第14話 賢者の空論


 失敗した。

 それに気が付いたのは、もう全てが終わった後だった。


 相手が妖魔か魔術師であると、頭の中で勝手に断定していた。

 あぁ、バカだな俺は。

 思い込みで行動するなと、何度も師匠に言われていたのに。


「あぁ……あぁああああああ」


 星々の輝く時間は終わった。

 空は雲に覆われ、涙の様に雨が降り始める。


 急な大雨で、誰もが屋内に避難する中。

 少女は一人、銀色の体毛の狐を抱きしめながら泣いていた。


 真っ赤な鮮血が、雨に吸い込まれるように地面を染めていく。

 狐の胴には3発の銃弾が入り込んでいる。


 狐の生命活動は停止していた。

 しかし生物と呼ぶには、あれは魔力で構成された要素が多すぎる。

 実際、実体化しなければ銃弾など身体をすり抜けた筈だ。


 けれど、あの使い魔は態と銃弾を受けた。

 己の後ろに大切な主人が居る事を分かって居たのだろう。

 状況証拠からの推論だが、間違いないと思う。


 だからだ。


「なんで、私なんかの為に……!」


 彼女の心は軋む。

 とはいえ、俺には使い魔一匹の命などどうでもいい。

 あの狐と友人という訳でもあるまいし。

 ただの友達の使い魔だ。


 問題はそこじゃない。


「さぁ、次は君の番だ」


 暗殺者が拳銃を構えた。


 本当に問題なのは。


「うっさいのよぉおおおおおおおおおお!」


 魔力が昂る。

 魔力が溢れる。

 魔力が暴れている。


 術式など介していない。

 ただ、魔力を相手にぶつけただけ。


 魔力何てのは基本的に物理的なエネルギーは皆無の物だ。

 なのに、拳銃を構えた暗殺者は吹き飛んで壁にめり込んだ。


 一瞬で、気絶する。

 常人に耐えられる威力でも無ければ、常人に予測できる行動でもない。


 彼女の真っ白な魔力に、少し黒い靄が走る。

 陰陽師の呪術。

 怒り、失意、無力感。

 そんな彼女の心が威力となって、魔力を放出している。


 俺は、この現象を知っている。


「紛れも無い。

 あの日視た物と同じ。

 あれは間違いなく勇者の覚醒だ……」


 それを俺は、良い事であるとは思わない。

 勇者とは即ち、魔王を倒す存在だ。

 魔王を倒せる存在だ。


 この世界の術理の規模など、異世界に比べれば底辺に近い。

 なのに、その異世界でも最高峰と言われた勇者と同じ力を瑠美が得たならば。

 間違いなく、普通の生活は送れなくなる。


 あの勇者の様に。

 求道に生きる事になるだろう。

 もしくは、聖女の様に神の下僕と成り果てるだろう。


 そして、それはどちらも俺と同じ。

 人殺しの道だ。


 彼女の中を渦巻く魔力が、どんどん黒く染まっていく。

 真っ白な魔力が、奇麗だった癒しの魔力が、暴力の暗闇と化して行く。


 あぁ、どうしたものかな。


 なんだ?

 俺は今、何を考えている?


 別に勇者なんてどうでもいい。

 たかが友人。

 たかが友人の人生など、たかが友人が左右して良い問題じゃない。


 あの子が、勇者になるというのなら。

 俺にそれを止める権利はない。

 止めなければならない理由もない。


 なのに俺は今、あの子の使い魔を助けない理由を探していた。

 まるで助けるのが当然の様に。


 俺の奥義と知識があれば、使い魔を蘇らせることはできるかもしれない。

 でも、それには大きなリスクを伴う。


 奥義を使えば魔力は空だ。

 奥義が瑠美に見られることにもなる。

 助けるメリットなんて何も無い。


 ――なんで、誰にも言わなかったの?

 ――そうとう苦しかったでしょ?

