第31話 異世界最強の勇者


 ずっと君は僕の後ろに居た。

 後ろで背中を支えてくれた。


 僕のやりたくない事を、できない事を、君は代わりにやってくれた。


 苦しかったよね。

 辛かったよね。

 押し付けてごめんね。


 でもね。

 僕は、そんな君が凄く凄く大好きだ。


 僕に出来ない事をできる能力スペック

 僕の事を理解し、庇ってくれる佇まいルックス

 僕の弱い部分を認めてくれる君の価値観センス


 僕は、君の全部が好きなんだよ。



 ◆



 ドサリ。


 黄金の髪が、月を隠す様に舞う。

 けれど、その浮遊は一瞬で、直ぐに全てが地面に吸いこまれていった。


「瑠美……」


 返事は無い。


「ステラ……」


 返事は無い。


「修、これで我々の勝利だ」


 校舎の中から、この学校の長が姿を現す。

 学校理事長。

 天羽徹。


「父さん」


「彼女の命令権が不安定な理由は分かって居た。

 依り代を用意せず、親和性の低いまま呼び出した事だ。

 ならば、それに肉体を授けてやればいい」


 何言ってるんだ。

 理解が追い付かない。


 あぁ、違う。


 俺は、その言葉を理解したくないのだ。


「土御門瑠美は、そこの勇者が受肉する為に最適な肉体を保有している。

 お前も気が付いているだろう。

 もう、その女は死んでいるんだよ」


 死んでいる。

 その言葉は重く俺に伸し掛かる。


「あぁ、この世界で初めてだ。

 こんなに、怒りが湧いて来たのは」


「レン、僕に勝てると思ってるの?」


 余裕の笑みで、ステラは言う。

 今の俺に、その笑顔に笑みを返せる余裕は無い。


「ステラ、お前は俺が昔と同じだとでも思ってるのか?」


「あぁ、やっと僕を見てくれたね。

 凄く凄く凄く凄く凄く……嬉しいよ」


 ステラが瑠美の身体に近づいていく。

 仰向けに倒れたその額へ触れる。


「止めなくていいの?」


「止められないだろ。

 だからちゃんと、全力で来い」


「うん!」


 瞬間、ステラの姿が掻き消える。


「父さん、ちょっと離れてた方がいいよ。

 俺、そっちにまで気を回すの、多分無理だから」


「だろうな……」


 瑠美の身体が浮き上がり、立ち上がる。

 朱色に染まったゴールデンピンクの髪。


 その視線は慈愛を含み、救世の身体は世界を感じ取る。


 勇者筆頭。

 異世界最強の英雄。


 それに向かって、父さんが叫ぶ。


「ステラ・セイ・アンドロメダに命じる。

 天羽修を――殺せ!」


 それを言い残して、父さんは闇に紛れていった。


「オーケー、マスター」


 聖剣がその手に握られる。

 既に、そこに瑠美の面影は存在しない。


「行くよ、レン」


「あぁ、来い」


 俺はミルへ命じ、術式を構築する。


『全精霊最大稼働――夢想栄光ウィッシュ・ブレイブ――残り時間314秒』


 英雄に憧れ、勇者に焦がれ、己を恥じた。

 そんな俺の奥義、固有術式。


 円柱状の結界が天まで昇り、世界を分かつ。

 直系314mのこの空間内では、全ての生物が無限の魔力を保有する。


 俺が持つ、ステラに勝てる唯一の可能性。

 瑠美の身体を取り戻し、蘇生させる。


 その為に、俺はステラを負かす!


「良いね、この身体も、この世界も!

