第13話 土御門家の長女


 土御門一門。

 源流を最強の陰陽師と謡われた、安倍晴明に持つ一族。

 日本に存在する魔術一家の中では、頂点の一つだ。


 そして、私は晴明様の命を受けた式の一つ。

 与えられた命令は、この家を守護する事。


「なんで、アンタは私を選んだの?」


 今の私の飼い主代理は、自信の無い少女だった。

 誰にでも強気で、誰にでも勝気。

 男勝りで、暴君で、他者の真理になど興味はない。


 そう振舞うのは、大切な物を守る自信が無いからだ。


 私と娘は、この街、和歌山県那智勝浦町の西側の守護を任されている。


 しかし、つい最近この娘は怨霊に敗北した。

 謎の仮面の術師が助力に入った事で事なきを得たが、自信の無い小娘が更に自信を無くすのは必然だった。


「貴方から、あのお方に似た物を感じたからよ」


 元々、清明様に仕えていた式。

 その中で、土御門の守護をしているのは3機あり、私はその内の1機だ。

 そんな貴重な式である私には、主を選ぶ権利がある。


 土御門一族の中から、好みの術師を選ぶ権利が。


「そんな訳ないでしょ。

 私はあんたの力のほんの少ししか引き出せてない。

 あんたが本領を発揮していたら、負ける訳無いもの」


「心配しなさんな。

 私の本域を引き出せる術師など、あの方以外に一人も出会ったことなど無いよ」


「その中で、私はあんたの力を何番目に引き出せてる?」


「ぶっちぎりの最下位ね」


「ウザ……」


 千年前は見る事も無かった黄金の髪が風に吹かれる。

 夜闇は、全てを黒に染める。


 なのに、いつ見ても、月光も星光も関係なく、この娘の髪は輝いている様に見えた。

 


 そう。

 あのお方の様に。


 気が付いては居ないのだろう。

 瑠美、貴方の術師としての才が目覚めようとしている事に。

 あぁ、あの男と仲良くなってからだ。


 あの男に勉強を請い始めてからだ。

 生まれて初めて、貴方には守りたい物ができた。

 だから、なのだろうか。


 たかが、式神でしかない私には分からない。

 人の心など分かろう筈も無い。


 私に分かるのは、貴方の力が向上しているという事実のみ。


「私に才能が無い事なんて分かってるわよ。

 だから、西で雑用なんてやってるんだから。

 いつになったらお爺様は認めてくれるのよ」


「認められる為に戦っているのなら、まだまだね」


「どういう意味よ。

 北に回して貰うには、お爺様に認められるしか無いじゃない」


 この街の北側には山がある。

 その麓には、この子が通う学校がある。

 そして北には、強力な妖魔が集中して出現する傾向がある。


「北に回って、それで終わり?

 何のために北に行きたいの?」


「何のため……か……」


 式神と術者は心を通じさせる事で、その強度を高める。

 その結び目が強くなればなるほど、心は共有される。


 私の力を殆ど引き出せないこの子でも、そこまで強く考えられれば嫌でも分かる。


 今、この子はいつも勉強を教えてくれる男の顔を思い浮かべた。


「そういえば、最近あの男の家に行ったらしいじゃない。

 何か進展はあったの?」


「素麺食べたわ」


「何よそれ、接吻の一つでも迫れば良かったのに」


「ぶっ! 馬鹿、あいつとはそう言うのじゃ無いわよ!

 それに……あいつには好きな子が居るらしいし」


「居なかったら狙うって事じゃない。

 年老いた私から言わせて貰えば、恋なんてただ錯覚よ?

 錯覚を錯覚で上書きして、何を咎められる事があるの?