 

 ――私は才能が無いから、あんたの呪いを完全に消滅させる事はできないの。

 ――でも、あんたを楽にさせる事くらいならできるわ


 ――友達が苦しんでるから、私にできることをするだけ。


「あぁ、その通りだよ。

 君の方が正しい」


 君が苦しむのは、嫌だ。

 理由なんて知らない。

 友達だからなのかとか。

 好きだからなのかとか。

 そんなのはどうでもいい。


 ただ、気に入らない。


「瑠美、その使い魔はまだ死んでいない」


 俺は、彼女の前に降り立つ。

 仮面をつけ、ローブを纏い、異世界の魔術師として。


「あんたは……」


「俺の名前はそうだな……

 ヒーレン、とある魔術師だ」


 異世界での俺の名。

 この仮面をつけている時は、そう在ると決めている。

 彼女に、天羽修が魔術師であるという事実を教える気はない。


「どういう意味よ」


「言った通りだ。

 俺は魔術師で、その使い魔を救う方法を所有している」


「あぁ…………」


 拭っても拭っても、拭いきれない涙を拭う。

 鼻水を啜って、顔をぐちゃぐちゃにして。

 いつもの奇麗な顔は何処にもなく。

 全霊で彼女は俺に頭を下げた。


「お願いします。

 魂狐ごんぎつねを助けて下さい」


「了解した。

 ただし、一つ誓って貰うぞ。

 俺の存在と、俺が今から見せる術を他言しない事を」


 暗殺者であり魔術師。

 ヒーレン・フォン・アルテレスは、元々こういう話し方だった。

 英雄への憧れを諦め、赤子から成長していく過程で俺の話し方は自然と変わっていった。


 なのに、この仮面をつけると思い出す。

 金の重さで優劣をつけ、誰の願いも聞き入れていた頃の事を。


「はい」


 その瞬間、俺は決めた。

 理屈上にしか存在しない、奇跡を扱う事を。


 ミル。


『YES』


 円柱状の結界が展開される。

 魔力の柱が惑星の核部からオゾン層までを光で埋める。


 まさか、2日続けて使う事になるとはな。



『全精霊最大稼働――夢想栄光ウィッシュ・ブレイブ――残り時間314秒』



 ホーリンの魔力法則第三章。

 魔法とは世界との取引である。

 第一世界であるこの星と、第二世界と仮定する別の惑星間で、魔力をやり取りしている。

 その運送費として、第一世界に存在しない確率を呼び寄せる事を可能とする。

 それが、魔法という概念である。

 証拠に、惑星の魔力量は常に波のように上下している。


 アルナ・リーベルの蘇生理論。

 肉体には魂と呼んで差支えの無い生体情報が刻まれている。

 よって、魔法的に肉体を媒体に魂を構成する事は可能である。

 ただし、それには輪廻である惑星に干渉する無限に等しい魔力と、蘇生という現象と極めて親和性の高い魔力性質が必要になるだろう。


 賢者グローシス宇宙論理第六節。

 輪廻転生の概念と惑星レベルの魔力循環は等しい。

 生物の肉体には、その生物が使用できる最大魔力の30%程の魔力しか宿っていない。

 その他70%の魔力は魂に帰属する物と考えられる。

 ここからは、半分妄想にはなるが、魔力とは魂を乗せる箱舟の様な役割を持って居るのではないかと推測できる。

 もしそうなのであれば、全く同じ箱舟を形成可能ならば魂を別の箱舟に移し、輪廻の軌道を操作する事すら可能なのではないだろうか。



 俺は魔術師で、暗殺者で、後は魔法研究者でもあった。

 それくらいしなければ、俺の魔力でB級魔法使いにはなれなかった。


 頭の中にあった、忘れかけていた魔法理論。

 いいや、これらは全て仮説であり机上の空論だ。

 それでも俺とは違う、本物の天才。

 魔法学の英雄たちの仮説だ。


 俺が憧れた英雄を俺は信じる。


 俺には、彼らの理屈を再現できるだけの要素が全て揃っているのだから。


「手を貸せ瑠美。

 お前の力が必要だ」


 俺は彼女に手を指し伸ばす。


 アルナ・リーベルの書いた蘇生理論。

 蘇生という現象と極めて親和性の高い魔力性質。


 それ即ち、瑠美のあらゆる害を浄化し、白紙に戻す、白の魔力。

