第33話 現代魔術師の救援


 魔力残量は完全なゼロ。

 この先の戦いに対応するだけのエネルギーが俺には無い。


「修……やはり、お前は危険すぎる」


 瑠美に殴り飛ばされ、仰向けに倒れていると杖を突いた父さんが俺を見下ろしていた。


「危険か……全然狙い通りの評価は貰えないんだね」


「一体どんな評価を望んでいたと言うのだ」


「決まってるじゃないか。

 俺は父さんの子供になりたかったんだよ」


 40のおっさんが気持ち悪いと思うだろう。

 いいや、父さんはそう思って家を出て行ったんだ。


 でも、俺は父さんにも母さんにも感謝している。

 この世界で、この家庭に生まれた事を不運だとは思いたくなかった。

 俺も家族も幸せにしたかった。


 高望みなんだろうな。

 最初から、そんな才能は俺には無かった。

 俺の持ち得る価値観は、この世界と合っていない。

 そんな事は、ずっと前から分かって居たんだ。


 でも、仕方無いじゃないか。

 願いたくなったのだ。

 幸せって奴を。


「お前は転生者だ。

 私の息子では無いだろう」


「それでもだよ。

 俺をこの世界に生まれさせてくれた二人に感謝してない訳がない。

 父さんには話したでしょ、俺が元居た世界の事。

 抗争も戦争も大戦も、罪人で溢れ、いいや罪人にならなければ生きていけない様な世界。

 そんな所に居た俺からすれば、この世界は天国に等しいよ。

 何せ、人間が頂点を独占している」


 魔族、精霊、人間、悪魔、天使、獣人、そんな多様な知的種族が居るのが俺の居た世界だ。


 俺たちは、他種族の根絶を願って戦っていた。

 それに歯向かった唯一の存在が、ステラだ。

 彼女だけが、全ての種族が平和に暮らせる事を望んでいた。


 でも、それは成就しなかった。


 分かって居るんだ。

 種族が一つになった所で、結局争いは絶えない。

 でも、それは種の根絶など願っていない平和な戦争だ。


 それが叶うこの世界に生まれ直させてくれた事、感謝以外に何がある。


「修……お前は間違っている。

 人間は、万物の霊長になどなっていない。

 呪いも悪霊も、悪魔や天使も存在する。

 その事実を、殆どの人間が知りもしない。

 破滅的な状況だと思わないか?

