第18話 現代魔術師の地下探検


 我が名はフィトルケイオルス。


「フルル、偵察してきなさい」


 今はどうしてか、そんな名で呼ばれている。


 数百年前から祀られる神格である我が。

 一体何の因果でこのような略式名称で呼ばれる事になってしまったのだろうか。


 それも全ては、この男のせいである。


「それは駄目だよ輝夜ちゃん」


「どうして?」


「相手が術師なら精霊は感知される可能性があるからね。

 さっきのロッカーで隠匿系や結界の術を使わなかったのは、入室して来た人が術者だったらロッカーに隠れてる事がバレるから。

 術師の裏をかくなら、術以外を使う事が大事だよ」


 この男は本当に正しい事しか言わない。

 この学校に地下通路など作った者は、その観点から地下室の入り口を物理的構造にしているのだろうしな。


「そういう物なのね。

 分かった、貴方の言う事を聞くわ」


 同時に、この男は嘘でできている。

 我は知っている。

 この男が、我と戦った時の仮面の姿を。


 あの仮面とローブは、術師に対して非常に有用な隠密術式だ。

 今も、こうして何の策も無く階段を下るよりも、あの姿に変化した方が都合がいい筈。

 だが、男はそうしない。


 我か、我が宿主、南沢輝夜を警戒しての事だろう。

 慎重で思慮深く、底の見えぬ男。

 この様な男は悪人と、相場は決まっている物だ。


 問題は、我が宿主がこの男に惚れている事。

 我はこの数百年、30人以上の宿主を経験している。

 それでも、今の宿主程に心が黒々しい者は居なかった。


 だからだろう。

 輝夜は惚れている事を認めない。

 惚れさせたいと思っているだけ。

 それが、輝夜の心音だ。


 変人な男に、偏屈な女。

 疲れる主に宿った物だ。


「もしもの話をしようか、輝夜ちゃん」


 折り返し階段を下りながら、天羽修は問いかける。


「何?」


「この先に、俺たちを殺そうとする人間が沢山いたとして。

 俺が魔術でそいつらを殺したら、君は俺の友達を止めちゃう?」


「止めないわ。

 貴方の入ってる留置所に週に3日は面会に行って上げる。

 でも、人が死ぬ瞬間なんて見たく無いけれどね」


「それは凄く嬉しい話だね。

 ……分かった」


 何を言うか。

 我を自殺させるまで殺し続けた男が、たかが人間相手。

 まさか殺せぬ訳もあるまいて。


 我の仕事は、南沢家に仕え、災いから守護する事。


 神格を持ち、あらゆる災いから宿主を守って来た我が、ただ吸収する事しかできなかった強大な呪い。


 そんな物が存在する事が既に異常事態。

 だが、そんな物に太刀打ちできるのは確かにこの男しか居らぬであろう。


 だから、我は輝夜を守護する為。

 輝夜に全てを明かし、この男の助力を願った。

 それが、最善で最高の選択だと確信できたのだから。


「着いたね。最下層だ」


 階段を下ると、そこは大きな広間になっていた。

 光は蝋燭が壁と柱の中に灯っているのみで薄暗い。

 広さは数千人は入れるレベルだ。


 恐らく、学校の地下全てがこの空間になっているのだろう。

 柱が等間隔に置かれている。

 天上が落ちてこない様にだろう。


「如何にも教団アジトって感じだね」


「そうね。

 まさか学校の地下にこんな空間があるなんて、思いもしなかったわよ」


 そして、既にそこには数百人の人間が集まっていた。

 生徒会室以外からも、この空間への出入りは可能なようだ。


「お、お前らも選ばれたのか?」


 その中には、2人が通う学校制服と同じ物を着た男子生徒も居た。


「良かったな!

 辛かったんだろうけど、もう大丈夫だぜ。

 なんせ、俺たちは選ばれたんだ」


 少し、挙動不審な様子で男は大げさにそう語る。

 何か、分かるぜその気持ち、とでも言いたげな様子で親指を立てている。


「えぇっと君は確か隣のクラスの……」


「佐伯君?」


「そ、そうだよ佐伯優斗さいきゆうと

 有名な南沢さんに覚えて貰ってるなんて光栄だよ」


「そんな事無いわよ」


 今この娘、絶対ドヤ顔してるな。

 我が宿るのは心だ。

 その感情の起伏はダイレクトに我に伝わる。


 輝夜は褒められる事が、凄く好きだ。


「私達、初めてここに来たのだけれど何が始まるの?」


「あぁ、加護を配って下さるんだ」


「加護を配る?」


「うん、俺って生徒会の書記をやってるんだけど会長に誘われてから三ヵ月、平日は毎日ここに来てるんだ。

 だから、多少の呪いはもう使えるんだぜ?

 ほら、凄いだろ!」


 そう言って、男は指先に炎を灯す。

 それはかなり小規模ではあるが、術式である事に変わりはない。


「呪術か」


「お、天羽は聞いてんだな。

 ここの奴らは皆使えるぜ。

 俺はまだ三ヵ月しか通ってないからこの程度の威力しかでないけど、生徒会長とかは凄いぜ。

 魔剣とか召喚しちまうんだから!」


「なるほどね。大体分かったよ」


「あぁ、お前等も通えばすぐこれ位できる様になる筈だ!

 そんでもって、一緒に夢を叶えようぜ!」


「あぁ、因みに佐伯君の夢って何なんだい?」


「あぁ俺か?

