第33日-7 遺跡の入口にて ★

 最短で、とミツルに言われたので、幹線道路から山側に入り、およそ自動車では通れなさそうな細い山道をひた走る。

 時には細長い樹が立ち並ぶギリギリのところ、あるいはあと数センチで崖のような斜面、というような道のり。


「うげっ、マジかー!」

「口を開けてると危ないですって!」

「これで黙ってろっていう方が無理だってーの!」


 グラハムさんの大絶叫を聞きながらバイクを走らせ、十分ほどで遺跡の入口手前についた。O監の警備施設が建ち、警備車両が何台か停まっている荒れ地だ。言うなれば、遺跡の入口に向かうための関所のような場所。

 駐車場にバイクを停め、奥へと進む。そして白い板の扉が四枚填められた、長方形の入口らしきものの数メートル手前には、装備を固めた二人の警備官が姿勢よく立っていた。ミツルの指示は伝わっているらしく、俺達二人を見てさっと道を開ける。

 そして二人の警備官の敬礼に見送られながら、俺たちは奥へ進み、その入り口の前に立った。


 なおイアンの方はというと、警備課がすでに交通事故現場に到着し、彼を正式に逮捕してO監警備課車両に移したらしい。そしてそのまま、スーザンの隠れ家へと向かったようだ。

 スーザンの隠れ家は、言うなれば未知のオーパーツの宝庫。モア・フリーエを爆破させた仕掛けといい、何が待ち受けているかわからない。

 オーパーツレーダーや電磁シールドなど、O監が用意できる最大限の装備を身につけ、早急かつ徹底的に周辺調査をした上で突入を試みるそうだ。


 そしてシェパードさんとハイドさんは遅れてこちらに向かっているらしい。

 俺たちがスーザンとピートを確保したら、ここにある警備課車両でO監に移送することになる。しかし現場で不測の事態が起こる可能性もあるし、何かしらの対応が必要になるかもしれない。人員はどれだけあっても足りないので、念のため二人共こちらに詰めることになったという。


「ここがその遺跡の入口……か」


 グラハムさんが物珍しそうに辺りを見回す。

 シャル島の中央、シャル山のふもとに眠る遺跡は、茶色い土の山肌の一部が崩れ落ちて白銀色の金属の壁が露出した、ひどくこの場に不釣り合いの建造物だ。

 秘密基地、とでも言った方がいいかもしれない。いつ誰が作ったのかもわからない、明らかにオーバーテクノロジーな施設。

 エネルギーをさまざまな形に変換する『場違いな工芸品』――オーパーツが眠っている場所な訳だから、当然と言えば当然だが。 


 俺たち二人がいるここは初めてトロエフ遺跡が見つかった場所で、言うなれば『正規の入口』とされていた場所。

 当初はこの入口から調査が進められ、そして十五年前にオーパーツが発見された訳だが、遺跡はさらに奥……シャル山を囲むように東西にも伸びており、実際にはかなり大規模なものだった。

 そのため現在は何か所か別の山肌から掘り進め、金属の壁をこじ開けて入口を作り、さらに奥へと進められている。


 違法発掘が減らないのはこの遺跡がかなり巨大であり、ディタ区の山の麓から掘り進めればほぼ確実に遺跡の壁にぶち当たるからだ。

 ……とは言っても、専門の工具や機械がなければとてもじゃないが到達できず、到達したところでこじ開けることも難しいので、それをやり遂げるのは並大抵の労力ではないが。


 警備課は発掘現場の警備が任務としてあるので、遺跡付近に来ることは多い。オーパーツ研究所の研究員の警護を任される場合は遺跡調査に立ち会うこともあるため、警備官の中には遺跡の中に入った人間もそれなりにいる。俺も過去に三回ほど遺跡の中に入ったことがある。

 しかし捜査課であるグラハムさんは、バルト区やセントラルと行った市街地での捜査が主な任務だ。ひょっとすると、初めて来たのかもしれない。研修で映像を見たぐらいだろうか。


 元は自動ドアだったと思われる重い金属の扉を二人でスライドさせ、中に入る。


「来たはいいが……その現場ってどこにあるんだ?」


 遺跡内部は網目のように通路が張り巡らされていると推測されているが、瓦礫で潰れてしまっている個所も多く、その全容はわかっていない。

 特に七年前の事故現場は「触れるべからず」という判断が下されたため、そのエリアへと繋がるこの入口自体が立ち入り禁止になっているのだ。だからこの入口から移籍内部に入るのは、当然ながら俺も初めてだった。


 七年前の事故により封鎖されたこの入口は、警備官が二十四時間体制で厳重に見張りをしており、中はというと人間の代わりにO監が取り付けた監視カメラ、赤外線スコープ、警報装置などが領域の番人となっている。

