しぶき
神澤直子
第1話
僕には超能力がある。
どんな超能力かというと、あらゆるものを内部から破裂させる能力だ。破裂と言うか、爆発と言うか。
幼い頃は小石程度のものしか爆発させることが出来なかったのだけど、今はもうかなりの大きさのものを爆発させることができる。どこまで出来るのか試してみたくて、近所の公園に放置してあるドラム缶を爆発させてみたら余裕だった。ドラム缶程度でも近隣でかなりの騒ぎになってしまい、それ以上大きなものを爆発させるのは諦めた。
正直何に使っていいのかわからない能力だ。
世界の滅亡を望むヴィランがいたらアメコミヒーローのように僕もヒーローになれたかもしれないけど、そんなものはこの世には存在しない。あとは昔流行った漫画みたく人知れず犯罪者を裁くみたいなのもかっこいいっちゃカッコいいけど、僕には人間を殺す勇気なんてないし、それにこの能力、生物に対しても有効かなんてわからない。虫には効果があったからたぶん使えるのだろうけど、そこはやっぱり勇気が起きない。たまにニュースで公園で猫が殺されたなんてやってるとどうにも心が痛くなる。喧嘩だってしたことがないし、たぶん僕にはそもそも暴力の才能が備わっていないのだ。
なぜ、そんなカミングアウトを今ここで行っているか。
--それは、今まさに僕が人間に対してこの能力を使いそうになっているからである。
自宅から徒歩10分にある喫茶店。大通りに面したいい立地なのに、いつも客が殆どいないこの喫茶店を僕は頻繁に利用する。いつもだったらカウンター席で不機嫌な店主と顔を突き合わせているのだけど、今日は珍しくテーブル席だ。
僕の目の前には一組の男女。
地雷系の典型のようなツインテールにブリブリのワンピースを着た女とニキビ面の陰気そうなデブ
言わずもがな、女の方は僕の彼女。そして、男の方がその間男。
所謂修羅場というやつだ。
普通僕と彼女か並んで座るのが普通ではないかとは思うのだけど、どういうわけかこの席順になった。もしかしたら僕の方が間男だった可能性もある。いや、半同棲みたいなことまでしていて、僕が間男なんてことがあるのだろうか。
僕は自分の顔がそこまで良いとは思ってはいないけど、流石にもうちょっとちゃんとしてるというか、服だってちゃんと気をつけてるし汗だって気にしてるし、風呂にだってちゃんと入っている。
こんなずんぐりむっくりしたあからさまに「ヲタク」、しかも2000年代の臭いヲタクを彷彿とさせるような男に負けたのかと思うと、なんとなく考えさせられるものがある。
「で、何か言うことはないの?」
僕は目の前で退屈そうに爪をいじっている--僕が情事の現場に出会した時、悪びれもせずに「なんだ、帰ってきたの」と宣ったこのアバズレになるべく優しい風を装って言った。
「別にぃ」
と女--美雨は気怠げな返事をする。
その返事を聞いて、隣でキモオタが「ふひっ」と気色の悪い笑い声を上げた。
一瞬イラッとしたが、僕はそいつを無視して彼女に聞く。
「別にって何?僕一応美雨の彼氏だよね?」
「まあ、そうなんじゃん?」
勤務先のコンカフェでの美雨(源氏名はあやめ)からは想像もつかないような態度。美雨の客がこんな姿を見たらきっと幻滅もいいところだろう。
美雨は大きなため息をついて僕を見て、
「ねえ、帰って良い?めちゃくちゃ怠いんだよね」
と言った。
腰を浮かせかけた美雨に僕は慌てる。
「いやいやいや、ちょっと待ってよ。何も話してないじゃん。僕が彼氏だったらそいつはなんなの?なんでよりにもよって僕の部屋で、そんなキモオタと……」
「重い」
投げかけられる美雨の冷たい視線。
「つーかさ、私別に悠くんと付き合った記憶ないんだけど。家使って良いよって言うから勝手に使わせてもらってるし、まあそのお礼でたまにセックスしてあげてるけどさ。たしかに悠くんイケメンだよ。だから最初は彼氏にするつもりだったんだけど……でも正直何の面白味もないんだよね。話はつまんないし、給料は私よりも安いし、なによりもチンポが短小!!」
僕の顔がかあっと赤くなった。
「それに比べてぇ、あっちゃんはちょーっとブサイクだけどおちんちんはおっきいし、会社経営してる社長さんなんだよぉ。ね、あっちゃん❤︎」
隣のキモオタに向かってニッコリと微笑む美雨。キモオタは顔だけじゃなく頭も悪いようであからさまに容姿を馬鹿にされているのにも関わらず、美雨を見てデレデレと鼻の下を伸ばしている。いや、容姿と男としての矜持が相殺しあってさらに男としての矜持が優っているのだ。容姿なんかよりも女を満足させられるイチモツへの自信がこいつにこうまでも気持ち悪くイヤらしい笑みを浮かべさせる。
実際僕は短小だ。でも、そんな生まれつきのものどうにかできるわけがないじゃないか。
コンカフェ嬢に一目惚れして、ガチ恋して、20kgもダイエットしたんだ。それだけで十分だ。ファッションも勉強して、人前に出ても恥ずかしくない--可愛らしい美雨の隣を歩いても恥ずかしくないような姿になるように頑張ったのに。顔の肉が取れて、美雨が僕に興味を持ってくれて。それだけじゃない。元々汚かった部屋を掃除して、美雨のために家具を揃えて、服だって買ってやった。全部美雨のためだ。美雨だって嬉しそうにしていた。
色々な走馬灯が頭の中を駆け巡って、僕の手が震えている。
言葉が出てこなくて、僕が顔を上げるとキモオタと目があった。
キモオタの口角がゆっくりと上がっていく。言葉を発しようとする口がスローモーションに見える。
「そういうことだから、短小くん」
パンッ
突然、何かが破裂する音が響いた。同時にびしゃりと何か生臭い液体が僕にかかる。もちろんそれはキモオタにもかかっていて、一瞬何が起こったかわからない風だったキモオタが隣を見た。
大きく目を見開く。そして口を大きく開けて声を--。
パンッ
二回目の破裂音。
また僕に生暖かい液体がかかる。
僕の目の前には二つの下半身。美雨とキモオタだったそれの上半身は綺麗に爆発霧散してしまった。テーブルの上に上手いこと爆発を逃れたらしい美雨のものだかキモオタのものだかわからない目玉が一つ転がっている。
--あーあ、やっちゃったな。
僕は思った。
それから「どうしようかな」と考える。しばらく動かないで考え込んでいたら、音を聞きつけた不機嫌な店主が店の奥から出てきた。
そしてその惨状を見て小さな声で「あらー……」と言った。いつもの不機嫌な顔に少しだけ動揺の色が見える。
僕は思った。
まあ、いっか。
しぶき 神澤直子 @kena0928
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