第32話 転生魔術師の可能


 ずっと、自分を器では無いと否定していた。


 成功者には、それに伴う努力と才能があり、敗者には敗者である原因が付き纏っていると妄信していた。


 己のせいにしなければ。

 天才のせいにしなければ。

 この結果が全て、幸運や運命の結果である等と認めたくなかったからだ。


 逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて。

 立ち向かう事をしなかった。


 これはそのツケなのだろう。

 英雄に敗北したからと言い訳を並べ、挑戦を失敗のまま眠らせた。


 そのツケだ。


「これは、諦めて死んだB級魔術師の続きの話なんだから」


「そうだよ。

 これは、死の間際まで僕を諦めなかった唯一の凡人が、天才に至るまでの話なんだ」


「なぁ、ステラ。お前の直観は、ここまで全部見えて居たのか?」


「いいや、僕の直観は君の事を否定していたよ。ずっと君になんて頼らない方が良いって警告全開だった。

 でも、そんな事は許せないだろ。

 僕が愛して、僕を愛してくれて、僕の出来ない事をし続けた君に期待するな、なんて……」


「そうか」


 勇者の直観すらも俺を否定するか。


 やっぱり、俺って人間は神様からも期待されない凡人なんだろう。

 でも、別にいいよな。


 そんなどこの誰とも知らない何かよりも、俺は目の前の勇者に期待された事が嬉しくて堪らない。


「レン、僕は願うよ。

 君は、叶えて」


 英雄へ至る時間だ。

 俺には魔王は倒せなかったけど。

 俺には世界を救えなかったけど。

 この世界に英雄など不要であっても。


 それでも俺は、お前に憧れたこの気持ちを、押し込める事などできようはずも無いのだから。


「術式解析・魔力感知」


 同時にやるんじゃない。

 互換性を確保しろ。

 二つの技術を完璧に合成する。


「魂魄解明」


 俺の全ての容量を吐き出し、俺の全ての記憶を思い出し、俺の全ての魔力を脳の回転にぶち込む。


 極めて前提条件の多い、神業に分類するであろう魔力操作の極意。


「ステラ、全力で来い。

 俺は必ず、お前を受け止める」


「うん、僕は君を信じてる」


 一月もあったんだ。

 その間、俺は常にステラを感じていた。

 その情報を頭に蓄積させ続けた。


 その時間があれば。

 ピースは後、一つだけ。


「全魔力解放」


 その全力を、身をもって知る事だ。


「固有術式【神星剣アスタルテ】」


 白銀と黄金の魔力が、ステラの剣の周りを渦巻く。

 それ伴って、その形状が大きく変わる。


 惑星の巫女であり、銀河の視力。

 周辺惑星全ての魔力を聖剣に流入した極大の魔力。

 あらゆる物を断絶する最強の概念武装。


 あんなものが炸裂したら、確実にこの街は更地になるだろう。


 ゴールデンピンクの髪が、靡く。


「静神流剣術・奥義」


 静神流剣術には二種類の技がある。

 対人用の秘剣。

 対魔用の奥義。


 そして、奥義には技は一種類しか存在しない。

 魔力を龍の形状の押し込み、相手を喰らうたった一種類。


「百龍」


 聖剣が横に薙ぐ。


 その斬撃が空間を割き、まるで溢れる様に大量のドラゴンが飛び出した。


 その視線と矛先は、常に俺。


 後はあれを打ち砕ければ、俺の術式は発動できる。

 そこまで来た。


 あぁ、やっと始まりだ。

 俺は今から、この英雄を捻じ伏せる。


 向き合う時だ。

 対面する時だ。


 お前達の憎しみ。

 呪い。


 今、枷を外してやるよ。


 呪縛解禁。


 ネガティブな感情が、爆発する様に俺の頭に流れ込んでくる。

 死、呪、嫌、悪、そんな感情だけの情報が俺の頭を埋めていく。


 だが、問題は無い。


 英雄とは何か。

 種の繁栄の為に生み出された、その種を代表する存在だ。

 故に、同族の呪い等に英雄は屈さない。


 お前たちを救い導く事こそが、英雄の仕事なのだから。


 でも悪いな、俺はお前達の英雄じゃ無いんだと思う。


 俺が救ってやりたいのは……人の身に余りある重荷を背負い、今にも崩れそうに道とも言えない場所を歩く――英雄様なんだ。


 俺が救ってやりたいと願ったのは、ステラ・セイ・アンドロメダなんだ。


「だから、お前等は俺の力になって消えろ」


 今の俺なら、この程度の呪いには負けないと確信がある。

 ステラと過ごして、俺は強くなったから。


 使い魔召喚。


「呪濁流」


 黒い、泥の様な何かが百匹の龍を包んでいく。

 自分の色へ染める様に、泥は拡大して行く。

 泥に包まれた龍は制御を失い、同族を喰らい始める。


 ゾンビ映画さながらの同族食い。

 呪いの本質と言っても良い光景だ。


「君はそうだったよね。

 あの世界で、君だけが僕等に哀れみの視線を向けていた」


「――究明完了」


 お前の肉体と魂のデータ。

 そして、お前の本気のデータ。

 全てを揃えて、俺はステラという個人の全てを究明する。


 その先にあるのは、支配だ。


「第二固有術式【術式究明】」


 この術式の成功には、多大な前提条件をクリアする必要がある。

 それは、相手の全てを知ると言っても差し支えない膨大な情報の網羅だ。


 だが、もしもそんな事が現実に可能であるのならば、全てを知ったその人を、思い通りに変える権利を俺は手に入れる。


 例えば、使い魔の所有権の簒奪……とかだ。


 最後の命令を遂行せんと、彼女が跳躍する。

 進化した聖剣を握りしめ、俺に向かい剣を構える。


 そんな彼女に俺は受け止める様に――手を広げた。


「帰って来い、ステラ。

 お前を縛る物なんて、有って良い訳ないんだから」


 聖剣が手から消える。

 広げた懐に収まる様に、ステラは俺の肩に手を回す。


「レン……やっぱり寂しいや」


 涙を流していた。

 始めて見た英雄の涙。

 いいや、もう彼女は英雄なんかじゃない。

 その積荷は俺に移った。


 何せ、俺の方がステラより強いんだから。



夢想栄光ウィッシュ・ブレイブ――残り時間0秒』



「天国ってあるのかな?

