第33日-9 ラストバトル ★

 ついに二人並んでは歩けないほどの幅になった通路。何回も角を曲がり、十分ほど経ったところだろうか。


『そろそろのはずです。……左へ』


 ミツルの声を合図に、手にしていた懐中電灯の光を消す。こちらが近づいていることを悟られないように。


『その先を右。突き当たりが目的地です』


 これがミツルの最後の案内。グラハムさんが軽く頷き、《トラロック》を抜いて構えた。二人共壁にピタリと背を付け、慎重に歩みを進める。

 曲がり角に到達し、いったん屈みながら奥を覗き込むと、真っ白な光が辺りに漏れていた。カツ、カツカツという靴の音、カチカチという金属がぶつかる音がかすかに聞こえてくる。

 暗闇の中、はっきりと浮かび上がる長方形の光。


 今のところ、クリスタレスレーダーである懐中時計は何の反応も示してはいない。ここには無いか、まだ起動していないということ。

 どうやら間に合ったようだ。


 自分の胸元を親指で指し示し、〝反応無し〟の意を伝えるために手を左右に振る。グラハムさんが軽く頷いたのを確認し、すばやく曲がり角の先の壁際へと身体を滑り込ませた。

 俺のあとをついてきたグラハムさんはそのまま右側の壁際へ。


 向こうからこちらの姿が見えないぐらい離れた位置から、中を覗き込む。これまでの狭い通路とは違い、かなり広い部屋になっているようだ。この遺跡は比較的小さな部屋がいくつも連なっている構造をしているのだが、爆発事故の現場ゆえに壁が崩れたのだろうか。

 もしくは、もともと何かの実験をするためのフロアだったのかもしれない。何しろ、〈クリスタレス〉が初めて見つかった場所だ。


 明かりは既存のものではなく、彼らが持ち込んだ照明器具だろう。この場所は爆発の影響で何もかもが吹き飛んだはずで、そんな大掛かりな物が残されているはずがない。

 その、かなり巨大な照明器具の光に反射して、巨大な白い筒のようなものが見える。

 その陰になっているのか人の姿は見えないが、足音からすると二人いるようだ。

 マーティアスとピート。今まさに、その禁断のオーパーツを起動する準備をしているに違いない。


 当然、このまま成り行きを見守っている訳にはいかない。グラハムさんと顔を見合わせてわずかに頷き、壁伝いにそろりそろりと部屋に近づく。


 ビリビリとわずかな電流が身体に回り始める。思わず左目をわずかに細めると、それに気づいたグラハムさんが「アレだ」とでも言うように顎で正面を見るように俺を促した。


 中は灰色の壁に囲まれた円形のフロアになっていた。天井はドーム型で、入口に入ってすぐに下りの階段がある。この一角だけ吹き抜けになっていて、さきほど見えた白い筒の本体は恐らく下のフロアにある。

 筒はそこから天井近くまで真っすぐに伸びた、かなり大きなもの。巨大な天体望遠鏡を鉛直方向に向けている感じだろうか。


「……」


 グラハムさんが顔を下に向けたのがわかり、俺もそれにならって視線を下へと向ける。

 そこには確かに、マーティアスとピートがいた。マーティアスは操作端末のキーボードを叩き、少し離れて白い筒を見上げてはまた端末に近づく、を繰り返している。

 一方ピートは機械本体の周りを右へ左へと動き、ときどき計測数値を読み上げていた。

 どうやら起動準備はまだ整っていないらしく、二人からは焦りの色が滲み出している。


「そこまでだ、マーティアス・ロッシ!」


 グラハムさんが大声で叫び、階段を飛び降りた。ハッと顔を上げたピートがすぐさま動き出そうとしたが、グラハムさんは右手の《トラロック》をピタリとマーティアスに照準を合わせた。それを見たピートはすぐさま足を止め、口元をわずかに歪める。


 階段を下りた俺はグラハムさんのやや斜め後ろから滑り出た。グラハムさんの左側をカバーするように立ち、紅閃棍を構える。

 クレストフィストの第一形態〝トライアングル〟を起動。甲に正三角形の紋章が浮かび上がり、左腕の腕力と防御力が上昇する。


 グラハムさんは、光学研の所長『スーザン・バルマ』ではなく『マーティアス・ロッシ』と呼びかけた。勿論、「正体はもうわかっているぞ」という揺さぶりだ。


「あのときのO監の捜査官か。何故ここが?」


 マーティアスは既に予想していたのだろうか、特に慌てるでもなくグラハムさん、続けて俺を睨み、冷たく言い放つ。

 ……いや、努めて冷静に振舞おうとしているだけだ。スーザン・バルマがマーティアス・ロッシだとわかったからこの場所は突き止められた。そのことに思い当たらないぐらい動揺しているのだろう。声の震えまでは隠せていない。