 その魔力を扱い、そして無限に等しい魔力を込めて術式を編みこむ。


「お前はただ、俺を信じろ」


 瑠美の魔力を使って、術式を編んでいく。


「分かった」


 いつもの様な騒がしさは欠片も無く。

 静かに彼女は俺の手を取った。


「魔力循環だ。

 お前の魔力を俺に流せ」


「うん」


 瑠美の魔力の注入に何も抵抗しなかった昼間とは違う。

 流れて来た魔力の主導権を片っ端から奪っていく。


「何よこれ……私の霊気が、支配されてるの?」


「流し続けろ」


 ヤバいな。

 演算の量が大変な事になってやがる。

 ミルは俺の固有魔法の使用に全てのCPUを割いていて使えない。

 自力で計算するしかない。


 魂、つまりは精神干渉系の上位魔法だ。

 そして、作るのは魂の内部に干渉する魔法じゃ無く外部から引っ張る魔法。


 形状イメージは船。

 魂を運ぶ船。

 現代風に言うのなら、コックピットだ。


 船の演算にこの使い魔の情報を加えろ。

 その魂に合った形状を作れ。

 ッチ、一つずつ作ってたら日が暮れる。

 俺に許された時間は300秒。


 その中で完成させるなら、使い魔の生体情報を読み取り、それを元に船の形状を整える。

 そのプログラムを作れ。


「新たな術式を、今作ってるっていうの?

 そんな事できるわけ……」


 だろうね。

 何せ、陰陽師様が使ってのは大昔の信仰術式だ。

 信仰なんてほぼない現代でも使ってるのは、昔からの伝統を守った結果なのだろう。


 日本ではよくある話だ。


 そんな意味の乏しい魔法を使い続けてるって事は、新しく術を編みだすっていう理念が無いんだろう。


 でも、同じ事を繰り返す事を努力とは呼ばないし。

 できる事をやる事を頑張っているとは言わない。


 できない事をできるようにしてこそ、英雄だった。


「完成だ。

 術式名は【ノ・アーク】」


 恐らく、この世で唯一の蘇生魔法だ。


 瞬間、口が鉄の味で満たされる。


「ゴフッ」


「大丈夫!?」


「クソ、トラップかよ……」


 鼻から、赤い水が出てきている事を理解すると同時に、俺は意識を失った。




 ◆




 暗闇の中を無数の星々の灯が照らす。

 地面というには、透明なガラスにしか見えない足場に俺は立つ。


 辺りを見渡せば、世界は無限に広がっている様にも視える。


 しかし、そこには何も無い。


 ただ、宇宙や銀河を思わせる景色があるだけ。

 そして、ただ一人、俺以外に人間が居るだけだ。


『やぁ、ってあれ……君、私の子孫じゃ無いね。

 術式は完全な筈なんだけど、まさか私の式が別の一族に譲渡される訳も無いし、そんなの式が認める訳もない。

 おっかしいな、私の後継が死んだ場合のみこの空間に来る事ができる筈なんだけど。

 ねぇ君、何処の誰なんだい?』


 女が一人、目の前に立っていた。

 金髪の爆乳女。歳は20代くらい。

 衣服はかなり昔の貴族が着てそうな束帯そくたい

 でも、確かそれは男の服装じゃ無かったか。


 胸とか食み出しかけてるけど。


「先に名乗って貰っていいか?

 ほら、何処かの貴族様だったら丁寧に挨拶しないといけないだろう?」


『確かに、私は安倍晴明という者だ。

 自称他称共に平安最強の陰陽師だよ。

 君が誰だか分からないけど、もし子孫だったらこう言う予定だったんだ。

 君の身体、私が貰っても良いかい? って』


 安倍晴明って女じゃないだろ。

 とは言え魔術を使えるなら、性別を謀る程度難しい事じゃ無いか。


「そうか。

 俺は……まぁとある異世界の魔術師だ」


『へぇ、本当だったら凄く面白い。

 私の式神にしたいほどだ』


「そりゃどうも。

 でも悪いが答えは両方、無理ノーだ。

 俺も、そして瑠美も、あんたに身体を渡す事は未来永劫死んでも無いな」


『うん、そっか。

 じゃあ、悪いけど無理矢理奪い取るね。

 抵抗とか、多分意味ないけどしてもいいよ』

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