第38話「私はただ」(デュエルパート3&ダヴィンチの過去編)

「『ザミエル』! 我が憎き妹の息の根を止めろ!」


 そうだ。片時も忘れたことはない。


「この時、ザミエルの効果発動! 墓地に存在する矢1本につき、その攻撃力を1000上げる!」


 前のターンで引いた4枚は矢のカードではなかったが、とはいえ8本分は恐ろしい打点を叩き出す。

 12000/2000!


「単発魔法、発動!『巡る命』! 墓地の『グリーン・コリドー』モンスター3体を召喚!」


 フィアナ、お前の兄も病弱で死んだ中で、なぜお前だけが生き生きとしている。


「墓地から『ストリクス』、『ピトフーイ』、『カカポ』の3体を召喚!」


 なぜはつらつと生きている。


「単発魔法『神緑降臨』! 墓地から『神緑』モンスター1体を召喚する!」


「バカが! 既にモンスターは――」


「巡る命の召喚は同時。同時の処理なら一気に何体出しても使う召喚権は1回だけよ!」


「き、貴様――」


「現れて!『神緑のフェニックス』!」


 3000/2000。


 なぜ私はこんなにも惨めなのだ。お前と私でなぜこうも違う。


「だが関係ない! ザミエルの攻撃!」


 その差を埋めたくて、私はただ混沌の力に手を染めたというのに。


「この時フェニックスの効果――」


「ザミエルは相手の効果を受けん!」


「バトルする相手モンスターの攻撃力分、自らの攻撃力を上げる!」


 緑の炎と黒い炎が混ざり合い、爆発が起きる。


 そうだ。私はただ――。











【ダヴィンチの回想】


 ガレア家。カスパール直系である我が一族は特に呪いに苦しめられていた。

 健康体で生まれる子は少なく、それはフィアナの双子、リコン・ガレアも同じだった。


「はは。兄様。今日は風邪にかかりましたよ……」


「無理をするな。お父様の席なら代わりに私が行こう」


「いつも申し訳――ゴホッ……」


 リコンは私よりも体が弱く、ただの風邪でも重くするのだった。

 リコンは家族に迷惑をかけまい、エルフ族のためになんとかせねば、といつも働いていた。


 しかし呪いはそんな儚い希望も容易く砕く。

 リコンがついに重篤となった。運悪く父上は交易の仕事に出ている最中で、その最期は私1人の見送りである。フィアナはもちろんいない。

 リコンは私に言う。


「私は兄様と同じところにはいられなかった。呪いは身を蝕み、日夜苦痛に苛まれる日々です」


 私は答える。


「……よくわかっている。私も同じ苦しみだ。だがお前は生きねばならん。王族として、と意気込んでいたお前の活躍はまだこれからではないか」


「いいえ……。もうだめなのです。わかるのです。病に命を奪われる感覚が……」


「リコン。諦めるな。お前は私と共にエルフ族を――」


「お兄様。フィアナを頼みます」


「……フィアナ?」


 何年振りに聞いた言葉だろう。私はフィアナをあまり知らなかった。

 執務室や王の間には入ることは禁じられているし、時折民から「みんなの役に立ちたいといつも言っている」とうわさに聞くばかりである。


「兄様。あの子は誰にもどこにも属せない苦しみに倦んでいる……。あの子を……頼みます……」


「リコン。おい!」


「フィアナ。あの子は健康であることと引き換えに、ただの1度も笑ったことがない。でも兄様の笑顔があればきっと笑ってくれる……」


 リコンはそのまま息を引き取った。






 笑ったことがない、か。

 健康はきっとただでは手に入らない、ということだろう。真っ当な特徴だなと感じた。


(お前の意志は受け継ぐ――)