 俺は――母さんを毎日殴る親父を殺すんだ!」


 まるで、将来は宇宙飛行士になりたいと叫ぶ少年のように。

 佐伯優斗は、煌びやかな笑顔でそう言った。


「お、そろそろ始まるぜ。

 お前等の夢も後で教えてくれよ」


「あぁ、最高の夢を聞かせて上げるよ」


「えぇ、また色々教えてくれると嬉しいわ」


 清々しく一切動揺しないカップルだ。

 さっさと結婚してしまえ。


『それでは今日も現実に耐えた諸君に、ギフトを授ける。

 明日の君は今日の君よりずっと強い。

 だから、みんな頑張って行こう!』


 広間には少し床の高い壇上がある。

 そこに男が一人立ち、響き渡る大きな声でそう言った。

 壇上には燭台が5つ程置かれ、この空間で最も目立つ場所になっている。


 更に目を引くのは、男の隣に置かれている社だ。

 邪悪な気配の凝縮体。


(フルル、例えばこの人数を貴方の力で制圧できる?)


 我と輝夜は繋がっている。

 なれば、意思での会話も容易だ。

 壇上の男の演説を聞く裏で、我等はそう話す。


(あぁ、全てがさっきの小僧と同程度なら容易じゃ。

 しかし、あの壇上の男や幾人かは止められぬ相手もいる)


(なら、もしもの時はその相手は修君に任せましょうか)


(問題無かろう)


 あの男の奥義には、相手の人数など意味がない。

 使用可能な魔力の量。

 そして、一度に展開可能な術式数。

 その掛け算を越えるには、数万人規模の術師軍団が必要。


 それでも、あの男の術式のレパートリーの上に敗北する可能性は大いにある。


 それほどの実力。

 万に一つも、この男がこの程度の術師の集団に負ける事などありはしない。


「あれ、よく見たら知ってる顔だね」


「今頃気が付いたのかしら。

 理事長先生よ、あれ」


「じゃあ、完全に学校がグルって訳だね」


「そうじゃないと、こんな空間は作れないでしょ」


 そんな会話の中、呪いが部屋に充満して行く。

 壇上の社より流れ出た呪いが、集まった人々の中へ入っていく。

 まるで、力を授ける様に。


「これが加護って訳か」


 自分の方へ飛んできた呪いを素手で握りつぶしながら、天羽修は呟いた。


 我も、輝夜に飛来する呪いを平らげる。

 この程度の量ならジャンクフード程度の毒素しかない。

 恐らくは、人間に耐えられる量に調整されているのだろう。


 なるほどな。

 極めて効率的な強化であると納得だ。


「うん、いいね。

 呪いに呼応させて術師を覚醒させてる訳か。

 しかも、呪いの根本が無尽蔵だから持続的な強化も可能。

 で、この空間の広さを考えるに許容人数は数千人ってとこ?

 街に降ってる呪いを考えるに、エネルギー的にも余力在りか。

 噴水じゃなくて電池でもあった訳だ」


 冷静に状況を分析する天羽修は、狂気的に笑っていた。


 言っている事は理解できる。

 あの壇上の男の目的は、私兵の生産だ。


 呪いによって覚醒した呪術師の軍団。

 それを支配下に置く事での武力拡大。

 そして、その規模はまだ増やせる余力があると。


 その力が、呪いというもの都合がいい。

 呪いは人格を破壊し、寿命を削る。

 兵士は思考能力を奪われ、早死にすると言う訳だ。


 中々に用意周到な男だったな。


「それって、何を相手にするつもりなの?」


「うーん、想像し易い所だと『日本』とかじゃない?」


「テロリスト集団じゃない」


「だね」


 これだけの術師がいるなら、確かに日本の陰陽師や魔術師の家系全てを相手取っての戦いにも勝算が生まれる。


『あぁ、それと今日は招かれざる客人が居るなぁ。

 1年2組出席番号2番・天羽修。

 同じく出席番号24番・南沢輝夜。

 君たちを招待した覚えは無いのだけどね。

 だが、来てしまったのなら仕方ない。

 君たちには選ばせて上げよう、私に隷属するか、この場の皆の夢の為に礎になるかを。

 さぁ、壇上へ上がりたまえ』


 壇上の男は、こちらを凝視してそう宣言した。


「あら、バレちゃってるよ。

 どうする輝夜ちゃん?

 ちなみに逃げるのは簡単だよ」


 ぬけぬけと、天羽修はそう言う。


「倒す選択肢ってあるのかしら?

 魔術の事とか知られるわよ?」


 この男は秘密主義の極みの様な男だ。

 同じ学校の生徒に秘密を知られて、放置する気などある訳もなかろう。


「記憶を消すさ。

 でも、呪いってそんな簡単に制御可能な力じゃないから人格破綻と短命は残るよ」


「じゃあ、制圧できるの?」


「あれ、フルルから聞いて無いの?

 この程度の相手、何人居ようがフルル一匹相手するより楽だよ。

 要するに……余裕だね」


 それが、解答の全てだ。

 確かにこの教団は良くやった。

 どんな理由で、どれだけ年月をかけて、この策謀を実践したのかは知らぬ。


「だったら私、嫌な事は早めに済ませるタイプなのよね」


「気が合うね。

 俺もそうだよ」


「決まりね」


「決まりだね」


 だがしかし、相手が悪すぎた。

 天羽修。

 この男に発見された時点でその陰謀は終い。

 きっと次すら残らない。


「はいはい。

 お呼ばれしたんで、通りますよっと」


 自然と開く人混みの道を通って、天羽修と輝夜は壇上へ上がる。

 我は、心内で南無と唱えた。


 壇上へ上った2人へ、男が話す。


「やぁ修。元気にしてたかい?」


「馴れ馴れしくないですかね、理事長先生?」


「あぁ、やはり映画の様な事は起こらないね。

 顔も声も変え、幾百の呪いを宿し魔力も変質してしまった私を、私と認識するのは無理があるか」


「何言ってるの?」


天羽徹あもうとおる、それが私の名前だ。

 我が息子よ」

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