 極めて限られた人間しか、呪いへの対抗策を持って居ないのだ」


 あぁ、世界征服なんて大層な事を何でしてるのかと思ったらそういう事なのか。

 結局、世界征服なんて企む奴の思想は決まってる。

 今の世界が気に入らない、変えてやろうって腹の奴だ。


 そして、幸福よりも不幸の方が心には残る物だ。

 父さんは、人間の不幸を解消する為にその考えになったんだね。


 でも、そんな事は関係無いんだ。


 ――母さんには関係ないんだよ。


「母さんの所に戻りなよ。

 記憶は元に戻すよ」


「馬鹿を言え。

 今、あいつの記憶が戻れば自責の念に捕らわれる。

 一生、笑う事すらしなくなる。

 私には、それが分かる」


「だったら、父さんが出て行ってからの記憶を代わりに消せばいい」


「お前の記憶干渉はそこまで万能では無いだろう。

 人の記憶、感情の全てをコントロールする事が、どれほど難しい事なのか、今の私には分かるぞ」


「はぁ……それで、父さんはどうするの?」


「決まってる。

 お前を殺し、人々に呪いの存在を示す。

 そうしてこそ、やっと平等な世界だ」


 そりゃ、国の偉い人とかは呪いの事を流石に認知してるだろ。

 そうして、呪いを知っている人間と知らない人間には、確実に差がある。


 階級、収入、権力。

 その差がある限り、確かに人は平等とは言えない。

 でも、呪いを相手にしてるんだから、その程度のボーナスはあっていいじゃないか。


 何がそんなに気に入らないのだろう。

 彼等が秘密にしているからこそ、この世界は平和なのに。


「馬鹿だな、父さんは。

 いや違うのか、騙されてるんだよね。

 父さんの愛人は、呪いに対抗する勢力としての主権が欲しいだけで、父さんの思想には全く関心を持っていないよ。

 分かってるでしょ?」


 土御門宮子の目的。

 それは、混沌と化した世界に置いて先導者に成る事だ。

 己の術を用いて人を救い、勢力を拡大。

 国の主権を奪い、呪いの力を使い世界へ戦争を仕掛ける。


 本気の世界征服だ。


 父さんは、それに利用された人柱。

 当たり前だ、誰が愛する男にこんなに呪いを着させる物か。


「あぁ、それでも今よりはマシだと思ったのだよ。

 お前を見て、私は恐怖した。

 対抗の術を一切持たない私は、お前の道楽による害意に潰される。

 大切な物を殺される。そう思ってしまった。

 その不安を抱えたまま生きる事を幸せだとは思えない」


「それは父さんが俺を知ったからだ。

 魔法も呪いも知らない一般人に、そんな事は関係ない」


「それこそが、最もな問題だ。

 もしも、陰陽師や行政でも止められない呪いが暴走すればどうなる。

 殆どの人間は、一切の抵抗もできず死ぬ事になる」


「だから、自分がそれを起こして被害を最小限に抑えるって?」


「私は間違っているか?」


 質が悪い。


 本当に、質が悪い。



 間違って無いよ。


 色々加味しても、最終的な被害の総量にフォーカスするならその作戦は極めて効率的だ。

 何せ、被害の量をコントロールできる立場にある。


「仕方ないか……」


「分かってくれたのか?」


「ううん、第三の選択肢を父さんに上げる事にするよ」


「何?」


「もし、呪いが人の手に余る程に暴走する事があれば。

 その時は、俺が全部殺すよ」


 英雄様は俺を認めてくれたんだから。

 俺を、英雄的だと言ってくれたんだから。


 その程度の事はやってやる。


「それは不可能だ。

 今の状況を考えろ。

 私という呪いの暴走に対して、お前の魔力は既にゼロだ。

 今のお前に、私は止められない」


「俺一人だったら、そうかもね」


 でも、もういいよね。


 俺は守りたかったんだ。


 でもさ、君たちってもう俺に守られる程弱くないし。


 黒い影が月光に差す。

 その影は、俺と父さんの間に堕ちて来た。


 父さんはそれを躱す様に俺と距離を取る。


「修君、どうして?」


 影が着地する。

 それは、俺に背中を向けてそう言った。


「お願いがあるんだ」


「……貴方、人を散々な目に合わせて置いて、まだ要求するつもり?」


「駄目かな?」


「いいえ。

 でも、次、記憶を消したりしたら絶対に許さないから」


「ありがとう、輝夜ちゃん。

 ――助けて」


「えぇ、良いわよ」


 銀色の和装が、闇夜を奇麗に照らす。


 その隣に、今度は黄金の髪を靡かせて瑠美が立つ。


「アンタ、私には何も無い訳?」


「3つくらい貸して無かったっけ?」


「被害の方が大きいんだけど。

 記憶消されて、斬られたし、胸見られて、胸見られて……。

 この変態!」


「……ごめんなさい」


 っていうか、服戻ってるな。

 ステラの換装に近い術を使えるのか?

 ってか、ステラの術式じゃね?


「もしかして、完全に同居してる?」


「こいつ、頭の中で喚いてて五月蠅いんだけど。

 だから、キスなんかする訳無いでしょ!」


 おぉ、うちのステラさんがなんかごめんなさい。


「でも、仮面がアンタで良かった……」


「ん、なんで?」


「……なんでも無いわよ、うっさいわね」


 理不尽だ……


「……っていうか、だから私にも言いなさいよ」


「えっと……」


「どうして欲しい訳?」


 あぁ、そういう事。

 言質って大事だよね。


「助けてくれる? 瑠美」


「いいわよ。友達だから」


 ありがとう、と声に出す前に父さんが口を挟でくる。


「これは誤算だな。

 記憶を取り戻して即座に行動できるのか」


 普通はできないね。

 でも、彼女たちは普通ではない。


 父さんも、輝夜ちゃんとの戦いやステラとの戦闘は見ていただろう。

 それを、相手にするのは父さんの持ち得る力では不可能だ。


「なるほど、確かにお前には脅威を退けるだけの力があるらしい」


「諦めてくれた?」


「その問いは無駄だな。

 私にそんな権利は無いさ。

 どうせ、全滅しないと止まらない」


 そうだね。

 父さんは、いいとこ傾国の美女に唆された王様って所だ。


 結局、最後の権利を持つのは土御門宮子だ。


 ゾロゾロと、校舎から多くの人間が出て来る。

 社会人も学生も関係なく、この学校の人間かどうかも関係ない。

 何年もかけて集めた、父さんの軍事力。


 呪力保有者。

 300人。


「勝てるかい? 二人とも」


「貴方に落とされるのは別にいい。

 そう思える様になったの。

 でも代わりに、貴方以外の人に落とされるのはこの上なく嫌になったわ」


「私は、負ける事を考えて戦った事なんて無いわ。

 でも、今はそれ以上に負ける気がしないのよね」


 まぁ、勝てるだろ。

 っていうか、この程度に負けて何が勇者か。

 何が、精霊師だ。


 君たちの、希少な才能は俺が保証するよ。

 君たちは強い。


 眠たくなって来た。

 身体が魔力を蓄える為に、睡眠を必要としている。


 だから、先に言っておく事にするよ。


「助けてくれて、ありがとう」


「感謝しなさいよ。

 そうね、部活を作りたいから入ってね」


「ちゃんと勉強教えなさいよね。

 後夏休みの宿題見せて」


 恩着せがましいなこいつ等。


 そんな事を考えながら、俺は意識を手放した。

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