第9話 現代魔術師の裁量
「南沢さんは優等生だよ」
それは間違いのない、真実だ。
「そんな私が、いじめなんてする訳無いじゃない」
耳に掛かっていた黒髪が、スッと降りる。
「不愛想なあの子より私の方がいいでしょう?
なのに、どうして私を疑うの?」
「瑠美とは友達だから。
君とは友達じゃないから」
俺って人間は勇者とか英雄に比べれば底の浅い人間だ。
家族とか、友人とか、そういう俺に尽くしてくれる存在が幸せならそれでいい。
だから、友達じゃない君の事はどうでもいい。
「友達を優先するのに理由が必要かな?」
「当たり前でしょ。
誰だって、自分にメリットのある人間の近くに居ようとする。
友達とか恋人っていうのは、その最たる例じゃない」
その言葉を俺は正しいと感じた。
だから俺は家族の願いを叶え、友人の危機を救うのだから。
でも、家族や友人から求められる事はあっても、求めた理由は分からない。
友達の選定基準は、自分でも分からなかった。
「私でいいでしょ。
あの人より私を優先した方が絶対に得なのだから。
どうして、土御門さんの方が顔は可愛い、なんて言うの?」
それを言ったのは俺じゃないし。
そもそも、そんな事を言う奴の言葉なんて聞くに値するとも思えない。
それでも、君は気にしてしまうのか。
評価社会、ここに極まれりだ。
質が悪いのは、間違っていない事。
落書きに高額が付けられ、それが芸術であるとされる様に。
人間の価値も、周りの評価で決定する。
だから人は、己の評価を誤解させる方法を学ぶ。
空気の読み方。
気の使い方。
好まれ方を学ぶのだ。
そして、極めた彼女は生まれた。
可憐で優秀で聡明で優しく差別しない。
誰からも好かれる、優等生の出来上がりだ。
「君が許せないのは、瑠美の顔?」
「名前で呼ぶのね。
私は苗字なのに」
「瑠美は友達だからね」
「可愛いから?
狡いわ、ただそれだけの理由で好まれるなんて」
「ははっ、瑠美は可愛いって言われた事無いらしいよ?
正確には、俺以外にはだけど」
「そうなのね。
少し、あの人の事が好きになったわ。
あの人、そういう嘘も吐けるのね」
「南沢さんって、読んだ事の無い本の中身を批判とかしちゃう人?
決めつけは良くないな」
俺がそう言うと、カッターの刃が首を浅く斬りつける。
血が布団を濡らす。
ラブホで良かった。
「天羽君、あの人の友達を辞めて。
そうしてくれるなら、私が付き合って上げる」
こんなに正々堂々なハニートラップは見た事無い。
でも、俺の答えは考えるまでも無く決まっている。
「嫌だね」
南沢さんの眼光が鋭くなる。
カッターが振り上げられ、枕を貫く。
「どうして?
私よりあの人の方がいい?」
そんな訳無い。
南沢さんは殴らない。
南沢さんは勉強を押し付けたりしない。
南沢さんは直ぐキレない。
南沢さんは全てで優秀だ。
人として、確実に南沢さんは瑠美より上だと思う。
でも。
「俺、他人の評価とか興味ないから」
俺の評価は一貫して同じ。
瑠美は友達。
南沢さんはまだ友達じゃない。
「そういう馬鹿は沢山見て来たわ。
でも結局、社会の渦から逸脱する事なんてできてなかった。
失敗し続けていた。
貴方もそういう人?」
「俺、魔法使いだから」
魔法が使える俺に、社会の常識とか関係ない。
「なによそれ、誤魔化さないで」
「俺からしてみれば、南沢さんの方が意味が分からない。
一番になりたかったんでしょ?」
「そうよ。
外見も、人当たりも、私は一番好まれたかった」
それは変だ。
それじゃあ君のやり方は不自然だ。
「蹴落とすのが君のやり方なんだろう?」
「誰かを下げても自分が上がる訳じゃないなんて言うけれど、世界って相対的な物でしょう。
1位が空白になれば、2位が1位に繰り上がる。
当然に私は上がるの」
「その通りだと思うよ。
他人を下げるのに意味が無いっていうのは、弱者の戯言でしかない」
確かに、80億分の10億番目くらいの奴が、誰か一人下げたところで無意味だ。
9億9999万9999位に何の意味がある。
でも、2位の奴が1位になるのには確実な意味がある。
大抵の奴は強者じゃないから、他人を下げても無意味なだけ。
強者は常に、自分より上の相手と勝負している。
「でも、だったら退学させないと」
もしかしたら、瑠美がいじめに気を病んで引き籠りにでもなると思ったのかもしれない。
