四の一 変な話
「何だ、護衛の術士の一人も置いてねえのか。随分と不用心だな」
ソウジンの案内で辿り着いたのは、火鼠の言う通りがらんとした、薄ら寂しくも見える寺院だった。
造りはそれなりに立派な物である。先程まで押し掛けていた西原の屋敷と比べれば流石に見劣りこそするものの、やはり塀が長い。一つ目の門を潜ってからは長い階段があり、二つ目の門からは丸い、仄白い砂利が行儀良く敷き詰められた参道が、これもまた長く続く。春の花弁の散ったのが、点々と其処に紛れ込んでいた。
遠目に見える本堂は、やはりその敷地の広さに見合う程度にしっかりとした造りの物だった。黒を基調に落ち着いて、だから却ってその大きな造りが目に付いて、更には其処に人の気配が無い事も強調されていた。
「霊宝つったら、もっと仰々しく守られる様なもんだと思ってたけどな」
「そう? でも貴方の居た場所もただの……あ、でも、そっか」
「ん?」
「いや、あっちは術で隠されてたから。一応、南前ではあの手の術の解き方は教わるけど」
庭や建物に荒れ果てた様子は無く、だから誰かが手入れをしているのだろうという事は分かる。けれども大して庭木や庭石の風情を追い求めた跡はなく、だからそれが最低限の他を求めた物ではないという事も分かる。
総じて言って、『よく整えられた空き寺』。
その様に映るのが、ソウジンの言う『燕の子安貝』の在処だった。
「ひ、必要がなかったんです」
ぽつり、先導するソウジンが呟いた。
相も変わらずガチャガチャと具足を鳴らしながら……此処までの道のりで唯一額に大汗を掻きながら、振り向かないままで、
「花神様が御存命の内は国守結界が万全でしたから、それ以上の何をする必要も無かったんです。封印を解く事が出来る様な妖ほど、結界に引っ掛かって国内に入る事は出来ませんでしたから」
じっ、と火鼠の視線が自分の横顔に注がれるのをレキは感じた。
「ああ……まあ、そうですね。言われてみれば、確かに」
「それが御逝去された途端、こんな事になって……」
「なあ」
ぎくり、としたのはレキだけではなく、ソウジンもだった。
「な、何ですか」
そして彼の方が動揺の出方が大きかった。恐る恐る、という様に振り向く。さっきの「なあ」が本当は一体どちらに対して投げ掛けられた物だったのかは分からないが、とにかくそれで、火鼠はソウジンに呼び掛けた事になった。
少しの沈黙の後、火鼠は、
「花神とやらは、何で死んだんだ」
「な……御老衰ですが」
「老衰ぃ?」
怪訝な声で言えば、ソウジンの顔色は悪くなる。
だから助け船とばかりにレキは「前を向かれた方が」とソウジンに言って、代わりに火鼠に向かって話の続きを持ち掛ける。
「私、話さなかったっけ。御免」
「別に、訊かれなかった事を答える必要は無いけどよ。それより、変な話じゃねえか」
「変……何処が?」
「妖は老けねえだろ」
あまりにも当然の様に言うので、自分が物知らずなのかと思った。
「え、」
けれど成教で修行してきたというソウジンがそう言って振り向いたので、そうではなかったのだ、と分かる。
「そうなの?」
「そうなのって……ああ、妖が出ねえ土地だからか」
普通は、と火鼠は拾い上げた砂利の一石を、片手でひょいひょい放り投げては掴み取りながら言う。
「そういうもんだぜ。厳密に言やあ、そもそも妖にあんたらみたいな死……きっぱりした『終わり』も無え。湧いて出るもんだからな。殺されりゃあそりゃ死ぬが、何処かしらで廻り廻っていくもんさ」
「生き返るって事?」
「物の見方によるな。経験上、人間はあんまりこういうのを『生き返る』とは言わねえ」
そんで『生き返る』と見た奴は妖になりたがる、と言い添えて火鼠は、
「だから変な話だと思ってよ。花精の奴……花神か。彼奴、本当に死んでんのか?」
「それは……」
言い淀んだのは、レキもまた花神の骸を目にしてはいないからだった。葬儀の取り仕切りの大部分は確かに南前が請け負っていた……が、彼女はその仕事には殆ど参加していない。だからこそ、本城での難を逃れて此処に居るのだ。
「……ま、いいけどよ。どうせ、殴り込んだ先で全部分かんだ」
結局、そう言って火鼠は締め括る。
すると丁度その時が、まさに本堂の目の前で足を止める瞬間でもあった。
「と。んじゃ、あたしは……」
「うん。見張りをお願いしてもいいかな」
「了解。下手に中に入って、全部焼き尽くしちまっても面倒だしな」
「早めに戻って来るから、宜しくね」
おうよ、と火鼠が片手を挙げる。
ぺこ、レキはそれに頭を下げて、
「それでは、行きましょう。ソウジン殿」
「あ、ああ。本堂の奥です」
具足の重さに手間取るソウジンを半ば先導する様にして、その寺院の中へ足を踏み入れていった。
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