 つまりあの事故以来、O監と言えどこのエリアに入った者は誰一人いないのだ。


『七年前の情報を基にした見取り図で経路を確認します。また各装置もタイミングを見てOFFにしなければならないので、しばらく待ってください』

「りょーかい」


 どうやらミツルの準備が整う前に俺達は着いてしまったらしい。

 グラハムさんは軽快にそう答えると、「ふーん?」と言いながら辺りを見回していた。古くなって崩れた建造物、というよりはまるで打ち捨てられた研究所のような遺跡内部。

 この先に――マーティアスがいる。


『マーティアス・ロッシの逮捕は決まってるんだ。それまでに気持ちの整理、しっかりつけとけよ』


 不意に、目の前のグラハムさんと今日のお昼前に忠告をしてくれたときのグラハムさんが重なった。

 こうしていま実際に、マーティアス・ロッシを逮捕するために俺達はここに来ている。


 ……だったら。

 やっぱり、どう整理をつけたかをちゃんと伝えるべきじゃないだろうか。

 重大任務の前に。きちんとやり遂げてみせる、という意思表示の意味でも。


「あの……グラハムさん。すみません、少しだけいいでしょうか」


 意を決して話しかけると、グラハムさんが振り返って「ん?」というような顔をした。


「グラハムさんに言われたことを考えてみたのですが」

「あん?」

「マーティアス・ロッシのことです」

「……ああ」


 グラハムさんがどこかホッとしたような顔をする。やはり俺のことを心配してくれていたらしい。


「僕……実家の食堂を手伝っていたとき、研究者だった彼女たち――アヤ・クルトとマーティアス・ロッシを幾度となく見ていました」

「そんなしょっちゅう来てたのか?」

「週に一回は、必ず。二人はいつも、自分たちがしている研究の話をしていました。……いや、主にマーティアスが」

「へぇ……」


 少し驚いたように相槌を打つ。昔の二人とよく顔を合わせていた、という新事実のせいだろうが、俺が自分自身の話をするのが珍しい、というのもあるだろう。


「マーティアスが食事もそっちのけで自分の考えを熱心にアヤ・クルトにぶつけて。それに対して、アヤ・クルトが冷静にダメ出しをして」

「ダメ出しなんだ」

「そうですね。理論の穴をつかれてマーティアスが落ち込む、というのが多かったかな」

「ふうん……」

「猪突猛進なマーティアスをたしなめながら、その熱意をよりよい方向へと修正し、形にしていたのがアヤ・クルト。……僕にはそう見えました」

「意外だな」


 グラハムさんの表情は、「え、あの女が?」と目が口ほどに物を言っていて、思わず溜息が漏れた。

 確かに、グラハムさんから見れば光学研所長の『スーザン・バルマ』は冷酷無比の、目的のためには手段を選ばないマッドサイエンティストにしか見えなかっただろう。

 それは間違っていないが、ほんの一面だ。彼女が自分を殺した後に創り出した、想いが呪いへと変わってしまった表情かお


「そうやってアヤ・クルトにたしなめながらも、当時のマーティアスは希望に満ちていて、自分達の研究にやりがいを感じていて、とても生き生きしていて。だから、サルブレア製鋼で対面したとき驚きました。あまりにも雰囲気が変わっていて」


 最初は、オーラスに命令されて抗えず、別の人間にならざるを得なかったのかと思っていた。

 記憶を失ったか、それとも性格が変わらざるを得ないほど脅されたのか、と。


「グラハムさんから見て、僕がマーティアスを気にしているように見えたのは……多分、そのせいです。同一人物なのは間違いない、でもそう信じたくない気持ちもあって」

「……」


 でも違っていた。彼女の研究の裏には、七年前の彼女がちゃんといた。

 いや、いたどころではない。七年前のあの爆発事故こそが、『スーザン・バルマ』の存在意義。すべての源だった。


「七年前の彼女が亡霊のようにちらついていました。だけど、マーティアスが『アヤを生き返らせなくちゃ』と言っていたというのを聞いて……わかった気がしたんです。マーティアスは、研究者としてアヤを崇拝していて、同時にどうしても越えられない壁を感じていたんじゃないかな、と」


 グラハムさんに話しているうちに、感覚でしか捉えられていなかったマーティアスが形になっていく。

 急に、彼女の姿の奥が見えた気がした。いつになく饒舌になる。本当に、いつになく。


「アヤがいないと駄目なんだ、と。だから、全然印象は違うけれど、間違いなくあのマーティアスだと思いました。――姿形も、その感情の矛先も変わってしまったけれど」

「……」

「きっとマーティアスもアヤの亡霊に縛られている。過去は、ちゃんと過去にしないといけないんです。だから僕は、そのことを分からせるためにも、彼女を止めようと思います。もう――彼女を逮捕することでしか、彼女を救うことはできませんから」


 これで、グラハムさんの忠告に応えたことになるだろうか。

 一気に喋ってやや疲れ、息をつく。

 再び顔を上げると、「そっか」と呟きながら頷き、やや優し気な表情をしているグラハムさんと目が合った。


「うん、わかった。俺もリュウライに協力する」

「……はい」


 どうにか伝わったようだ、と今度は安堵の吐息が漏れる。


 まだ実地研修中の候補生にしか過ぎなかった俺を対等に〝相棒〟として扱い、信頼するとは、覚悟するとは、背中を預けるとはどういうことかを教えてくれたのがグラハムさんだった。

 そして今、本当の〝相棒〟として重大な任務に臨む。変なひっかかりや憂いはすべて無くし、信頼、覚悟、そういったものを伝えたかった。


「リュウ」


 話し終えた俺に、グラハムさんが真剣な顔で語りかける。


「お前が、マーティアスを止めるんだ」


 ゆっくりと、だが力強く。その声が、無機質な金属に囲まれたこの入口の壁に反響して響く。

 マーティアスとしての過去を知る俺だからこそ、彼女を止められる。

 そういう『信頼』『預ける』を乗せた言葉だろうか。


「――はい。必ず」


 クレストフィストを填めた左手の拳を握り、自分の胸を差す。

 グラハムさんはかすかに頷き、満足したように微笑んだ。


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