第19話 伝説の勇者


「少し、昔話をしないか?」


「そうだね。

 貴方が父さんだって、まだ信じてる訳じゃ無いんだ。

 何せ、最後に会ったのは10……3年くらい前だっけ?」


 天羽修の父親と名乗った男。

 理事長であり、天羽徹。


 壇上で、親子は会話を始める。

 我と輝夜は、それを見守る事しかできなかった。



 ◆



 俺が、俺という人格を自覚した時。

 そう、3歳の時だ。

 その日、俺は父親にこう言った。


「ここは何処だ?」


 明瞭とは言えない思考。

 真面とは思えない景色。

 地獄、天国、もしくは幻覚か夢の中。


 そんな想定をしていたような気がする。


「え?」


 俺が始めて発した言葉に父さんは驚いた。

 熱心に教えていた「ママ」でも「パパ」でも無く。

 そこには明確な意思があり。


 唱えた言葉は「ここは何処?」だ。

 何故日本語を使えたのか。

 恐らくだが3年分の記憶だろう。

 それは、確かに蓄積されていたのだと思われる。


 その中から文脈に添った単語を抽出し、俺は言った。


 そして、更に俺は言う。


「俺はとある魔術師だ。

 貴方は一体、誰なんだ?」


「ま、魔術師……?

 あはは、一体何処でそんな言葉を覚えたのかな?」


 ――そして、俺の放った風の魔術は、部屋の窓ガラスをブチ割った。


「何を言っている?

 冗談でも何でもなく、俺は魔術師だ。

 それよりも、早急な状況の説明を求める」


 俺が目覚める前。

 最期の場面は魔王との戦闘中だ。

 俺の警戒は最大限に高まっていたと言ってもいい。

 だから、状況を冷静に静観する余裕など無かった。


「今のはなんだ?」


「見ての通り魔術だ。

 こちらの地方では珍しい術式だったか?」


「君は、一体誰だ……?」


 恐怖に染まった表情で、父さんは俺にそう言った。


「私は魔術師……名を……」


「違う! 君は私の息子だ!

 君は私の息子の、修だ!」


 まるで、自分に言い聞かせるように父さんはそう言う。

 けれど、まさか父親だ等と欠片も思っていなかった俺は言った。

 言ってしまった。


「息子……?

 いいや俺の名は、ヒーレン・フォン・アルテレスだが……?」


 そうしてやっと、俺は自分の手を見た。

 幼子の様な小さな手。

 巨人族の様な父親の姿。

 己の身体が幼児化している事を、やっと理解した。


「転生術式なのか……?」


 それは、古今東西の術式を研究した俺でも不可能と思っていた現象だった。


 だが、事実は事実だ。


「失礼した。

 今やっと状況を認識できた。

 どうやら俺は、貴方の子供として転生してしまったらしい」


「息子では無いと言うのか?

 だったら、私の息子は何処なんだ?」


「いえ、だから俺が息子だ。

 転生しただけだが」



 父親との会話のみで状況を理解した俺は、母親には嘘を吐いて生活し始めた。



「それじゃあ君は異世界で、魔術師というのをやって居たんだね」


「そうなるな。

 良ければ少し伝授しようか?

 自衛の手段は多いに越した事はないだろう」


 俺は、彼等に恩を売らなければならなかった。

 捨てられてしまえば、右も左も分からぬ世界。

 一人で生きていける自信は無かった。


 だから、魔術という利益を提示したつもりだった。


 魔力循環。

 魔力操作。

 魔力感知。


 魔術師の基本を教え、簡易的な術式構築も教えた。


 だが、その事で父さんは確信したのだと思う。


「やはり、私は君を自分の息子だとは思えない!

 お前は息子の身体を奪った悪魔だ!

 だから、絶対に君を許さないし、いつか必ず息子を取り戻す」


 俺が目覚めて一月後の事だった。

 父さんは、春渡と楓華を妊娠していた母親を置いて、家を出て行った。



 ◆



「本当なの? 修君」


 昔話を聞いた輝夜ちゃんが、俺にそう言った。


 不安そうな瞳。

 当たり前だよね。

 俺は君を騙していたんだから。


「本当だよ。

 嘘を吐いてごめんね輝夜ちゃん。

 俺って本当は、40と少しくらいの年齢なんだ。

 君の記憶を消した後、君には近づかないって約束するから許して欲しい」


 もう、隠す気は無い。

 今日限りだ。

 やっぱり俺に、友達なんてのは早かったかもしれないな。


「もしも、貴方がその方が楽なら迷わずそうして。

 でも、その方が辛いなら私は貴方を友達だって明日皆に自慢する」


「俺に学校で名前呼びされるのも嫌がってたじゃない」


「貴方を捨てるより、他全員捨てた方が私にとって都合がいいのよ」


 嬉しいな。

 なんでだろう、たった一人の女の子の言葉でしかないのに。

 実利も実入りも何もない。

 ただ、感情が揺れる。


 彼女の俺にとって都合のいいその言葉に、甘えたくなってしまう。


「彼女は友達かい? 修」


「お初にお目にかかりますお父様。

 私は南沢輝夜、修君の友人です」


「これはご丁寧にどうも、理事長だから君の事は知っているよ。

 でも、止めておいた方がいい。

 少し前に会った妻が、私の事を覚えていなかったんだ。

 分かるかい?

