『FLOUT』オーパーツ監理局事件記録 ~SideL:揺らぐ未来と封じられた過去~
加瀬優妃
序章 虚を突かれ
Three days before ~エピソード・0~(前編)
ナータス大陸の南東、五十キロほど離れた海に浮かぶ有人島『シャル島』。
その中央には緑に覆われた円錐形の火山、シャル火山がそびえ立ち、その周囲を守るかのように十メートル級の針葉樹林の森が広がっている。
秋も深まってきた昼下がり、シャル島の東側のふもと。
細長い樹木が乱立するその一角に、一人の少年が山肌を見上げて立っていた。
もう二十歳になっているようには見えない、幼さが残る顔。少し大きめの濃い深緑色の拳法着に包まれた小柄な身体。無造作に切られた黒い髪。前髪は長く、この工業都市シャルトルトではあまり見ない黒い瞳を簾のように隠している。
その風貌は、この薄暗い森の中で身を隠すのにちょうどよかった。
少年の視線の先には、茶色い地面が露出した斜面が立ちはだかっていた。その上方に、人一人がやっと通れるぐらいの穴が開いている。
周辺は木々の枝が不自然に折られ、あちこちに散らばっていた。
その穴は、少年の身長より一メートルは上にあった。山の表面は草やコケで滑りやすくなっており、手をかけるところもない。並みの人間では到底、中に入ることはできないだろう。
(……自然にできた穴にしては綺麗すぎる)
少年の瞳がわずかに細くなる。注意深く目の前の草木を観察すると、ところどころに不自然に地面が削られている跡があった。やや上方には肩幅ぐらいに二か所、凹みがある。地面を見ると、四角い凹みが二か所、ほぼ同じ間隔でついていた。
(梯子をかけて登ったか……。間違いないな)
少年は軽く吐息を漏らしながら左手に持った小型の通信機をオンにした。
「……ミツル」
『……受信中。何か見つかりましたか?』
O監警備課の男性オペレーター、ミツルの短い返事が聞こえてきた。
「ああ、入口らしきものを。恐らく違法発掘だ。しかもかなり計画的な」
『その根拠は?』
「器具を持ち込んだ形跡がある。組織ぐるみかもしれない」
『そうですか。やはり、リュウライを派遣して正解でしたね』
リュウライの耳に、ミツルが珍しく吐息を漏らすのが聞こえた。
局長直轄オペレーターのミツルは、つねに冷静で無駄話を好まない。指令以外の――ましてや個人の感想を吐息混じりに漏らすのは非常に珍しい。
それほどO監内部の内偵とは神経を擦り減らす業務なのだろう。
「今から潜入する。念のため、一切の通信を切る」
『位置情報は押さえました。1時間後、警備課を派遣します。それまでに任務を終え脱出してください』
「了解」
通信機を切ると、リュウライは自分から発しているすべての電波の元を断った。
もし敵が中にいるとしたら、この電波からリュウライが侵入したことに気づくかもしれない。それを避けるための操作。
しかし、それは――もうO監ではリュウライの行動を掴むことができないということ。生命の危機に陥る可能性もある、非常に危険な任務だった。
それこそが、特捜に属するリュウライ・リヒティカーズの重要な役目でもあった。
* * *
十五年前、このシャル島のトロエフ遺跡から不思議な器具が発見された。
現実にはあり得ない魔法のような超常現象を〝誰でも〟〝一様に〟引き起こすことができる〈場違いな工芸品〉――〝out-of-place artifacts〟、通称『オーパーツ』。
発見されたそれらはどれも、大陸の高名な学者たちにも原理が全く理解できない〝あり得ない〟ものばかり。
その効果はというと危険な物も多いと予想され、
「オーパーツは全て国の管理下に置くべし」
という判断のもと、〈
そしてさらに、大陸から政府の人間や研究者などが派遣され作られたのが、『オーパーツ研究所』、通称O研だった。
トロエフ遺跡の発掘調査を請け負えるのは、O研だけ。そうして発掘されたオーパーツを研究できるのは、O研の人間だけである。
国の許可を受けていない人間がオーパーツを扱うことは勿論、勝手に発掘するのも違法だが、〝誰でも使える魔法のような道具〟とあっては、力をふりかざしたい人間にとっては喉から手が出るほど欲しいもの。
裏ルートで流通して闇組織の手に渡ることもあり、シャル島ではオーパーツによる犯罪が増加した。
それらを取り締まるために作られたのが、従来の警察から独立したオーパーツ犯罪の専門部署、『オーパーツ監理局』――通称O監である。
オーパーツの知識を身につけ、自らもオーパーツを使うことを許された特殊な警察官。
今回のような違法発掘を取り締まるのも、O監の仕事である。
特に最近は、地中に眠るオーパーツを根こそぎ発掘していくケースが増えた。
そのあまりの手際の良さに、O監とO研が共同開発した『オーパーツレーダー』の流出が疑われた。地中のオーパーツを感知する機器で、当然ながらその仕組みもトップシークレット。
ひょっとして、O監内部に裏と繋がっている人間がいるのではないか――?
そんな事情から、表立って動く捜査課の人間ではなく、陰で動く特捜の人間――つまり、リュウライが派遣されたのだった。
* * *
(さて……いくか)
リュウライはいったんその場所から離れ、近くに生えていた樹木に飛びついた。そしてあっという間に三メートルほど登ると、穴を見下ろす。穴の周辺の土には何人もの足跡が残されていた。ここに飛び移ればリュウライが侵入したことに誰も気づかないだろう。
穴に向かって伸びている枝にぶらさがると、反動をつけ、太い幹を蹴って飛び降りる。狙い通り、穴のすぐそばに着地した。
下から見るよりも、穴は思ったより大きかった。中は暗く、ひんやりとした空気が流れ込んでくる。かなり奥まで続いているようだった。
(これは随分と手が混んでるな……)
裏に巨大な組織が隠れている可能性がある。――当然、目的のためには手段を選ばないような輩も。
気を引き締め直し、リュウライは一歩奥へと足を踏み入れた。
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