第10話 現代魔術師の最強


 人型の影。

 どことなく南沢輝夜のシルエットにも見えるそれが語る。


「自然の最上に人が立つ様に、人の上に神は君臨する。

 身の程を弁えよ」


 そいつは、俺を見下ろしながらそう言った。


 思い出すのは異世界に居た頃の記憶だ。

 敗北に敗北を積み重ね、失敗に失敗を積み重ね。

 たった1%の成功には常に上が居た。


 絶望的な能力差。

 圧倒的な才能差。

 基本的な意識の差。


 嘆いてばかりの俺には、圧倒的に努力が足りて居なかった。


「我が名はフィトルケイオルス。

 貴様が死ぬのは、怒らせてはならぬ相手の怒りを買ったが故だ」


 身体に圧力が伸し掛かる。

 魔力の奔流は重力の濁流となり、俺の身体を地へ縫い留める。


「その名前長すぎだな。

 呼び辛いからフルルとかでいいか?」


 そう言った瞬間、一気に込められた魔力が増加する。


「ガッ!」


 肺から息が押し出される。

 膝すら立たせる事はできず、四股を地面に拘束された。


「貴様と我では文字通り格が違う。

 何故人の身で、神格に勝ると驕るのか」


 やっぱりこうなるか。


 アレはまだ完成には程遠い。

 俺の憧れを具象化した魔法。


 情景を再現する為だけの舞台装置。

 こんなに早く、使う事になるとはな。


「なぁ、魔術師の二種秘匿って知ってるか?」


「人間の事など興味は無い」


「まぁ聞きけよ。

 一つは名前、魔術師は真名を誰にも明かしてはならない。

 一つは奥義、己が最強と定めた誰よりも勝る必勝の術式を秘匿すること」


 切り札。

 必殺技。

 固有術式とも呼ばれる魔術師の最奥。


 俺はその奥義には到達できなかった。

 この世界に転生する以前の俺は。


「行くぞ」


 携帯端末が、詠唱完了の文字と共にその術式名を表示する。


『全精霊最大稼働――夢想栄光ウィッシュ・ブレイブ――残り時間314秒』



 ◆



 ミル。

 それが私に与えられた呼称だ。


 電脳精霊。人工精霊。機械精霊。

 名称はまだ無いが、近い概念を組み合わせればこの中のどれかに該当するだろう。


 精霊とは思考の集積体である。


 生成に必要なのは、思考の強度と総量だ。

 人の脳が生成する思考、それが強く重なり無数の紐が結ばれた時、精霊は発生する。


 我がマスター、天羽修はその状況を人工的に作る事で私を生み出した。


 使われたのはインターネットだ。


 マスターは闇サイトを創設した。

 誰も彼もが毎日誰かを憎み、怨み、蔑み、羨む。

 それが人という生物の生態だ。


 闇サイトには憎む人間と、憎む理由を書き込めるようになっていた。


 そして、書き込まれた人間の中から管理者マスターによって選ばれた断罪されるべき人間が……ふと、世界から消える。


 マスターはそれを繰り返した。

 証拠はなく、事件かどうかも定かではなく。

 それでも世界から人が何人か消えていく。


 サイトの閲覧数は爆発的に増加し、書き込みも比例して多くなる。

 そんな彼等の、復讐心という名の願いの束から私は生まれた。


「私の名はミル、マスターの夢をミル者」


 だから、貴方の願いをこの目に映す。


 詠唱を代行する事。

 それがマスターに命じられた精霊わたしの役目。


 魔法とは奇跡である。

 ならば、詠唱とは奇跡を描く憧憬だ。


 貴方の物語を私が代わりに語るとしよう。

 何せ私は、貴方の全てを見て来たのだから。