  遺言である。様子を見に行ってやろう。

 フィアナの家に向かうと、そこにはぽつんと沈んだ少女がいた。


「フィアナ。初めまして、だな」


「だあれ?」


「私はダヴィンチ・ガレア。お前の兄だ。弟リコンの代わりに私がお前の面倒を見ることになった」


「……?」


 フィアナはリコンの言う通り、感情の乏しい子だった。

 健康である引き換えに背負った呪いは、きっと無機質なのだろうな、と感じた。


「兄様見て。丸太持ち上げ」


「おお、すごいなあ!」


「…………」


 たまに会ううち、力が人並み外れて強いこともわかった。ムッとしたがこれも代償と思えば特に気に煩うことでもなかった。


(ある種の病だ。気の病という奴か。お前もどこかで私と同じなのだな――)


 だが、フィアナがデュエルを覚えたことで全てが変わる。

 デュエルを覚えたフィアナは感情を手に入れたのだ。


「見て見てお兄様! 丸太粉々!」


「……はは。すごいなあ」


 どういうことだ。感情は呪いによって失われているはず。

 問い正すと、私は天地がひっくり返るほどの衝撃に眩暈を起こした。


「王族なのにみんなの役に立てず、それでいて街の人たちも一歩置いた対応に終始するの。誰にもどこにも属せない苦しみが私の気持ちに蓋をしてた」


「…………」


 無感情は等価交換ではなかったのだ。

 環境が呼び寄せたものであり、それさえ整えればどうにでもなるものだったのだ。


 全てを手に入れんとするお前を、私は心の底から憎んだ。

 一方でフィアナを憐れむ気持ちも確かにあった。

 王族として生まれたにも関わらず家訓の下に足蹴にされ、市民からは壁のある対応をされる。私がフィアナなら同じ状態になっていただろう、と感じたからだ。


「お兄様の体も、いつか治るといいね!」


「……ああ」


 双子は「呪い」を増幅させる忌み子として扱われる中。


「魔法をかけてあげたいなあ。お兄様が元気になる魔法!」


 フィアナは全てを備えた役満揃いでありながらも逞しかった。


 だが王族たる者、一時の感情に支配されてはならない。

 病がちの中でうっすらと自分の末路を悟りつつ、私は交易などのビジネスに外出していた。

 良き報告をお父様に差し上げて、この惨めな感情ごと命を晴らそう。そう思った夕刻、私は運命の邂逅を果たす。


「混沌の力があれば、全てを手に入れられます。病に苦しむ体も治せる。デュエルの腕も上がる。悪い話ではありませんよ」


 アンセル様のなんと安らぎをもたらす誘いだったろうか。


「代わりに、あなたはただ魔力を奪えばいい。そうすれば私の望みも叶う。健康体とギブアンドテイクです。いかがですか?」


 私は頭を垂れた。

 どれだけ手を伸ばしても焦がれても手に入らなかった。迷いは、なかった。

 混沌の力を手に入れた私は全てを思うままに出来る。











【デュエルパート】


 はずだったというのにフィアナ。お前は毅然と私の前に立ち現れ、カードを振るい、溢れんばかりの血気と意思でまたも私を貶める……。


(だめだ。反射ダメージが通る――)


 矢は既にザミエル降臨のために捨てた。カスパールもそのために捨てた。

 だが、カスパールはもういない。

 英雄は、もういない。


 ダメージが通る。緑色の炎が私を包む。


(どこで見失った。どこ間違った……)


 嫉妬に狂い、弟の遺言も守れず、王族としてあるべき姿を見失い、最後には悪魔に身を捧げた。


(こんなことのために私は戦ってきたんじゃない……)


 4000→3000。


 そうだ。

 本当はエルフ族の再興などどうでも良かった。

 本心を隠して英雄を気取ろうが、仮初以下であることなど心の奥ではわかっていた。


 3000→2000。


 そうじゃない。私はただ。

 私はただ、フィアナ。お前に近づきたかった。お前のように、強く生きたかった。


 2000→1000。


 ただ、お前と一緒にいたかった。






【作者より】

 ここまで読んでくださりありがとうございます!

 どうなるお兄様……!


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 次回は今日17:00〜20:00頃に投稿予定です。よろしくお願いします!

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