第26話「狩人が生まれた日」(ユーゴの過去編1)

 この世の全てが僕を苦しめるためにあるような気がしてた。


 僕の名前はユーゴ。職業――。

 泥棒。






ユーゴ・ベトール

過去編1/2

「雨の日の出会い」






【5年前。どこかの田舎町】


 僕の名前はユーゴ。

 職業、泥棒。

 母は早くに亡くなり、父だけが唯一の家族だ。

 だが。


「てめえパン買う暇あったら酒買ってきやがれ!」


「で、でもちゃんとご飯にしないと体壊すよ!」


「ナマ言ってんじゃねえ! てめえ誰のおかげで食ってると思ってんだこのダボが!」


 決まって父は僕をそう殴りつける。酒を買っても殴りつける。

 クズみたいな父親だった。信頼や愛の類はまるっきり受け取ったことがなかった。

 だが食い扶持が奴に繋がっているのも事実で、逆らえば野垂れ死ぬ。小銭稼ぎで生き延びられるほど世の中も甘くはない。従うしかになかった。


(俺はこの世のカスだ。そしていつか奴のように酒に溺れ、この街にあぶれる心の歪んだ大人に成り果てる……)


 だが、些細な巡り合わせが運命の歯車を良きに狂わせることもある。

 その日も店から僕はパンを盗んでは追っ手にどやされていた。


「てめえ待ちやがれ!」


 だが僕は逃げ足には自信があったので、追っ手を撒くのはお手のものだった。

 しかしその日は酷い雨だった。空は闇に包まれ、僕は不覚を取る。


(ここ、どこだろう……)


 逃げることばかり考えていたせいで僕は道に迷ってしまった。


(とりあえず雨宿り出来るところを……)


 そうして当てもなく歩いていると、何やら大きな建物が見えてきた。

 屋敷だ。構えられた門が物々しく僕を圧倒する。

 いや、物々しいなんてものじゃない。あの門――。


(髑髏!)


 門の両端には二対の髑髏が掲げられていた。

 雨よりも冷たい怖気が僕を襲う。


(聞いたことがある。髑髏の門。それは狩人の家だって……)


 僕は食べ物も取り落とし、その場から逃げようとした。しかし。


「なんだお前は」


 声に振り返ると、そこには黒ずくめの男がいた。


「子供か」


 男は腰が立たない僕に手を伸ばした。殺される。

 しかし、男は僕にリンゴを渡す。


「食べたら着替えろ」


「えっ?」


 男は僕を屋敷に連れた。

 僕は狩人の屋敷で歓待を受けた。たくさんの食べ物に恵まれたし、服だって新しいものに変えてくれた。


 男の名前はヴィクトル・ベトール。年は25。この屋敷の若き主人だった。

 ヴィクトルは歓待が終わると、僕に聞く。


「お前、名前は」


「ユーゴ」


「下の名前は?」


「ねえよ。誰が名乗るかあんな名字」


「家出か」


「そんなんじゃねえ!」


「なら何だ」


 実際に家出をしたかったのは間違いではない。かといって迷子と言い切るのも恥ずかしい。僕は黙っていた。


「まあいい。見たところお前は栄養失調だ。少しだけ面倒を見てやる。そしたら帰れ」


「え」


 僕は思わず綻ぶ。いいのか?


「だが居着こうなんて考えるなよ。ここはお前がいていい場所じゃない。体調が戻ったらすぐに追い出す。そして学校に行け」











 ベトール家。それがギャングの集団であると知ったのはそれからすぐのことだった。


 この地域は元々「魔都」と呼ばれる政治的空白地帯だ。あらゆる民族、種族がそれぞれの差別意識や無理解の下でぶつかり合う。

 それゆえギャングが生まれるのもまた必然だったが、それは置く。


 僕にとって新鮮だったのは、ヴィクトルや彼の率いるべトール家が「デュエル」なる取り決めで幅を効かせていることだった。

 殺しでなければ痛めつけでもない。それどころか時折ヴィクトルは――。


――お前のその腕、流れ者としては捨て置くには惜しい。そこで提案だ。お前もギャングにならないか?