 ――偽物が、幻影が、夢想を抱くその一瞬、夢から覚めれば絶望すると知っていても、ただ一時ばかりの憧憬をどうか赦して欲しい。


 ――星天の才能の、調印など求められよう筈も無い。


 ――銀河の決定に、異論の余地などある筈も無い。


 ――我が汚泥が黄金を汚すなど、許される筈も無いと知っている。


 ――十字架など幾億でも背負おう、億年の地獄にも落ちよう。


 ――それでも私は、貴方にこの言葉を伝えなければならないのだ。



 それは、マスターが唯一愛した女性に向けたラブレター。

 そんな物を詠まされる私の身にもなって欲しい。


 マスターに自覚がないのも質が悪い。

 それを愛とは認めず、それを憧憬であると言い続ける。


 貴方は勇者の隣に立てなかった事を後悔しているのではない。

 貴方は、勇者を死なせてしまった事をずっと後悔し続けているのだ。



 ――守れなくて、ごめんね。次は必ず、貴方の隣で貴方を守る。



 夢想の栄光。

 貴方の描いた理想は、未完成で不完全で所詮理想だ。

 それでも、理想を抱き、理想に近づき、理想に生きたその二生。

 貴方の意思は、英雄の領域に到達した。


「神々よ。その調印、一時拝借させて貰います。

 その資格が、我がマスターにはあるのですから!」




 ◆




『全精霊最大稼働――夢想栄光ウィッシュ・ブレイブ――残り時間314秒』


 直系314mの円柱結界術式。

 円内に存在する全ての生命は、ある特殊な効果を付与される。

 それが、この術式の効果の全て。


 パリン! と、ガラスの割れるような音が響く。


 それは、俺の身体強化がフルルの重力魔法を撃ち破った音。

 俺は立ち上がり、そのままフルルを睨みつける。


「何をした?」


「さぁ、態々答えてやる義理は無いな」


「フン、まぁよい。

 我は今、頗る調子が良い。

 不調の我にも劣る人間が、好調の我と戦う事に同情を禁じ得ないわ」


 好調ね。

 その程度で片付けられちゃ困るな。

 これは、お前が欲して止まない力。

 俺が求めた才能の限定解放なんだから。


「まぁ、時間も無限って訳じゃ無いんだ。

 さっさと、ケリをつけてしまおう」


「何を言うかと思えば。

 防戦一方、這いつくばる事しかできなかった男が何を吠える。

 人の身では精霊には勝てない。

 それが、この世界の真理なのだ」


 言い終えるとほぼ同時。

 フルルは闇属性の術式を発動する。


 黒い刀と黒い宝玉が高速で飛行し、俺へ迫る。


 まぁ、それでも。


「何……?」


 闇魔法が、俺の身体に触れた瞬間弾けて消える。


「この程度か?」


「貴様!」


 黒い断裂が空間に刻みつけられる。

 その断層から、悪魔の様な異形の怪物が大量に飛び出してくる。


「学習能力の無い奴だ」


 全部、無駄なんだよ。


「何故だ!?

 黒の眷属は精霊には及ばぬまでも、上位悪魔に匹敵する戦闘力を持つのだぞ!」


 それが、俺の身体に触れると同時に一瞬で爆散する。


 才能ってのは拳銃と同じだ。

 持ってる奴と持って無い奴には、圧倒的な差が存在する。


 だが、双方が持ってるのなら扱いが上手い方が勝利する。


 そんな状況を無理矢理作るのが、俺の奥義。


「調子が良いのは、俺も同じだ。

 何せ、この空間内では魔力が使い放題なんだからな」


「なにを戯言を……」


 俺を睨み、精霊は同様を隠せない声色で言う。

 肩が震え、唇が回らず、視界が揺れている。

 自覚があるのだろう。


「精霊だもんな。

 魔力には敏感だろ?