 この子は、自分の母親の記憶を改竄するような子なんだ。

 もう既に君の心も変質しているだけかもしれない」


「何を仰るんですかお父様。

 修君は、凄く優しい方ですよ」


「それが君の本物の感情であると証明できるのかな?」


「当然です」


「聞かせて貰おう」


「貴方は言いました。

 自分の母親の記憶を改竄するような息子だと」


「あぁ」


「貴方に捨てられたお母様を、騙したのです。

 それが優しさで無くて何なのでしょうか?

 私は彼に救われた。

 私は彼が大切な人の為に魔法を使っていると、身をもって知っています」


 堂々と南沢輝夜は言う。

 クラスでそうであるように。

 日常でそうであるように。

 彼女は、自分の意見を通す方法を無数に知っている。


「これは一本取られたね。

 でも、重要なのは私と息子の気持だ。

 修、私はもう君を息子ではないなんて思ってないよ」


「へぇ、じゃあ仲良く5人で暮らす?」


 冗談めかして俺は聞く。

 そんな気は無いと、父さんの顔は物語っていた。


「君が私の元に生まれた理由がやっと分かったんだ」


「一応、聞くよ父さん」


 俺がそう言うと、壇上に一人の女が上がって来る。

 黒い和装に身を包んだ、白い帯の女。

 不気味、不敵な笑みを浮かべ純白の肌と漆黒の長髪を持つ。

 そいつは、俺に頭を下げる。


「お初にお目にかかりますご子息。

 私はの名は土御門宮子。

 土御門家の第二婦人ですわ。

 貴方のお父様には、随分お世話になっております」


 土御門ね。

 面倒な話になってきた物だ。


「何だ父さん、どんな理由で単身赴任中かと思ったら……

 ただ不倫してるだけじゃん」


 そう言った瞬間だった。

 父さんが杖を前方に振り上げ、斜めに振り下ろす。

 動作で詠唱を担う簡易術式だ。


「シールド」


 発射された風属性の斬撃を透明な盾で防ぐ。


「彼女を愚弄する事は許さない」


「あぁ、はいはい」


「仕方ありませんわ。

 ご子息にとって私は間女にも見えた事でしょう。

 ですがご子息、どうか私の話を聞いては頂けませんか?」


「君が黒幕って事以外に、聞くべき事なんてあるのかな?」


「ありますよ。

 私共が、どうして貴方の前から逃走しないのか……等」


 そうだね確かに。

 だってパピィは理事長先生をやってた訳だもんね。

 魔力隠匿の技術を教えたのは失敗だった。

 理事長に術師の気配なんて全く感じなかった。


 そんな状態で、俺の周りで一体何をしていたのか。


「まず第一に、貴方と土御門家の長女や精霊付きのその方が同じクラスになった事。

 これに、どのような意味があると思いますか?」


「知らないね」


「貴方の奥義、素晴らしいお力ですね」


 ッチ。

 内心俺は舌打ちする。

 問題を俺に投下して、俺の力量を探ってた訳だ。


「分かったって。

 陰陽術、呪術、そして俺の魔術。

 君たちは3つの魔法系統の概念を理解している。

 でも、逆に聞いても良いかな?」


「はい」


「その程度の用意で、俺に勝てると本気で思った訳?」


「勝てる、というのは少し違いますね。

 ご子息、どうか我々に協力して頂けませんか?

 きっとそれが、貴方が生まれた理由なのですよ」


「何言ってるか分かんないんだけど?」


「私は土御門家の主権を貰う。

 そして貴方のお父様はそこへ嫁ぎ、目的を成すのです」


「目的って?」


「隠匿の解禁です。

 世界に魔術があると認知させ、魔術師の頂点として世界を統べる。

 彼等はその為の、軍事力なのです」


 そう言って土御門宮子は、檀下の300人を見渡す。


 悪党が考えそうな事、堂々の第一位だ。

 世界征服って、今時魔王様も考えてなかったよ。


「悪いけど、全然興味ないかな」


「……残念です。

 できれば依り代を確保してから使いたかったのですよ。

 土御門瑠美という依り代を」


「暗殺者もおばさんの差し金って訳だ」


「えぇ、まぁ順番など些細な事。

 先に龍王から取りましょう。

 王手は最後に取る物と、相場は決まっている物ですから」


 何か作戦はあるらしい。

 でも、それが俺に通用するとは思えない。

 確かに壇上にある社の呪いは強力だ。

 でも、所詮そんなのはエネルギーでしかない。

 俺の固有術式は、エネルギーの差をゼロにする。


 どれだけ多くの魔力を持っているか。

 それは、俺にとってリスクとはなり得ない。


「父さん、本当に分かってるの?

