Three days before ~エピソード・0~(後編)
穴の中に入って地面を見ると、おびただしい数の足跡が残されていた。その中に自分の足跡を紛らせながら、リュウライは慎重に奥へと進む。
中は意外に広く、高さと幅が共に二メートルほどのトンネルになっていた。天井には一定間隔ごとに電灯が埋め込まれているため、明かりをつける必要もない。
大人数による掘削、周到な準備――かなり大規模な違法発掘と言えた。欲に目が眩んだ個人の仕業ではない。これはある大きな組織が秘密裏に、かつ計画的に推し進めたものだということがわかる。
注意深く見回しながら奥へと足を進める。土壁の所々には腕が入るぐらいの穴が開けられていた。その深さはまちまちであり、どうやら結晶を採取するために開けられた穴だと分かった。
結晶は正式には『オープライト』といい、オーパーツを動かすための燃料のようなもの。
その大きさは人の親指大で地中を掘り返せば出てくることはあるものの、〝ここにある〟と判明していない限りこのような掘削にはならない。
(これはやはり、オーパーツレーダーを所有しているとみて間違いなさそうだ)
これまで辿ってきた道のりとその構造を頭に叩き込みながら、リュウライは深い溜息をついた。
そして、このトンネルを一時間で往復するためにも急ごう……と足を速めたが。
それから十分も経たずに、トンネルは遺跡内部に到達していた。そのあまりの道程の短さに、リュウライは思わず息を呑んだ。
これもまた、異常な事態だった。一見、廃墟にしか見えないこの遺跡は、その土の中でどのように広がりどこに入口があるかも分かっていない。闇雲に山を削り穴を掘り進めても、遺跡内部に到達できるかどうかはわからないのだ。
よってO研では、現在発見されているポイントから遺跡の構造を予測し、ほど近くの場所で発掘作業を進めている。
しかしこの場所は、O監の監視から逃れるためか、そのポイントからも遠く離れている。
(こんなダイレクトに遺跡に辿り着けたのは、偶然か……それとも必然か?)
じっとりとした汗が背中に流れるのを感じながら、リュウライは注意深く遺跡の入り口周辺を調べた。
足跡はそこで途切れ――どうやら内部には一歩も侵入していないようだ。
遺跡は未知のエネルギーを蓄えているともいわれ、知識の無いものが足を踏み入れることは非常に危険だ。かつてはオーパーツの扱い方を誤り、爆発事故が起こった事例もある。
そしてリュウライも、O監の人間としてある程度の知識はあるものの専門家には遠く及ばない。
(あと五十分弱で警備課の人間が来る。一度戻り、内部の様子を通信で報告した方が良さそうだ)
そう判断したリュウライは、トンネル内を引き返すことにした。
* * *
ヒュッという風を切る音と共に、ナイフの切っ先が目の前に現れる。
リュウライは咄嗟にしゃがみ込んで敵の軸足を蹴り上げようとするが、既にそこに足は無かった。自ら後ろに跳ね、宙返りをする。両手にナイフを構え、ユラリと立ち上がった。
背はひょろ長く、黒のスーツをだらしなく着ている。髪は灰色と茶色が混じった不思議な色をしており、顔は痩せこけて長く見えた。
長い首を前に突き出した、ひどく猫背な男だ。リュウライより一回り以上年上に見える。
無精髭に囲まれた口の右端が、わずかに上がった。――薄気味悪い笑顔。
(いつの間に? 気配を全く感じなかった)
男の赤い瞳が嫌な輝きを放った瞬間、あっという間にリュウライの目の前に飛び出してくる。
足が長く腕も長い。リュウライより圧倒的に間合いが広く、かなりの手練れだ。ただ無茶苦茶にナイフを振り回している訳ではない。陽動の攻撃に紛れ込ませ、的確にリュウライの急所を狙ってくる。
(しかも、俺が中にいることをあらかじめ分かっていたようだ……)
遺跡へと続く道の中での唯一の曲がり角。視界が狭くなるその一瞬を、この男は狙ってきた。
