第15話 陰陽師の心中


「先が思いやられる、そんな経験をした事は無いかい?」


 俺の身体は今、純白の体毛で覆われている。

 俺の上に、巨大で強大な白虎様がお座りしてるからだ。

 顔だけが体毛から解放されている状態。


 まぁ、要するに俺は、ほぼ一瞬で拘束された。

 この世界じゃミルも使えない。

 奥義だってミルが居ないと使えない。

 俺が、英雄規格のこいつに勝てる道理はない。


「不安に押しつぶされそう。

 不幸になってしまいそう。

 不遇な扱いを受けるかも。

 不当、不条理、不運、不満、不平、この国は悪意で満ちている。

 それを、変えたいと思い行動する人間のどれほど僅かな事か。

 ――先が思いやられる、そんな経験をした事は無いかい?」


 安倍晴明は俺に顔を近づけて、そう言う。

 近くで見ると、その美貌がはっきりと伺えた。


 その顔は、瑠美にそっくり似ている。

 ご先祖様って言ったって、限度があるだろってほど。


「私は今、そう感じているよ。

 あの子の弱さと、この肉体の強さを知って」


 瑠美の顔で、そいつは俺に言葉を吐く。


「これだけの才があって、どうして私の式を殺す様な事になるのか。

 全く理解に苦しむよ」


 ――ねぇ、君もそう思うだろ?


「私は先人として、後人なんて信じていない。

 私が最も国を平和へ導ける。

 そう思って、今ここに立っている。

 もう一度英雄として立ち上がる為に転生するのだ」


 あぁ、アンタは間違いなく英雄だ。

 1000年以上前から、俺が必死こいて完成させた魂へ干渉する術式を開発し実用化している。


 何よりも、今世を終えても未だ国の為に貢献しようなんてその根性。

 それは正しく、俺が憧れた物だ。


「ここは私の空間だ。

 この世界では、私は無制限に己の術式を行使できる。

 対して、君は酷く無力だ。

 霊力の少なさと、己の力に絶望して縋った機械の消失」


 ミルは居ない。

 俺の代わりに詠唱を行ってくれる精霊は、俺の呼びかけに応えない。


「我が子なら、痛みはもっと少なかっただろうか。

 この辛さに心が軋むよ。

 でも、君でも良い。

 私は君を犠牲にこの世を守るから、だから私の為に死んで欲しい」


 瑠美の顔で、最強と呼ばれた陰陽師が俺に問いかける。

 いや、命じている。


 あぁ、アンタは凄いよ。


 確かに、間違いなく、英雄だ。


「だがよ、英雄にだって格はあるだろ」


「だとしても、凡人の君が説くべき事じゃないね」


「説法しようって訳じゃないさ。

 ただ、あんたに一つ事実を教えてやるって言ってんだ」


「どんな?」


「俺が憧れた英雄は、子供一人の為に汚ねぇおっさんの靴の裏を舐めとるような女だったよ」


「だとして、何?」


「誰かの犠牲を許容した時点で、アンタは俺の勇者様に負けてるって話だ」


「負けてないよ。

 その英雄がどんな人物か知らないけれど、子供への期待が良い事だと本気で思っているなら馬鹿だ。

 期待、なんていうのは己の力に自信が持てなくなった証なんだから。

 英雄と謡うのであれば、自らの意思と力を持って大儀を成すべきだろう?

 それを他人に投げやるなんて、愚か者の所業以外の何物でもない」



 ………………プツン。



「二度だ」


「何が?」


「二度、お前はあいつを貶した」


「だから何?」


「ぶっ殺す!」


 俺の英雄を馬鹿にしてんじゃねぇよ。



 ――君、魔術ばかりだといざって時に困らないかい?


 ――そうだ、僕が剣を教えてあげるよ。


 ――いつも助かってるよ、君の知識のお陰で僕は何度も命を救われている。


 ――お、上手くなったね。そうだよ僕の剣は、本来君みたいに聡明な人にこそ相応しい。僕は直ぐ激情しちゃって静には剣を振るえないんだ。


 ――でも、君なら冷静に斬るべき相手を見極められるでしょ。


 ――ここまで着いて来てくれてありがとう。今までの戦い、君が居てくれるから私は目一杯戦えた。最後も、僕の隣で、僕と一緒に来てくれる?