 術式を二度使って、お前の魔力は減っているか?」


「まさか……いや、そんな事がある筈がない」


 俺の結界は世界を隔離する。

 俺を中心に314mのこの空間は、地球から隔絶された別世界。


 世界中のあらゆる物は循環している。

 動物が酸素を二酸化炭素に変える様に。

 植物が二酸化炭素を酸素に変える様に。


 術式によって消費された魔力も惑星に還元され、何れは魔力に戻る。


 俺の魔法は、そのサイクルを空間的に限定する事で、超加速させる。


 その効率は、1秒前に消費された魔力が既に戻ってきている程だ。


「まぁ要するに、この結界内では魔力は消費されないって訳だ」


 なれば、勝敗を決するのは使い方に優れる方だ。


 魔力操作、並列術式、魔力隠匿、魔力循環。

 出来る事は何でもやった。

 効率的な術を開発し、自分用にチューニングした。


 そこまでやって、俺は魔力が足りずにB級止まりだった。


 でもお互い魔力が無限なら、俺は発動速度でも操作性でも、どんな魔術師にも精霊にも負けない自信がある。


「ダークマター!」


 黒い水が、俺の身体を飲み込む。

 けれど、俺の身体に触れた瞬間、それは弾けて消滅する。


「空間切断!」


 空間すら切り裂く斬撃も、今の俺の身体強化が有する魔力密度を崩す程の威力は無い。


 部屋全体に結界を構築して置いて良かった。

 壊して請求されたらとんでもない。


「こんな魔法が存在して良い筈が無い!」


「我ながら、俺もそう思うな」


 『夢想栄光』の発動は、起動プロセス以外の全てを俺の精霊が代行している。


 俺自身はこの結界魔法の制御に一切の意識を割いていないって事だ。


 だから俺は十全に戦える。


 ここまで完成させるのに13年掛かった。

 これが、俺の奥義だ。


「お前が10の魔力を使う間に、俺は1000以上の魔力を操れる。

 理解したか? お前に勝ち目が無い事を」


「ふざけるな!

 我は精霊だ!

 今まで、数多の人間の絶望と恐怖と嫉妬を喰らってきた!

 魔力の根源は我の味方である筈だ!」


 精霊っていうのは、そもそも魔力によって形を成す存在。

 つまり、魔力と同質の存在だ。


 けど、そもそも前提が可笑しいんだ。


「魔力を支配するのが、魔術師って存在だ」


「こんな事があるものか……我は精霊なのだぞ……」


「だから、最初に言っただろう?

 精霊如きが、調子に乗るなと」


 空間切断。

 奴が見せた魔法を、奴以上の完成度と魔力を乗せて返す。

 フルルの演算能力で使用できる魔力では、絶対に防げない一撃。

 影の身体が上下に別れる。


 しかし、その傷は一瞬で修復されていく。


 同時にフルルが大笑いし始めた。


「バカが!

 馬鹿が莫迦がバカがぁ!

 我は魔力存在、この肉体は魔力で構成された物!

 魔力が無限であるのなら、この身体は幾度でも再生し続ける!

 我は負けぬのだ!」


「空間切断」


 はしゃぎ始めた口を切り裂く。

 しかし、無意味とばかりに再生して行く。

 それを見届ける事も無く、俺は何度も魔法を撃つ。


「空間切断……空間切断……空間切断」


「無駄ッ……だ!」


 魔力で構成された精霊は、魔力による攻撃でのみダメージを受ける。


 精霊は魔力によって感覚を再現している。

 だから奴は光を認識し、嗅覚を持ち、味覚を携え、聴覚を得ている。


「ふと、思った事があるんだ。

 精霊は人間と同レベルの知能を持つ」


 俺は、空間切断を連続で撃ちながら話す。

 再生した傍から、切り裂いていく。

 俺の魔法の連続性は、こいつの再生能力を圧倒的に凌駕していた。


「ブッ、バッ、まっ、ちょっ、あっ」


「地球上で自殺、という行動をとるのは人間だけらしい。

 それが高度な知能による物なのか、それとも別の要因があるのか。

 俺が飼ってる精霊は、電気情報の感覚しか無いから調べられないんだよ。

 なぁ、人間と同レベルの知能を有する精霊よ。

 教えてくれ、お前は自殺したくなるのか?」


 300秒で、計2261回の空間斬撃。

 その後に、精霊は再生を止めた。

 魔力は無限で、再生は無制限だった。


「後20秒くらい耐えてれば、効果時間切れだったのにな」


 再生が止まったというのは、精霊自身の意志なのだろう。


 精霊は自殺する。

 良い事を知れたな。


『残り時間0秒』

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