第17話 精霊術師の好奇心


 生徒会室。

 部屋の仲には誰も居ない事は明白だった。

 午後七時に差し掛かる時間なのだから当然だ。


 うちの学校の下校時間は6時30分である。


 その部屋の前で、俺と輝夜ちゃんは立ち往生していた。


 当前である。


「鍵掛かってるね」


「そうね」


「どうする予定?」


「フルル」


「ま、任せるのだ」


 そう言って、輝夜ちゃんの身体からすり抜ける様にフルルが現れる。

 フルルは、生徒会室の扉を透過して中へ入って行った。


 ガチャリ。


「精霊って便利ね」


 精霊を使いこなしている。

 というには、些か地味な使い方だ。

 発想としては悪くない使い方だよね。


「でもこれって犯罪じゃ無いの?」


「たまたま鍵が閉まっていなかったのよ」


 ま、精霊がやりましたってよりはその方が信ぴょう性が高そうだ。


 俺たちはそのまま普通に中へ入り、内側から鍵を掛けた。


 生徒会室の中には席が5つある。

 生徒会長、副会長、書記が3つ。

 それと、客人用のソファ2つとテーブルが1つ。


 後は、荷物を入れる為のロッカーが5つ分。

 目立つ物と言えば神棚があるくらい。


 って神棚?


「あれなに?」


「怪しいわよね。

 というか、魔法使いなら魔力とか感じたりしないの?」


「この部屋に入った時から、ガンガン感じてるかな。

 この部屋の内側に結界があるから外に漏れないんだろうね」


「もっと細かく分からないの?」


 なめないでよ。

 これでも感知には自信があるんだ。

 一歩目で大体理解できた。


「地下から呪いが上がって来てるね」


 結界の形状が、丁度俺の奥義と同じなんだろう。

 円柱状の結界だから、呪いが空に逃げるようになってる。

 でも、多分俺のと違って上にフタが無い。


「輝夜ちゃん、これって思ったよりやばいかも」


「え?」


「これって、多分呪いの噴水なんだと思うよ」


「噴水……?」


「円柱状の筒の底にフタをして水を入れるとどうなる?」


「上から溢れでしょうね」


「そういう感じ。

 ここの地下で呪いを発生させて、筒状の結界で空に昇らせる。

 そして、一番上まで昇った呪いは街全体に散布されてるって訳」


 この街全体に呪いを撒く工場。

 それが、この学園の生徒会室だ。


 よく考えれば可笑しな話だ。

 瑠美は毎夜妖魔を狩っている。

 で、遭遇数のアベレージは1日3匹。


 この街の西区域だけでその量だ。


 他の町や別区画でも同じ量なら人知れずなんて不可能だろ。

 配置されてる陰陽師の数がもっと多いのかと思ってたけど、どうやらこの街の妖魔の出現率が異様に高いって事みたいだ。


 それが、この地下に在る何かのせいって事だね。


「それって放置してて大丈夫なの?」


「大丈夫じゃないから……」


 陰陽師がせっせと働いてるんでしょ。

 と言いかけたけど、輝夜ちゃんって瑠美が陰陽師って知らないよね。

 勝手に言ったらまた殴られる。


「から?」


「頑張って誰かが対処してるんじゃない?」


「それって大丈夫なの?」


 全然大丈夫じゃないね。

 例えば、土御門家に跡取りが生まれなかったらこの街は滅ぶね。


「でも、何も知らない俺たちが勝手にそのサイクルを壊していいのかって事だよ」


 呪いって言ったってエネルギーはエネルギーだ。

 要は使い道が大事なのであって、呪いだから悪い事してるなんて決めつけは良くない。

 例えばその呪いで、天狗様の封印を継続してるとかね。


 そもそも、このシステムはいつからある物なんだろう。

 誰が作ったのかってのも分からない。


「でも、少なくとも生徒会の人は相当影響を受けるんじゃ無いの?