 僕にピッタリだよ」


 一瞬で、この結界の特性を直感で理解したステラは枷を外して行く。


「瞬天。剣冠。栄華。身護。超感」


 速度強化。

 武装進化。

 弱体無効。

 強度増加。

 感覚強調。


 天才は才人とは違う。


 それは、天から能力を与えられた存在。

 人間に本来備わって居ない機能を、何処からか得て生まれた特別な存在。


 その中でも彼女は、銀河の救世、世界を救う者。


 それに選ばれた彼女の力の源は、天上の世界。

 現状、俺の知識とどう照らし合わせても『宇宙の神々』と定義する他に言葉が無い理論の破綻した現実。


 故に、ステラは常に俺の想像を突破し続けて来た。


 ステラの戦術バトルスタイルは、その恵まれたステータスを一点集中するゴリ押し。

 俺とは真逆の性格だ。


「遊ぼっか」


 聖剣を持った、ステラが消える。

 残像を残し、空間を跳ねる様に移動している。

 通常の反射神経なら、捉える事すら不可能な超速。


 けれど、今の俺には魔力が有り余っているのだから。


 魔力感知の範囲を広域に広げる。

 それを脳で高速処理しながら、ステラの魔力をリアルタイムで追う。


「そこだ」


 ステラの姿は俺の背中を目掛けて、一瞬止まる。

 聖剣を振り上げているのが、精密な魔力感知によって把握できた。


「分かったから何?」


 あの聖剣に防御は無駄。


 転移は、詠唱速度の関係で届かない。


 ならば。


神鎖サンクチュアリ


 それは、鎖を召喚し操る魔法。

 だが、その鎖は普通のそれとは訳が違う。


 鎖がステラの手首と足首、腰に巻き付く。


「え?」


 それは、引き千切れない事への疑問か。

 もしくは、その鎖の秘密に気が付いた事への疑問か。


 まさか俺が、こんな大規模術式に頼る事になるとはな。


「これって、聖属性を封印する魔道具?」


「いいや、概念武装だよ」


 ステラの扱う天性の能力。

 それを、神性と定義し、その属性を封印する鎖だ。


「へぇ、どう見ても僕対策の魔法。

 なんで、こっちの世界でそんな魔法を……

 いいや、一体いつ作った魔法なのかな?」


 あぁ、お前の言う通りだよ。

 俺は、お前と戦う事を想定していた。

 そもそも、ステラは使い魔という極めて不安定な状態だ。


 そして、この世界に彼女を押し込める可能性がある存在を、俺は俺しか知らない。


「レンらしいや。

 準備は怠ってないって訳だね」


 でも。

 そう言って、彼女は手首の関節を外し聖剣を持った右手を抜け出す。


 無理矢理聖剣を振るい、鎖を断ち切った。


「まぁ、予想はあったさ」


 ステラの才能を封じても、聖剣の能力はそれとは別だ。


 聖剣とは何か。

 それは、惑星の力だ。


 彼女が踏みしめる大地の魔力を、固有属性として再定義し振るう。


 その魔力は切断。

 ステラの聖剣に斬れない物は存在しない。


「あぁ、術式解析は終わってる。

 いいや、とっくの昔から終わってたんだ。

 だから、思い出したって言う方が正しいか」


 聖剣とは武器であって武器じゃない。

 それは、惑星が魔法によって創った神器だ。


 でも、それは惑星が保有する大量の魔力が作成に必要って事でしかない。


 要するに、術式内容さえ理解していれば……


「来い、聖剣創造ヘパイストス


 手を翳す。

 惑星が創った聖剣の担い手は惑星が決める。

 故に、俺が聖剣を握る事など天地が逆さになっても不可能だ。


 しかし、それなら聖剣を自分で鍛冶つくろう。

 俺が創った物の所有者は、俺が決める。


「これで、俺とお前は対等か?」


「やってみようか」


 ステラの振るうの剣戟を、俺は自分の作り出した白い発光剣で受ける。

 制御に必要な処理容量を残す為、属性付与以外のビジュアル面とかをサボった結果だ。


 打ち合った瞬間、俺の身体が浮き上がり、吹き飛ばされる。


「へぇ、僕の剣と打ち合えるのか……」


 打ち合えてないよ。

 技量差が歴然過ぎるし、身体強化も度数が違い過ぎる。


 だがな、お前の絶対切断には対応できた。


「早く僕に追いついてよ。

 時間が無くなっちゃよ?」


「うるせぇ」


 ちょっと待ってろ。

 お前の強さはアシストする存在の量によって確保された物だ。

 多くの修羅神仏が、お前の全ての行動を補助している。


 だからこそ、お前は直観的に戦闘を行える。


 だが、当然に俺は独りだ。

 ミルだって、今は固有術式の発動に手一杯。

 俺に避ける処理容量なんて残ってない。


 それなら、全部一人で官制するだけ。

 今の俺ならそれができる。


「静神流剣術」


「へぇ、それで僕に挑むんだ」


「秘奥・五龍」


 それは、魔力式の剣術の奥義。

 剣術を魔法の詠唱として、剣術に込められた意味を現象化する。


 現れた五色の龍。

 泳ぐように、それらはステラに向かう。


「第一秘剣・翡翠カワセミ


 ステラの抜刀が、龍を切り裂く。