 ヴィクトルはこうして仲間を増やしていくのだ。

 自らの野心と貪欲さを認められた人間はこうして「家族」になっていく。


 ヴィクトルには不思議なカリスマがあった。口調こそ荒いが義理堅い。しかも何かと教養に富んでいて、単なる悪党と断ずるには些か知性が過ぎる。これもひとえにボスたる器なのだろうか。

 そんなヴィクトルはこの日もまた1人抱き込み、「追って連絡する」とだけ告げてその流れ者を払う。領内シマでのことだ。


(かっこいい! 俺もヴィクトルみたいになれるかな!)


 僕はワクワクが止まらなかったが、すぐに冷や汗をかくことになる。


「もう出てきていいぞ」


「あっ!?」


 なんだよバレてたのか。仕方なく草葉から出る。


「くそ。仕事途中のくせに油断も見せやしねえ」


「ガキが。まだ体調が治ってないうちは屋敷で休んでろと何度言わせるつもりだ。それにお前はそろそろ学校行く身だ」


「学校行っても意味ねえよ。それよりあんたの仕事ぶり見た方がよっぽど有意義だ。俺はギャングになる」


「何?」


「俺、あんたの感謝してんだよ。俺みたいないてもいなくてもいいようなただのガキをあんたは介抱してくれた」


 僕ははにかみながら言う。


「それにあんたは『人を信じる』とか『愛される』とか、そういう当たり前のことを教えてくれた」


「…………」


「家族から学ぶはずのそれを、あんたは惜しげもなく俺に注いでくれた。俺を人間として敬意ある付き合いをしてくれてたんだ。それが嬉しくて――」


 その時、ヴィクトルは咄嗟に僕を頬をはたいて言った。


「甘ったれたこと抜かしてんじゃねえぞこのクソガキが!」


「うっ?」


「お前、学校で何を学ぶか知ってるか」


「何を……」


「ギャングに憧れるとか恩返しするとか、そういうふざけたことを抜かさないためだ。俺のようなカスにならないためだ」


「な、なんであんたがカスなんだよ」


「それも学校で学ぶ。わかったらさっさと行け」


 ヴィクトルはそう言って屋敷に戻る。僕は呆気に取られ、敷地に戻るヴィクトルをただ眺めていた。


(自分がカスだと。そんなわけねえ)


 法が蔑ろにされ警察が賄賂にかまけるこの街で、あんたは誰よりも輝いてるじゃないか。

 任侠と悪事に生きこそすれ、しかしカタギは守る。それがデュエリストハンター、ヴィクトルという人間だった。


 頬がジンジンと痛むが、それ以上に胸を打つものが僕の心に強い一撃を与えていた。自然と涙が出てくる。痛みではない。


 ――甘ったれたこと抜かしてんじゃねえぞこのクソガキが!


(あの怒りは、いつも俺が食らうそれとは違った……)


 ――てめえパン買う暇あったら酒買ってきやがれ!


(『気に入らない』とか『ムカつく』とか、親父やサツが放ってたドス黒い感情とはまるで違う。あれは俺の将来を案じる『怒り』だ。他の誰でもない、俺のために向けられた叱責……)


 僕はその後ヴィクトルやその仲間たちと話し合い、学校に行くことになった。

 さらに家庭の事情も話すと、ベトール家は学校にかかる金や諸々の費用を出してくれた。少なくとも僕が1人で生きられるくらいの金を。

 準備を整えた俺は家族から、門出を祝われた。


「ありがとうヴィクトル。俺、学校に行くよ」


「ギャングなんぞに感謝するな。それよりもお前はこれからカタギに生きろ。俺たちみたいにはなるなよ」


 わかった。ならもう俺はあんたから離れるよ。

 でも、いつか挨拶をしにここに戻る。

 その時は、その時だけは明るく迎えてくれよな。






【作者より】

 ここまで読んでくださりありがとうございます!

 次回も過去編が続きますが、後半からデュエル再開です〜。


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 次回は明日12:00〜13:00頃に投稿予定です。よろしくお願いします!

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