けれど、そんなのは確実性が無さすぎる。
「もっと確実なやり方がある。
優等生の君が、他の生徒とか先生を使って噂をもっと大きくするだけ。
酒を飲んだ。タバコを吸った。暴力を振るった。体を売っている。
理由なんて幾らでもあるだろう?」
事実かどうかは問題じゃない。
評価は力だ。
強い君は、弱い瑠美を簡単に退学させられた。
君の言葉は教師を動かし、瑠美の言葉に教師は耳を貸さない。
「それが、君の取るべき正しい戦略だ」
「天羽君って、最低な人間ね」
「まさか。
俺は、周りの幸せを常に願ってるよ」
だから、君が実行可能で最も幸せになる方法を示しただけ。
「友達になったら、
土御門さんを退学させるの、手伝ってくれる?」
「それは無理だね。
瑠美も友達だから。
でも、友達だったら不幸を解消する手助けくらいはするよ」
「友達……確かに貴方は、私にメリットを与えられそう。
でも天羽君、貴方間違ってるわ」
「え?」
「だって、友達以外はどうでもいいのなら、こんな風にデートをして友達になろうとはしないわよ」
南沢さんの言葉は、俺の意識の外の言葉だった。
確かに、俺はどうして彼女とデートをしたのだろう。
明確に、一緒に過ごすための理由はある。
でも、一緒に過ごすだけでいいのならデートである必要はない。
そもそも、その理由は最初の3時間程度で済んでいる。
それ以降はただの蛇足。普通のデートだ。
態々、靴箱に入っていた便箋を使って断られない様にした。
いじめていた事がバレている。
もしかしたら証拠があるかもしれない。
そう南沢さんは思ったはずだ。
そう思うように俺が仕向けた。
そうまでして、誘いを断らせない様にした。
なんで、そこまでしたんだろうか。
土曜日が暇だから?
南沢さんと友達になりたかったから?
腑に落ちない。
「それは、貴方が私の事を少しは好きだったって事なのかしら?」
「……どうなんだろう。
正直に言うけど、分からないんだ。
何せ、恋愛経験とか無い物でさ」
「そう、私も恋愛はした事無いわ」
「付き合って上げるとか言ってたくせに処女なんじゃん」
「童貞より万倍マシでしょ」
「男女差別良く無いと思うよ委員長」
「こういう時だけそんな呼び方をするのも良く無いわよ天羽君」
カッターが手から落ちる。
そのまま、南沢輝夜の額が俺の胸に落ち着いた。
「友達って、下の名前で呼ぶ物なの?」
「さぁ、でも名前で呼んでた方が仲は良さそうだよね」
震えた声で、彼女は言った。
「助けて、修君」
「任せて、輝夜ちゃん」
仕込んでいた術式を発動させる。
ラブホのダブルベットの上に、魔法陣が展開される。
逢引宿って神秘的だよね。
「精神干渉系は色々と制約が多くて面倒だよ」
黒い影が、輝夜の身体から剥がれる様に外へ放出される。
それは徐々の人の形を作っていった。
異形の怪物。
悪魔の隣人。
邪神の幼生。
『何故だ! 何故、このような事が……!』
「やぁ、親愛なる輝夜ちゃんの元隣人。
その席は俺が座るから、君はもう要らないってさ」
それが、彼女の中に巣くう悪の権化。
そして、彼女が優等生であった証の存在だ。
「妬み、羨み、怨み、呪い、侮り。
そういう輝夜ちゃんへの眼差しが集積し構築された魔力存在か。
どれだけ強いのか、予想もできないよ」
とっくの昔に容量オーバーだっただろう。
それを抑えて抑えて、漏れだした少しが陰陽師である瑠美に向いた。
輝夜の目的と行動のズレはこのせいだ。
退学させたら、この精霊が瑠美の魔力を食えなくなる。
それは困るから、折衷案としていじめという微妙な物になった訳だ。
瑠美は自分に嫌がらせをしていたのが誰なのか、知らなかったんじゃない。
知って居て黙認していたのだ。
祓うには相当な力量が必要になる。
そもそも、こうやって引き剥がすのも一苦労する相手だ。
俺の術によって気絶した輝夜を身体から降ろし、ベッドに寝かせる。
「俺の友達を苦しめたんだ。
相応の報いは受けて貰うよ」
『抜かせ小僧、我は神に最も近い精霊ぞ。
その不敬改めよ。
というか、友達など今なったばかりじゃろうが!』
「知らないよ、君は俺の友達か?
違うだろ、精霊如きが調子にのるなよ」
バッチに触れる。
仮面とローブを纏い、黒い
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