 それとも、僕なんて地獄行きかな」


「天国に決まってるだろ……決まってる」


 英雄が、人類の為に命も自由も投げ売って戦った彼女が、天国に行かないのなら、天国に人間など居ない。


 無限の魔力は俺の手を離れた。

 ステラの召喚権は、既に俺が奪っている。

 けれど、その召喚を維持できるだけの魔力が俺には残って居ない。


 いや、満タンだったとしても5秒もすれば尽きる程に、ステラを維持する魔力は膨大だ。


 受肉した状態ですら、それだけの維持費が必要なんて流石勇者だよ。


「寂しいよ……君と一緒に居られなくなるのが、【もの凄く】寂しい……」


 俺の胸ですすり泣く女の子に、俺が取れる行動は多くない。

 その不幸を、死という絶望を否定する力が俺には無い。


 この世界の絶対ルール。

 それが、命は死ぬという法則だ。


 あぁ、英雄に至ったとしても世界の枠組みから逸脱するような力は俺には無い。

 また、俺は負ける。


「大丈夫……大丈夫だから」


 俺は、そう言ってステラの背中を摩る。

 それくらいしか俺にはできない。


「好きだよ。愛してる。本当に大好き」


「俺もお前を愛してる」


 魔力が消える。

 残滓が天に昇っていく。

 ピンクの髪は、金色に戻っていく。


 ステラが瑠美に戻っていく。


 ――ステラが消える。


「本当に、一番幸せな時間だったんだよ。

 戦わなくて良くて、不幸な人を見ないで済んで、誰かを救えって言葉も聞こえない。

 レンが、僕を守ってくれたから。

 レンが、僕と一緒に居てくれたから。

 僕は世界一幸せな女の子だったんだよ」


 涙ながらに俺を見つめる視線が、凄く奇麗で目が滲む。


「行かないでくれ……!

 ずっと一緒に居てくれ……!

 なんでもするから、どんな事でもお前の為にやってやるから!」


 決めていたのに。

 ステラを倒すのは、俺の役割だって理解していたのに。

 なのに……どうして、こんな最後の場面で弱音が出て来るのだろうか。


 俺はずっと前から、ステラが召喚された時から、彼女を殺すのは俺の役目だと理解していた。


 でも、一緒に居るのが楽しくて堕落した。

 ステラを手放したくなかった。

 ずっと一緒に居たかった。


 それで、ステラが無理矢理俺を動かしてくれた。

 瑠美と輝夜を巻き込み、俺に戦う理由をくれた。


 全部、彼女の自演だ。


「ごめん……」


 なんの謝罪なのかもよく分からない。

 でも、俺の口はそう言った。


 バルン……


「え?」


 ステラの胸が跳ねた。

 いや、例えとかじゃ無くて物理的に跳ねたというか……

 デカくね?


 バチン!


「痛っつ!」


 ボタンが弾け、俺の額に命中した。


 少し大人びた、というか爆乳になった金髪美人がそこに居た。


 ピンク色の下着が、第二ボタンが取れた制服の間から漏れ出ている。


「あのさ、一応私は元来男なんだけどね。

 視すぎ視すぎ」


「あ、すいません」


 なんか謝っちゃったよ。


「これは、貸しだよ。

 いつか、別の私に返して上げて」


「安倍晴明……?」


「うん、そういう事。

 で、ステラちゃん……だっけ?

 彼女と私の位置を入れ替えた。

 彼女の代わりに私が消えるよ」


「そんな事……」


「できるんだよ、私ならね。

 それに、この勇者は全盛期の私より確実に強い。

 だから、12分の1の私とステラちゃん、どっちを残すのが得策なのかって話だよ。

 この子が君の言っていた英雄なんだろう?

 だったら私は、私を負かした君の信じるこの子に投資するよ」


 じゃあね。


 そう言い残して、安倍晴明は消えて行った。

 胸のサイズも元に戻っていく。


「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」


 瑠美が自分の姿を確認する。

 桃色の下着が見え隠れし、ボタンは一つ弾けている。

 そんな状態の女の子が正気に対応できるとは思えない。


 ステラに斬られた意識が、激しい戦闘で目を覚ましたのだろう。


 そして、この状況は100%俺が悪い。

 いや、安倍晴明なんとかが一番悪いんだけど。

 貸しがある訳で。


 左手で胸を隠しながら、右手の拳が強く握られる。

 あぁ、魔力まで込めちゃって……

 避ける? 防御? 無理でしょ、俺魔力尽きてるって。


 俺は、瑠美の暴行を受け入れた。


「死ねぇええええええええ!」


 拳が俺の顔面を的確に捕らえ、俺は2、3m程吹き飛んだ。

 今まで喰らった拳で、一番強力だった。

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