 ――守れなくてごめんね。



「俺の英雄をォ! 馬鹿にしてんじゃねェ!」


 俺の上に伸し掛かっていた白虎を、弾き飛ばす。

 術式解析は終わった。

 安倍晴明、お前の陰陽道はほぼ見切ったと言っていい。


「来い、黒虎」


「式神が奪われた?」


 黒く変色した白虎、命名を黒虎ブラックタイガー

 立ち上がり、手先を晴明に向け、黒虎に指示する。


「行け」


 俺にも特技がある。

 一度見た術式を忘れない事だ。


 使い魔って言ったて、所詮は術式だ。

 術式構造自体に、使い魔のステータスを記す物が記載されている。

 それをコピーして再召喚する。

 そうなれば、魔力操作に長ける方が使い魔の所有権を奪い取れる。


 つっても消費魔力は当然こっち持ちだ。

 この神獣、ガリガリ魔力を吸いやがって。

 この分だと持って3分ちょいだな。


「姿を見せよ、十二天将」


 11機の使い魔が召喚される。

 ウロボロス。フェニックス。黄金の天秤。金色の蛇。青いドラゴン。超級の若い魔術師。ウィンディーネ。老婆の姿の精霊師。巨大な亀。聖なる剣士。天龍。


 だが、その存在はシルエットのみしか顕現せず、動かない。


 術式干渉・縛。


 術式に干渉し、その最終フェイズを無限にループさせる。


 使い魔の種類が違っても、使ってる召喚術式は同一の物だ。

 だったら、白虎の主導権を奪った時と同様。

 術式を再現し、召喚権を拮抗させる。


 俺と安倍晴明、どちらに召喚されるべきなのか計算できず、術式は停止する。

 よって、彼等の召喚は中断する。


「弱者の振りが、随分と上手い魔術師も居た物だ」


 黒虎が、その肉体を食い千切る。


「アンタが本気なら、俺の負けだったさ」


 何せ、相手は英雄だ。

 凡人の俺が、この程度の作戦で勝てる訳がない。

 そもそも使い魔を奪えたのは、その使い魔がコピーでしか無かったからだ。


 本物の使い魔は、主人と契約している。

 それを奪い取るのは、召喚術式を模倣しただけでは無理だ。

 でも、この世界に召喚された十二天将という名の式に意思は無かった。


 ただ、生前の安倍晴明の術式を再現した。

 本当に、それだけの代物だったのだろう。

 だからこそ、俺がこうも容易く干渉できた。


「俺に時間を与えるからだ」


「そうだね」


 奴は俺を白虎で殺さずに拘束した。

 それは、俺という犠牲者に対する懺悔の時間だった。


 俺に説明しようとしたのだ。

 俺に理解して欲しくて、できれば納得して死んで欲しかったのだろう。


 そして、覚悟を伝えたかったのかもしれない。

 必ず、俺の命を無駄にしないという覚悟を。

 そんな人間を英雄と呼ばず、何と呼ぶのか。


「最後に一つ、道満の子孫が何か企んでるみたいだから気を付けて」


 上半身だけになってもまだ、その身体は喋り続ける。


「随分親切じゃないか。

 俺は、アンタの転生って願いを阻んだ敵だろ?」


「違うさ。すべからず未来永劫まで、この国の民は私の愛した人間なのだから。

 それに、転生の夢は潰えていない。

 私が残した式は12機。

 その中の1機が君に阻まれただけだよ」


「あっそうかい」


「それと、君の言葉覚えておくよ。

 私は君に敗北した。

 それは、勇者に憧れた少年に敗北したという事だ。

 その勇者の在り方、私に教えてくれてありがとう」


「どういたしまして。

 俺からも最後に聞いていいか?」


「なんだい?」


「その姿は結局何なんだよ。

 まさか、本当に千年以上前の日本人が金髪だった訳じゃ無いだろ?」


「あぁ、これは私の式の主の肉体の、最盛期を再現した物だよ」


「え?」


「どうかした?」


「い、いやなんでもない」


「そうか。じゃあ、次会う日があるか分からないけど、その時はよろしく頼むよ」


 二度と会いたくないモンだけどな。


 そうして、俺は魔力で形成された精神空間から解放された。



 ◆



 目覚めると、目の前に瑠美が居た。

 急いで顔を触ると、仮面はあり、外された形跡は無い。

 一息吐いて、状況確認のために辺りを見渡す。


 どうやら、あの裏路地の様だ。

 雨は止んでいる。


 それに瑠美の隣には狐が座っている。

 って事は、蘇生の術は上手く行ったらしい。


 それと、何故か俺は膝枕されている。


「やっぱりいつ見ても美人だな」


 安倍晴明の姿も瑠美の姿をトレースした物だったらしいが、現物とあの爺さんでは表情の感じが全く違う。

 やはり、美人に視えるのは、瑠美が、この顔だからなのだろうか。


「目覚めて行き成り何言ってんのよ!」


 頭を少し小突かれる。

 しかし、膝枕は続行らしい。


「ありがと、助けてくれて」


 感謝などするべきではないと、少し前に俺に言った少女はそう言った。


「どういたしまして」


「なんで、助けてくれたの?」


 おぉ、答え憎い質問だ。

 俺は天羽修の目的を叶えるために、彼女の困りごとを解決した。


 それを、この仮面の魔術師が言う訳には行かない訳で。


 にしても、この角度だと胸が良く見える。

 小さくは無いけど、やっぱ安倍晴明の方がかなりデカかったよな。

 そして、あいつの姿は瑠美の最盛期を再現した物らしい。


 と言う事は、ここから急成長するって事だ。

 女体の神秘極まれりと言った所か。


「ねぇ」


「え?」


「あんた、さっきから」


「はい」


「どこ視てんのよ!」


 そう言って、彼女は本気のパンチを俺に見舞う。

 流石にこれを喰らうのはマズい。

 仮面がズレるかもしれない


「シールド!」


 魔力によって作った物理結界で拳を受け止める。

 柔らかめに作ったから、拳に怪我は無い筈。

 餅を殴ったみたいなもんだ。


 と同時に、俺は膝から頭を退けて立ち上がる。


「お前を助けたのは、お前が可愛かったからだ。

 じゃあな」


 そう言い残して転移を発動する。


 これで、誤魔化せないかなぁ~。

 無理だよなぁ~。


「そ、それって……」


 瑠美の声はそこで途切れ、俺は帰宅した。


 はぁ、本当に先が思いやられる。

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