 一刀にしか思えない程の、圧倒的な剣速。


「この程度?」


 余裕の笑みで、彼女は言う。


 でも、良いのかよ。


 お前の話しかけてんのは。


「――幻影、でしょ?」


 ステラの聖剣が、俺の剣戟を弾く。


「ッチ」


「その術式好きだよね。

 幻影と光学魔法の透明化」


 五龍を囮にした、俺の不意打ち。


 それは完璧に受けられた。


「そりゃ、ゴリ押しできる魔力なんて持って無いんでね」


「もう一度言うよ。

 この程度?」


 あぁ、違うよな。

 分かってる。

 俺の、この固有術式はこんなちんけな術式を連発する為の物じゃない。


 はぁ、俺の脳ミソ……耐えろよ。


 魔法。

 それは、思考を現実にする力だ。

 その力の前に、できない事は無い。


 限界は、術者の同時魔力使用量によって定められているだけ。

 その枷さえ無いのなら、どんな願いも叶える事が理屈上可能だ。


 魔力は得た。

 後は、それを操るだけ。


「第Ⅰ聖剣ディーネ」


 俺の手に握られていた剣が、青い光へと変わる。


「第Ⅱ聖剣ゴールド

 第Ⅲ聖剣アース

 第Ⅳ聖剣イグニ

 第Ⅴ聖剣ジュピター

 第Ⅵ聖剣サタン

 第Ⅶ聖剣ブレイバー」


 今、俺の想像できる最大の攻撃力。

 それは間違いなく、勇者の聖剣だ。


 七つの聖剣が、俺の周りを浮遊する。

 圧倒的な情報量。

 だが、御しきって見せる。


 質で負ける俺は数で攻める。

 いつだって、俺の戦法はそうだったように。


「うん、それは僕より強そうだ」


 ――だから。


 あぁ、お前がそう言う度に俺は見て来たよ。

 お前の、限界って奴が何処にも存在しないって事実を。


「超えるよ。レン」


「やってみろ……」


「手数……手数か……

 いいね、それ」


 念じる様に、ステラは聖剣を腰に構える。

 抜刀の構えだ。


「行け!」


 俺の手にある一本を残し、6つの聖剣が飛来していく。


 ――転動抜刀・翡翠カワセミ


「マジかよ」


 空間系術式、内容は転移に近い。

 粒子の再構築によって、転移後の姿勢を変える。

 ただ、それだけの術式。


 だが、それ故に詠唱速度はほぼ要らず。


 振り抜いた瞬間に、抜刀体勢に戻る事ができる。


「「「「「「ッシ」」」」」」


 俺の聖剣は、俺の右手の一本を残して断ち切られた。


 絶対切断の冠位レベルが上がっている。

 聖剣の持つ存在量が、増えている。

 今、進化したのか。


 俺の聖剣に合わせて最適化されたとでも言うのか。

 もう、俺の聖剣じゃステラの聖剣とは打ち合えない。


「あぁ、本当に天才って奴は嫌になる」


「まるで、自分が天才じゃないみたいな言い方をするんだね」


「当たり前だ。俺は英雄でも勇者でも無い」


「それは、レンの話だろう?」


 ステラの言葉の意味がよく分からない。

 俺はヒーレンだ。その話をして何が間違っているというのか。


「何言ってるのか知らないが、俺はお前とは違う」


「君の自信の無さはまだ健在か。重症だね。

 ネガティブな事が悪い事だとは僕は思わないよ。

 それは、備えて気を付ける力だ。

 でもさ、自分の事は自分が一番よく知っておくべきだ」


 そして、ステラは言った。


「今の君は何のために戦っているの?

 言い訳はもういいよ。弱音はもう聞き飽きたよ。

 君は、どう見たって友達の為に戦っている。

 羨ましい、微笑ましい、喜ばしい。

 ――僕も、最初はそうだったんだ」


 そうか。

 確かにそうかもな。

 友人の為に戦う。


 それは、異世界のB級魔術師には無かった思考だ。


「君が本当にしたい事をするなら、僕が君を認めて上げるよ。

 力を得て、正義を知って、己を見据えた。

 それでも他人の為に立ち上がろうと思ったのなら――君は正しく、僕と同じ英雄だ」


 あぁ、嬉しいよ。

 お前に認められる事を、俺はいつだって嬉しいと感じる。


「だから、できるよね?

 もっと、僕を楽しませて。

 もっと、僕を愛して。

 もっと、僕を感動させて。

 レン、僕の全力を撃ち破るんだろう?

 まだまだ時間は残ってる。

 足りないから、全然足りてないから、英雄ならもっと振り絞りなよ」


「お前は……そうか、お前は俺の前に居てくれたんだもんな。

 そりゃそうだよな。

 お前が嘘を言った事なんて、今まで一度も無かったんだから」


 前を向け。

 顔を上げろ。

 目的を見据え、方法を試作し、強く望め。


 幸運も環境も努力も失敗も成功も。

 全部、俺が動かす。俺が決める。

 そうする事でのみ、全霊を完遂できるのだから。


「行くぞステラ、俺は今からお前を越える」


「来て、レン。

 僕は君に、もう全部を教えてる」




夢想栄光ウィッシュ・ブレイブ――残り時間110秒』

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