 ねぇ、折角美人なんだから男で遊ばないのは損だわよ」


「そうね。私は所詮顔だけだし」


 それ、結構な人数の女を敵に回す発言って自覚はあるのかしら。


「頭のいい子の方が、多分あいつは好きよ」


 確かに、あの小僧は聡明という言葉に尽きる。

 まるで、年相応には思えない思慮の深み。

 精神の揺らぎが殆ど存在しないから、溢れる霊気に揺らぎが皆無だ。


 そんな達観した人間は、死期を悟った老人くらいだわ。


「でも、凄い呪いを内に秘めてた。

 あれは、何をして誰から貰った物なのかしら」


 呪い。

 それは、人が人に向ける悪意が凝固した物。

 強い呪いは宿主の精神を蝕む。

 人格を変貌させる程に。


「それに、いつの間にか委員長の呪いは解けてたし。

 どういう事だし……」


「あぁ、あの貴方の霊気を吸い取ってた奴ね。

 じゃあ、それを引き受けたってのが妥当なんじゃないかい?」


 聞いた話を統合するとそう聞こえる。

 いつの間にか消えた呪い。

 いつの間にかあった呪い。

 移動したと考えるのが、自然で打倒だ。


「じゃあやっぱり、あいつが好きな子って南沢……なのかな?

 家にも来てたし……」


 まぁ、可笑しな話では無い。

 呪いを移動するのに特殊な力は必要ない。

 ただ、嫉妬の対象を変えるだけだ。


 例えば、あの優等生と男が恋仲になれば、恋仲になった男は他の男に嫉妬される訳だ。

 そうして、指向性の変化した呪いは徐々に男に移っていく。

 あり得る話だ。


「でも、あからさまに人格が変貌してる感じもしないし。

 それに、凄く強くなってた」


 心を安静に保てる小僧だ。

 それこそ、呪いを抑え込む事に関しては一日の長があるのだろう。


 まぁ、あの男の人格が変では無いと言うのは、聊か疑問の余地はあるが。


 しかし。


「呪いは瞬間的に強力になったりはしない筈だけどね」


 それこそ、呪術師に呪われでもしない限りは。


「あの仮面が現れてからよ、変な事が立て続けに起きてる」


 急に現れた強力な妖魔。

 危惧していた呪いの除去。

 そして、仲の良いクラスメイトに呪いが発覚。


 まぁ、事件と言って差し支えない事柄だ。


「でも、あれは味方みたいだけどね」


 実際、この2週間程はあの仮面は妖魔の退治に助力してくれている。

 この子がピンチになれば必ず現れるし。


 あの小僧が仮面だったりして。

 それで、瑠美の事が好きだから守ってたりして。

 フフ、恋愛漫画の読み過ぎね。

 最近は、面白い道楽が多くて困るわ。


「きゃぁああああ!」


 夜の空に悲鳴が上がる。

 それを察知し、同時に妖力を感知した。


「行くわよ魂狐ごんぎつね


「えぇ」


 現場に向かうと、OLが倒れているだけで妖魔はどこにも居なかった。

 妖力も既に消失している。

 最近はこんな事ばかりだ。


「仮面に先を越されたね」


「あいつ、ほんっとムカつくわ!

 いつか必ずとっ捕まえて仮面を引っぺがしてやるんだから!」


 まぁ、どんな理由であれ向上心が増すのは良い事よね。

 そう思い、私は瑠美の怒りを聞き流す。


 この子の秘められた才能が発現するまでは。貴方の子守が私の役目。

 初めてこの子に出会った時にそう確信した。


 清明様すら越える輝きを、私は貴方に視たのだから。


「今日は終わりみたいね」


「そうみたいね」


 瑠美の言葉に私は簡単に応える。


 今日はもう帰るだけ。

 そう思った矢先の出来事だった。


「ねぇ君、土御門家の令嬢よね?

 ちょっと殺すけど、線香くらい上げるから許してね」


 倒れていたOLが行き成り立ち上がり、瑠美へ拳銃を向けた。


 あぁ、もう子守は終わりなのかしらね。


 全盛期の私なら、容易く防御も回避もできたのに。

 今の私にはこれが限界。


 ごめんね、瑠美。

 最期の主が貴方で、私は案外楽しかったわ。


「逃げなさい」


 私は、拳銃と瑠美の間に飛び込んだ。

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