「さぁてね。あんたの日頃の行いが悪いんじゃないの?」


 《トラロック》を構えたまま、グラハムさんがいつもの調子で言葉を返す。


「悪いけど、あんたの悲願もここまでだ。そいつの実験は阻止させてもらうよ」

「冗談じゃない……っ!」


 両肩を怒らせ、マーティアスが拳を震わせる。細い眉と碧の瞳がみるみる吊り上がった。


「ここまで六年……いや七年もかかった。やっと、やっとここまで来たんだ! あともう少しでアヤ救うことができるのに……。邪魔されてたまるかっ」


 マーティアスが白衣の下から銃を取り出すのが見えた。銃声が鳴り響く中、反射的に躱しながらピートの姿を目で追う。

 断続的に伝わる懐中時計からの電流。ピートの姿が連続写真のように現れては消え、現れては消え――こちらへとまっすぐに近づく。


 グラハムさんの背後に回り、紅閃棍を回転させる。振り下ろされそうになったナイフを弾き、続けてピートの鳩尾に一撃を喰らわす。「グッ」と小さく呻いたピートの身体が仰け反った。


「やらせません」

「そうそうっ」


 妙な合いの手を入れたグラハムさんが、俺の陰から氷の弾を放つ。しかしピートの左手は懐――〈クリスタレス〉を起動したのだろう、わずかな体の動きで躱してみせた。

 ……が、その冷気がピートの黒い背広の左腕を一瞬だけ凍てつかせる。


 約三秒、時間を止められることは認知済み。グラハムさんはその三秒後の動きを予測したのだ。

 第二形態〝ヘキサグラム〟を起動、逆三角形が追加され六芒星に。甲にバックラーが出現。銃撃もナイフも十分防げる。

 よし、これなら――。


「ロッシを頼む」


 ピートに《トラロック》を向けたグラハムさんが、俺に囁きかける。

 予想外の台詞に、思わずグラハムさんの顔を見上げた。


「えっ……」

「止めるんだろ」


 グラハムさんが視線だけで示した先には、マーティアスがいた。操作端末の前から離れず、必死の形相で銃を構えている。

 絶対に邪魔はさせない、という気迫だけはこれでもかというぐらいに伝わってきた。


「奴は俺が引き受ける。行けっ!」


 ドンとグラハムさんに背中を押され、足を踏み出す。マーティアスは躊躇なく引き金を引いた。

 拳を眉間に。ギィンという鈍い音が鳴り、バックラーによって銃弾が弾かれる。

 その狙いは恐ろしく正確で、構えといい狙いといい、素人のそれではなかった。

 

 一介の研究者、いわゆる民間人が銃の撃ち方まで身につけるとは。

 すべては、アヤ・クルトを生き返らせるためか。


「来るな!」 


 マーティアスが二発、三発と続けざまに銃を放つ。一つはバックラーで防ぎ、もう一つは頭を左に動かすことで躱したが、右頬にライターで炙られたようなジリッとした痛みが走った。


「やめろ、マーティアス!」

「うるさい!」


 すかさず左手を白衣の下に突っ込んだマーティアスが取り出したものは、何かの武器……いや、オーパーツだ。黒い懐中電灯のような筒を俺に向けて構える。

 まだ未起動、なのに信じられないぐらいの痺れが俺の身体を襲う。


「食らえ!」

「くっ……!」


 強烈な電流の報せと共にその黒い筒先から放たれたのは、光が蜘蛛の巣のように広がるレーザービーム。まるで投網のようなその光が、俺の頭上から覆いかぶさるように襲い掛かってくる。

 第三形態〝ザ・サークル〟を起動し、自分の身体を半球状のシールドで覆い隠す。シールドにまとわりついた網目のようなレーザーはしばらく絡みついたあと、バシュッという音と共に消え去った。それとほぼ同時に〝ザ・サークル〟も消え失せる。まだ解除の操作はしていなかったのに。


 どうやら結晶のエネルギーを使い切ってしまったらしい。突入前に、新品のオープライトに交換しておいたにもかかわらず、だ。

 とてつもない威力……その証拠に、胸の懐中時計も若干の熱を持ったまま静まり返っていた。恐らく感知系統がショートし、レーダーとしての役目を失って壊れてしまったのだろう。

 つまり、あの黒い筒はイーネスさん達の予想をはるかに超えるシロモノだったということだ。もし取り込まれていたらどうなるのか、想像するだに恐ろしい。


 マーティアスは自らの身体を使って〈クリスタレス〉を使用したらしい。恐らく初めてだったのか、眉間に皺を寄せている。身体に入った毒のせいだろうか、ふらりとよろけるのが見えた。


「――〝〟!」


 腹の底から絞り出すように、マーティアスに投げかける。

 雲一つなく晴れ渡った、あの日の空。その真昼の太陽の光に似た、真っ白な光のもと。

 かつて――アヤ・クルトが呼んでいた、彼女の愛称で。


「……!」


 マーティアスの瞳が、大きく見開く。

 その碧色の瞳の奥に、少しだけ過去の彼女の影がよぎるのが見えた。

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