男が振り下ろしたナイフをリュウライは左手のバックラーで受け止める。すかさず右手の拳を突き出すが、相手に身をよじって躱される。
リュウライの左手にはめられた黒の指抜きグローブは、彼が身に付けている唯一のオーパーツ《クレストフィスト》。第二形態〝ヘキサグラム〟が起動――手の甲に直径十センチほどの小さい盾が出現している。
(……仕方ない)
縦に横に、両手のナイフで次々に襲ってくる男の攻撃を、陽動は躱し、真の一撃はバックラーで受け止めながら、右腕を懐に入れる。
「ぐあ……っ!」
それまで全く言葉を発さず攻撃を繰り出していた男が呻き声を上げながら吹き飛び、背後の土壁に激突した。
その隙に、リュウライがグローブと連結している左手首のバングルを操作する。
手の甲からバックラーと共に正三角形が一つ消え、第一形態〝トライアングル〟へと変化した。筋力増強効果だ。
そして鈍く赤色に輝く一メートルぐらいの棒を水平に構え、男を睨みつけた。
リュウライが懐から出したのは、手の平に収まるぐらいの紅色の筒。ボタン一つで長さ一メートルほどの棒状に伸びる、リュウライ愛用の武器・
棒術では右に出る者はいないと言われたリュウライのために作られた、重さ・強度・硬度全てにおいて申し分のない品だった。
オーパーツではなく自らの肉体で戦うリュウライにとっては、自らの誇り、源でもある。
しかし通常の任務で紅閃棍を使うことは殆どない。使うまでもなく叩きのめせることが殆どだからだが……それほど、この両ナイフの男は強敵だった。
「……っ!」
リュウライの黒い瞳が、まるで空洞のように生気がなくなる。その瞬間、男の目の前からリュウライの姿が消えた。棍の先が男の頭上に突然振り下ろされ、男は咄嗟に左腕で受け止めた。ギィンと鈍い音がして弾かれる。
プロテクターでも仕込んでいるのか。骨を砕いた感触は無い。
と、コンマ何秒の間で感じ取りながらリュウライは棒を翻し、水平に薙ぎ払う。男はかろうじて避け、ステップで大きく後ろへと下がった。
――その瞬間、トンネル内に漂っていたひんやりとした空気が急に掻き消えたのを、リュウライは肌で感じた。
距離を空けてはいけない。咄嗟にそう判断したリュウライが、躊躇なく男に急接近する。
足元から顎へ棍を振り上げるが、わずか数ミリで躱される。すかさず棍を軸に身体を捻り、回し蹴りを繰り出した。
一切攻撃の手を休めないリュウライ。武器として支えとして目眩ましとして、多彩な動きを見せる紅閃棍が、残像による赤い紋様を宙に描く。
間合いが完全にリュウライの間合いになり、男は防戦一方になった。
しかし――全く当たらない。紙一重で躱される。男の息が上がり、急速に体力の衰えを見せ、足元もおぼつかなくなってきているにも関わらず、だ。
(何が起こっている……!?)
リュウライがこのおかしな事態に異様さを感じた、そのときだった。
リュウライの右側の空気だけが急速に振動した。土壁に亀裂が入り、天井からも土砂が降り注ぐ。
目の前にいたはずの男はいつの間にか土砂の向こうにいた。濛々と土煙が立ち上り、あっという間に視界が遮られる。
「ピ……ッ!」
誰かの声が耳を掠めたのと、リュウライがバングルのスイッチを押したのが同時だった。
第三形態〝ザ・サークル〟起動――重力場が変化し、土砂がリュウライの身体に触れる前に外に弾き出される。
半球状のシールドが形成され、リュウライは降り注ぐ土砂の中に取り残された。
(不利と見てトンネルの壁を破壊し、土砂崩れを起こさせたのか。随分と思い切りのいい手を打つ……)
チッと舌打ちをしながら紅閃棍を握りしめるリュウライは、ふと、ついさっき耳を掠めた声を思い出した。
(戦っていた男の声じゃない。あれは……女……?)
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