第18話「暗黒の記憶」(夢藤の過去編1/3)
俺たちはひとまずの宿で1日を過ごすことになった。
明日以降の予定もそれぞれ話し合い、協力して取り組んでいく。
そんな慌ただしい日常が来る前に、今日くらいはと俺たちは宿でお祝いをした。
俺とユーゴも手伝ったが、1番料理が上手だったのはフィアナだった。さすがは元王族だ。
「ハラァ……いっぱいだ……」
……大喰らいなのもフィアナだった。まるで大往生かのごとく寝転がる。
お祝いを終えると、俺たちは支度を済ませてベッドで横になる。
色々あったな、と考えてなかなか眠りにつけない。
でも、少しだけ満たされた生活だな。そう思った。
苦労はすれど不幸はない。根拠はないけどそう信じてやまない。そう考えながら俺は眠りにつく。
時と共に意識がまどろみ、闇の中に消えていく。
夢藤 勝武
過去編1/3
「暗黒の記憶」
【2年前。夢の中】
何かきっかけがあったわけでもない。俺はただいつも通り部活から帰っていただけなのに。
家が燃えていたのだ。
いや、俺の家だけではない。隣やその隣の家までもが炎に包まれている。
(水道! 近くに水道は!)
見渡したがないようだった。公園ならあるが時間がかかる。
(火傷も覚悟で入るしかない!)
俺は家の中に入ろうとした。
声が聞こえたのはその時だった。
「動かないほうがいい」
声と共に、誰かの腕が俺の胸元を抑える。咄嗟に振り解こうとしたが。
「だから動いちゃだめと言ったじゃないか」
(うっ!)
目線を下にやると、俺は背筋を凍らせた。
「見えるかい」
男はナイフを持っていた。俺の首の動脈部分に刃先が向いている。
しかも男は手袋をしている。計画性と悪意は十分。この男は気分次第でいつでも俺を殺せるのだ。
突如向けられた圧倒的な殺意に、俺は身動きが出来なかった。
「よく聞くんだ。このボヤは君のせいだ」
「何……」
「いいかい。これは間違っても僕のせいじゃない。僕は善良な市民なんだ」
こいつ何を言っているんだ。
こんな問答に気を取られている間にも火のはさらに勢いを増す。
「もちろん警察には言わないことだ。と言っても――」
早く離してくれ。そればかり考えていたのが俺の隙だった。
俺の手には――。
「これで君は犯人になってしまうがね」
俺の手にはいつの間にかライターがしっかり握られていた。灯油もそばにあった。
「ふふ。今日もいい酒が飲めそうだよ」
男が笑うと同時に、頭に強い衝撃が走った。男の蹴りだった。
俺は倒れ、そのまま突っ伏す。
かなり強い蹴りだった。体が動かない。炎の上がる家を眺める他なかった。
そこで俺の意識は途切れる。
*
気付くと俺はパトカーに乗っていて、両脇を警官に固められていた。
なぜか任意同行という体で連れて来られたらしい。
手錠もかけられ布を被せられ。俺はテレビでよく見るあの容疑者という身分に落とされた。
「派手にやったもんだな」
「後で色々聞かせてもらうからな」
警官が俺を睨む。
「なんで。どうして俺が捕まらなきゃ――」
「うるせえガキが!」
警官から肘鉄を食らった。
「がっ……」
どうしてだ?
どうしてこんな理不尽な目に合わなきゃならない?
確かに俺は貧乏だ。服はいつも同じものばかりでよくいじめられる。贅沢だって出来ないから栄養が足りなくて体力が付かないのだ。
それでも幸せがあった。父さん。母さん。弟。家族4人、慎ましい幸せがあった。
そんな。そんな些細な幸せを奪って、神様は何が楽しいんだよ。
持たざる者は、幸せになる権利もないのかよ。
*
拘置所に捕えられて7日経った。今は朝6時か。
この7日間ずっと質素な飯が出され、看守からの「お前がやったんだろ」の一点張りにはえげつなく精神を削られた。足音には震える。
正気を保つためにおおまかな日数、時間、その日あったことを記憶するようにしているがもう限界だ。
釈放の2文字は頭から消え失せていた。
そうだったら早くに解放されるはずだ。事情聴取だってもっと建設的な聞き取りになるはず。
だが現実はどうか。あくまで俺が犯人であると決めてかかる確信めいた段取りだ。何か裏でもあるのか? ナイフを持っていたあの男との関係でも?
考え出すとキリがない。ただ、娑婆には戻れないという予感だけは確かにあった。出られたとしても前科者の烙印は重く、大手を振っての社会復帰は望めない。
その時。
コツ、コツ。
足音だ。看守か。今日は十何時間コースだろう。
「出ろ」
出ろ。それは聴取とは名ばかりの人格否定大会だ。
俺はせめてもの願いを呟く。
「家族に。せめて家族に会わせてくれ。みんな心配してるはずなんだ……」
看守は「それか」と頭をかきながら言う。
「お前の家族、全員死んだよ」
…………?
よく聞こえなかった。だが、その意味する言葉はきっかりと聞き取っていた。
「ま、自業自得だな」
何が?
何が自業自得なんだ。
俺が何をしたって言うんだ。誰の怒りを買った。誰を悲しませた。
だが、そんな怒りもすぐに蒸発した。疲労とストレスで極限状態の体は、怒りにすら身を任せてくれない。
無念だけが心に重くのしかかった。
(死に目に会えなかった……)
朝一番、俺はそうそうに脱力した。
これほどの悲劇をお見舞いされて、「出ろ」と明るい顔で出られる奴がいたらお目にかかりたい。
俺は呟く。
「……もう殺してくれ。生きていても意味がない」
「お前のようなクズに望んだ死なんて与えられると思うか?」
「どういうことだ……」
看守は紙を取り出してぶっきらぼうに言う。
「……お前を放った火はかなり延焼を起こしている。まずここでの死者が8人。さらにお前の家族。つまり父、母、弟の3人が死亡。合計11人の殺害だ。楽に死ねると思うなよ」
俺は唖然としたが、抗議に訴える気も文句を垂れる気もなかった。
「それはそうと上からのお達しだ。お前を地の底に連れて行く」
「は……?」
地の底? 今がそうだろうが。これ以上の地獄なんてありはしない。
だが、止まった俺をよそに鍵は開けられる。
「歓迎しよう。
【作者より】
ここまで読んでくださりありがとうございます!
もうちょっと引っ張ろうと思っていましたが他のキャラの掘り下げタイミングもありましたのでここから明かすことになりました。
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次回は本日17:00〜20:00頃に投稿予定です。よろしくお願いします!
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