 父さんは確かにそこらの陰陽師より高いレベルで魔力制御ができていて、普通じゃあり得ない呪いを保有している。

 俺の教えた練習を愚直に実践して来たんだね。

 でも、それは呪いのデメリットを無くせてる訳じゃない。

 呪いを封印できてる訳でもない。

 父さんの寿命、後5年も無いって自覚してる?」


「だから急いでいるんだ。

 奥の手まで使ってくれて、本当に助かったよ。

 だから私は確信してここに立っているんだ。

 お前に勝てると」


 呪いなんて、軽く扱っていい力じゃない。

 俺でも、呪いをミルに代替させる事は考えても自分の中にある呪いをどうにか使おうだなんて思わなかった。


 封印し、抑え込む事が限界だった。

 それを振るう父さんは、病気を100個くらい持ってるのと同じだ。

 どんな狂気か錯覚で、その痛みに耐えてるか知らないけどさ。


「おばさん。

 俺の家族を巻き込んだんだ。

 許されないって理解してるか?」


「えぇ、当然」


 社から一気に呪いが噴出する。

 止めようとエアバレットを放つが。


「やめなさい」


 父さんの杖で切り裂かれる。


 五芒星が壇上に発生した。


 術式干渉は、無理だな……

 完全に俺の見た事のない術式だ。

 俺の解析より相手の完成の方が早い。


「対抗術式という概念を知っていますか?」


「対極の術式効果を持つ術をぶつけて、対消滅させる技術だね。

 でも、魔術の撃ち合いなら俺の分があると思うけど?」


「えぇ、だから術式に対してではなく、貴方に対しての対抗術式を組み上げたのです。

 我が旧姓は三木宮子。

 知っていますか?

 私の先祖、蘆屋道満は全てを見通す目を持っていたのですよ」


 その瞳が怪しく光る。

 俺はそれを知っている。

 異世界にも存在した概念だ。


 魔眼。

 しかも、口ぶりからするにそれの遺伝継承。


 効果はなんだ?


「あぁ、対象の術式的位置の記憶か」


「初見でそこまで見抜きますか。

 流石は怪物」


 だとしたら、あいつが使おうとしている魔法に心当たりはある。


 なんだろうな。


 俺の対抗、俺が絶対に勝てない相手を召喚する術式だとして。

 あの魔法陣から出て来るのは、一体何なんだろうな。


「なんでかな」


「修君、貴方……」


「輝夜ちゃん、なんでかな。

 ……涙が止まらないんだ」


 俺にはもう、その術式を止める気は無かった。

 寧ろ俺は、その成功を祈っている。


「貴方の対抗、貴方の対極、貴方の弱点。

 真名、賜りました!」


 一拍手。


 土御門宮子が手を叩くと同時に、魔法陣が強く輝いた。


「――勇者筆頭」


 あぁ、そうか。

 やっぱり、そうなったら君しかいない。

 俺の弱点、確かにその通りだよ。


「――聖剣の担い手、激情の英雄、銀河の剣聖……名をステラ・セイ・アンドロメダ」


 魔法陣の光が収まる。

 その中央には、人影が一つ。


「古今東西、世界も時間も超越し貴方の対抗存在を召喚する。

 これが私の最奥、固有術式、【天敵必見】でございます」


 青い鎧を身を包み、一本のロングソードを背負う。

 桃色と紫の間の様な髪を、後ろで結んだポニーテール。

 その佇まいは、騎士のように堂々と。

 その表情は、常に憂いを帯びた笑みである。


「レン、君にもう一度会えたら言おうと思っていた事があるんだ」


 その少女は、何度も見たその笑顔で俺に言った。

 顔も声も、何もかも変わった天羽修になった俺に。

 それでも彼女は一目で把握し、毎日聞いた俺の名を呼ぶ。


「僕は生涯を救世に捧げた。

 でも、この2つ目の人生。

 君に言ってもいいよね?」


「俺は……」


 一歩。

 俺が歩みを進めれば。

 彼女もそれに応える様に踏み出した。


「僕は君を愛していたんだよ」


「俺も、俺も君を愛してたんだ」


 認めない様にしていた。

 認めてしまったらだめなんだ。

 俺はきっと、彼女を呼び覚ます事に全霊を捧げてしまうから。


 それを彼女が望まないと、分かっていたから。


 だから、俺は彼女を愛して等無く、ただ憧れていただけなのだと。

 そういう事にした。


「守れなくてごめん。

 助けられなくてごめん。

 幸せにしてやれなくて、ごめんな……」


「大丈夫。

 大丈夫だよ、レン。

 僕はちゃんとここにいるから。

 僕は今、凄く凄く凄く、幸せだからね」



 ――そして、大人は笑う。



「惚れた女が、ご子息の弱みという訳ですね」


「召喚された存在は召喚師に絶対服従だ。

 さぁ、我が息子よ。

 私に協力してくれるだろうか?」

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