドラゴンの話を遮って聞いた。
『俺ノ名カ…ソンナモノハナイ』
「名前がないの?」
『ソウダ』
「うーん、じゃあ…ボルケーノってのはどう?」
『ボルケーノ…?』
その言葉によってドラゴンは何かを見た。
『お前の名前はボルケーノだ』
…コレハナンダ?
『何故ボルケーノナンダ?』
「僕が前読んだ本に出てきたんだ。ボルケーノっていう赤い龍が世界を救う話なんだけど。見た目似てるし、色も同じだし、ボルケーノかなって思ってさ」
『ソウカ…』
「ダメか?」
『イヤ、気ニ入ッタ。今カラハソウ呼ンデクレ』
「ほんとか!よかった。わかったよ。ボルケーノ。よろしくな!」
『よろしくな、ボルケーノ』
マタダ。コレハ昔ノ記憶ナノカ?
ボルケーノの意識は現実に引き戻される。何かを感じ取ったのだ。
『ドウヤラ客ガ来タヨウダ』
「客?」
僕は振り向くと何かが追いかけてきていることに気がついた。
あれは確か…戦闘機とかいうやつ。
『掴マッテロヨ』
「う、うん、わかった」
ボルケーノが急に回れ右をした。吹き飛ばされるかと思ったが、なんとかしがみついた。どんどん戦闘機は近づいてきている。なぜ?そしてボルケーノも戦闘機との距離を詰め始めた。戦闘機がはっきりと見えた。でかい。
『クラエ!』
そう言ってボルケーノは炎を吐き、戦闘機を爆破した。
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目標まで残り僅か。モニターにはっきりとタケルとドラゴンが映る。もう少しで捕まえらえられる。その思った時だった。ドラゴンが炎を吐き1号機の燃料に引火して爆発したのは。
UCMには宇宙空間での使用の場合、大気圏突入時の熱に耐えられるようにシールドを張る。だが、ドラゴンの炎はそのシールドも溶かし、耐熱加工のなされた燃料タンクの鉄をも溶かしたのだろう。
「2号機の様子は!?」
「問題ありません」
「そうか、よかった」
――――――――――――――――――――
「あれ壊して大丈夫だったのかな?」
『明ラカニ俺タチヲ狙ッテイタシ、問題ナイダロ』
「そっか」
なんで狙われているんだ?
『マダイルノカ。鬱陶シイ奴メ』
ボルケーノの言う通り、戦闘機はもう一機あったのだ。
『モウ一度爆発サセテヤル』
ボルケーノがまた炎を吐いた。だが、今度はかわされてしまった。
『ナニ…』
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UCMには人工知能が搭載されている。1号機が爆発した時、2号機は瞬時にドラゴンの攻撃パターンをラーニングした。なので同じ攻撃が2度は通じない。2号機はすぐさま裏手に回った。
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『ドコダ…』
炎を吐く前はちゃんと目の前にいた。なのに今はどこかに消えた。
ガシャン!
その時、僕とドラゴンは何かに包まれた。
『ナンダコレハ』
「わかんない。あ!」
『ドウシタ!?』
「あそこに戦闘機が」
プシュー
白い煙がタケルとボルケーノを包んだカプセル内に充満される。
急に頭がくらくらしてきた。まぶたが重い。
『大丈夫…カ…タケ…ル…』
「ボルケ…ノ…」
――――――――――――――――――――
2号機が発射したカプセルがタケルとボルケーノを捕らえた。2人はすぐさま研究所に送還されたのだった。
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