 私も影響が出た訳なのだし」


 それはそうだ。

 何せ、生徒会ではなくただの委員長が三ヵ月で気が触れた訳だし。

 まぁ、それは精霊が取り憑いてたのとか理由はあるし。


「輝夜ちゃんの性格に難ありってのもあるけど」


「私の性格にどんな問題があるのか聞かせて貰えるかしら?」


「ごめんごめん。

 輝夜ちゃんは優等生だよね、頭も良いし」


「分かればいいのよ」


 彼女は勝ち誇った笑みを浮かべた。

 負けず嫌いだよね。


 そもそも、なんでこの部屋を生徒会にしたんだろう。

 誰も使えない部屋とか、っていうか呪いの通路なら壁の中とかで良い筈なのに。


 学校側がこれを認識していないのか。

 もしくは、意図的にそうしているのか。


 そんな事を考えていた時だった。


 ガチャリ、そんな音と共に生徒会室の鍵が開く。


 俺と輝夜ちゃんは目を合わせた。


『それで、なんでこんな事になってるのかな?』


『今は喋らないで欲しいのだけれど、っ……息が当たってくすぐったいから』


 結果的に言うならば、俺と輝夜ちゃんはロッカーの中に隠れた。


『誰が入って来たか分かる?』


 ロッカーには小さな穴が開いているから、輝夜ちゃんには外が視えているだとうと思い小声で問いかける。

 俺はロッカーの奥に顔が向いてる。

 後ろを振り向けるようなスペースも無いし、見てもらうしかない。


『だから、こそばゆいのよっ……

 後、何処触ってるのよ』


 当然だが、ロッカーの中はかなり狭い。

 そこに2人も入ればすし詰め状態だ。

 密着度は非常に高く、色んな場所に色んな場所が触れている。


 手には柔らかい感触が確かにある。

 でも、女の子の身体ってどこも柔らかいから何処触ってるかなんて分からないよ。


『俺何処触ってるの?』


『言いたくないわ』


 え、俺何処触ってるの!?


『入って来たのは……』


 喋るなと言われたので、固唾を飲んで彼女の言葉を待つ。


『入間先生ね』


 俺たちのクラスの担任じゃないか。

 生徒会顧問とかじゃない筈だけど。

 なんで?


 そう思ったのも束の間。

 俺にも聞こえる音量で、入間先生は独りで喋り始めた。


「クソ、あのクソガキ共、今日も僕の事を馬鹿にしやがって!

 何がNPCだ! 何がオタク教師だ! 僕はお前等より考えて会話してるだけだ!

 嘗めやがって、大人を馬鹿にしやがって!」


 入間先生めっちゃ怖い事叫んでるんですけど。

 まぁ、本人は独りだと思ってる訳だし。

 ストレス発散くらいしょうがない。


 いや、俺は見て見ぬ振りしますよちゃんと。

 墓まで持って行きますとも。


「呪ってやる! 絶対呪ってやるからな、クソガキ共!

 後で泣いて許しを請ったって絶対に許さない!

 でもあれだな、土御門と南沢は別だ。

 あいつらは、奴隷にしてやって飼ってやるくらいはしてやってもいいな」


 おぉ、妄想言語化系ストレス発散法だ。

 実際にやってる人始めて見たよ。

 まぁ、そういうのって人前でやる物じゃないから当然か。


 本人だって、まさかその口に出してる女の子が見てるなんて思っても見ないだろうし。


『死ねばいいのに』


 うん。

 あの先生と目の前の女の子だと100と0で南沢さんの方が怖いね。


 いや、俺は先生の味方ですよ。

 世の中嫌な事一杯ありますよね。

 まぁ、全く理解はしないですけど。


『なんで私があの人と同列なのよ……

 どう考えたって私の方が上でしょ、馬鹿じゃないのかしら』


 あぁ、それって呪いとか関係なく本心だったんだ。

 まぁ、触らぬ優等生に祟りなしだ。

 ツッコむのはやめておこう。


「もう少し。もう少しだ。

 僕にももう少しで呪術が使える様になるんだ……!

 待ってろよ。

 ハハハハハハハ! ハハハハハ……」


 高笑いが遠くなっていく。

 部屋から出て行ったのかと思ったけど。

 音の消えていく方向がドア側じゃない気がする。


『なにあれ……』


『輝夜ちゃん?』


「もういいわよ。

 居なくなったわ」


 そう言うと、輝夜ちゃんはロッカーの扉を開き俺たちはやっと外に出れた。


「暑っつ……」


 七月の夏真っ盛りだ。

 そんな季節にロッカーに2人で入ってれば発汗もする訳で。

 しかも夏服だから、俺も輝夜ちゃんも半袖。


 少しだけ肌着が透けている。

 こういうのって指摘していいのかな。


「私、貴方からお金を取っても許されると思うわ」


「確かにそうかもしれないね。

 それじゃあ、貸してる分無しでいいから」


 呪いから助けたなんて、俺からすればお安い御用だ。

 デメリットは奥義をフルルが知ってしまったという事くらい。


 正直、闇精霊程度に負ける気はなかった。

 だから、危険って程でもない仕事だったし。


「それじゃあ私が貰い過ぎよ」


「それって、何日ロッカーに入ってれば返済できるの?」


「一週間くらい?」


「餓死するよ」


「だから、一生一緒に居てって私に言ってもいいのよ?

 貴方は、私が承諾するかもしれない唯一の男なのだから」


「俺には荷が重いね」


「まぁ、今はそれでいいわ。

 それより、あっちを見てくれるかしら?」


 彼女が指し示した方向は、神棚がある壁だった。


「なにあれ……」


「そういう反応になるわよね」


 神棚の下には、地下へと続く階段が出現していた。

 隠し扉……しかも物理的な構造だ。

 幻影とか魔術で隠蔽してるタイプじゃない。


 それは俺には気が付けない仕掛けだ。

 ありがとう、入間先生。

 あんまり好きじゃ無いけど、初めて感謝しました。


「行ってみましょう!」


 凄くうずうずした表情で、輝夜ちゃんはそう言った。

 探検家か何かなの君?



 ――俺はまだ、この奥にあんな物が居るなんて予想もしていなかった。

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