第30話 陰陽師の直観
黒い宇宙のようにも思えた彼女の結界が、崩壊して行く。
外に現れるのは学校のグラウンドだ。
輝夜ちゃんは、理性的て理性的で論理的な思考の持ち主だ。
それでいて聡明で、現実という言葉の意味を的確に理解している。
だからこそ、それは俺の領分だった。
やりやすい、説き伏せやすい、既知の人間。
でも、彼女は違う。
完全な未知。
理解不能。解析不能。
愚者とは理想を夢視る者。
賢者とは目的を見据える者。
であれば、英雄とは何か。
「私の記憶を返しなさいよ、天羽」
それは、理想を実現する者の名だ。
人の才能など、多く見積もっても2~3倍程度の差しかない。
世界一足の速い人間でも、常人の10倍も速く走るなんてのは不可能だ。
物理世界の遺伝子限界。
しかし、魔力世界にその理屈は合致しない。
今にも溢れ出さんとする圧倒的魔力。
純白に輝く神々しい炎。
どう見積もっても、それは俺の100倍以上の出力を有している。
創意工夫じゃどうしようもない領域って奴は、確かに存在する。
陸上選手が車に勝てない様に、蟻が単体で人間に叶わない様に。
凡人は天才には至れない。
でも。
「無理だよ。土御門さん」
返す訳には行かないんだ。
俺という存在を、誰かに知られる訳には行かない。
父さんは俺に確信をくれた。
この世界の人間が魔術を覚えるのは、まだ早いって。
「俺は君に色々と感謝してるんだ」
君と手を繋いでいた間は、本当に心地の良い時間だった。
何も考えなくて済む時間だった。
「だから、降参してよ。
俺は、君を傷付けたくない」
この戦いを仕組んだ張本人。
ステラに視線を向ける。
俺の視線に気が付いているのだろうが、それでも無視を決め込んでいる。
要するに、介入の意思は無いって事だ。
だったら、始まるのは俺と土御門瑠美の戦い。
そして多分、この戦いで俺は負けるんだろう。
だから、こんなハッタリみたいな言葉しか吐けない。
「ふざけるな!」
あぁ、君はきっと俺の話に耳を傾けてはくれないと、何となく分かって居たよ。
会話が通じないっていうか、そもそも聞く気が無い。
自分の中に、確信100%の解答があるから他の誰かの話を聞く必要はない。
そんな独善的で自己中な考えが透けて見える。
だからこそ、面倒極まりない。
俺は瑠美に手を上げる何てことはできない。
輝夜ちゃんも同じだ。
輝夜ちゃんには実力の差を認め、降参するだけの知性がある。
でも、瑠美にそれはない。
瑠美はリザインしない。
俺の固有術式の効果時間314秒。
その間にどれだけ圧倒的な力の差を見せけたとしても、瑠美の意思が折れる事は無いだろう。
かと言って、物理的に行動不能にするのも無理だ。
俺には無理だ。
術式発動から314秒後、俺は負ける。
それは確実だ。
これが、
「……じゃあいいか」
「何よ?」
勝てない。
それだけ明確化されたなら十分だ。
「俺は、君の記憶を絶対に返さない」
「だから、実力で奪い返そうとしてるんでしょ」
「意味が分からないな。
もしかして、俺を殺せば記憶が戻るとか思ってる?
そんな都合の良い展開は無いよ。
さぁ、拳でも蹴りでも好きに見舞いな。
爪を剥がれても、眼球を抉り抜かれても、舌を引き千切られても、四股の全てが無くなっても、俺は君に記憶を返す事はない」
そもそも、記憶を返して欲しいから戦う。
なんてのは、全く理屈に合っていない。
だから、輝夜ちゃんは俺を屈服させる事に拘っていた。
よしんば、事件に巻き込まれる事を容認できる実力を示す気だったのかもしれない。
まぁ、でも結局関係ない事だ。
地球の王が、人間だろうが呪いだろうがどうでもいい。
ステラと俺が一緒に居られるならそれでいい。
「アンタ、どうしてそこまでして私の記憶を守るの?」
「え?」
「だって、アンタが記憶を持ってるんでしょ?
それを何されても返さないって、まるで大切な物を抱えて守る子供みたい」
大切な物。
「私は記憶が還って来るとか来ないとか、どっちでもいいっていうか。
いや、ムカつくから嫌なんだけど。
でも、私の記憶や南沢の記憶を、なんでアンタが必死に守る訳?
そんなにそれが、大事なの?」
大事。
重要性。
俺が、二つの記憶を有する事の。
それは。
「私達の記憶を持ってるからって、自分を守る事になるの?
それとも、そっちの派手髪の子を守る為になるの?
意味わかんないんだけど。なんで、私等の記憶をアンタが持ってる事が、アンタやアンタの彼女を守る事になる訳?」
「それは……俺が魔術師だって事がバレるし」
「もう、知ってるけど?
派手髪と魂狐に聞いたし」
「いやそれは……」
「もう一回、記憶を消さなくていい訳?
いいなら、違う理由なんじゃない?」
「だから、記憶が戻ったら俺の……」
「俺の、何……?」
瑠美は近づいて来る。
俺は、既に抵抗する気が無い。
言い淀みながら、俺は彼女が前に来るのを待った。
膝を折り、俺は首を垂れる様に歩みを見つめる。
「その姿。
どう見ても、私達を庇ってる様にしか見えないんだけど?」
「違う。
どうせ、土御門さんも南沢さんも父さんの計画が激化すれば巻き込まれる。
庇えてなんかいない」
「だったら、記憶を返したくない理由は何?」
「俺の居場所は要らないんだ……」
この世界に魔術師の居場所など無い。
この世界に異世界人の居場所など無い。
この世界に殺人鬼の居場所など必要無い。
「じゃあ勝手に消えればいいじゃない。
なんで、態々記憶なんて取る必要があるの?」
そう言って、瑠美は閃いた様に言った。
「あっ、そっか。
私も、こたつの中から出たくない時とかあるし。
そういう時は、こたつの方の電源切ると出やすいわよね。
……そう、そんなに居心地よかったんだ」
良く分からない解釈だ。
でも、何かがストンと俺の心に堕ちて来る。
それは、俺が無意識に排除していた思考。
怠惰と惰性と、幸福の蓋だ。
「私、友達初めてだけど、案外上手くやれてたのね」
「うん、そうだね」
そう言ったのは、ステラだった。
いつの間にか、俺の後ろに回り込み。
俺の両肩に手を乗せている。
そのまま、するすると手が降りて来て、俺の首に巻き付いていく。
「ね。ずーっと、凄く凄く凄く近くに居た僕を差し置いて。
たった数カ月の付き合いの人の事を考え続けてるなんて、あり得ないって思わない?
僕の彼氏なら、僕で心を一杯にしてよ。
なんで、他の物を入れるの? 入れる余地があるの?」
「ステ……ラ……?」
「君はレンだよ。
天羽修なんて僕は知らない。
レンが悪いんだよ、ちゃんと僕を見てくれないから。
だから、今度こそよく見ておいて。レンは僕の物なんだから」
――土御門瑠美を斬り捨てなさい。
「オーケーマスター」
ステラの手に、聖剣が召喚される。
待ってくれ。
待ってくれステラ。
「えっ?」
「やめっ……!」
「無理」
そのまま、聖剣の切っ先が瑠美の前身をなぞるように切り裂いた。
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