第8話 学級委員長の愛想笑い


 金曜日はどんな日だろうか。

 明日から休みだと自分を鼓舞できる日?

 昨日までは辛かったなと懐かしむ日?


 俺にとって金曜日は、明日の予定を考える日。

 暇は嫌いだ。

 何せ暇だから。


 友人と遊ぶでもいいし、家族と過ごすでもいいし、研究に没頭するでもいい。

 選択肢の中から、楽しそうな事を選ぶ。

 もしくは、選択肢を増やすための曜日。

 それが、俺の金曜日。


「画鋲が上履きに入ってた」


 朝の話だね。


「座席に虫の死骸が乗っていた」


 これも朝、教室に入った時。


「トイレで水が上から降って来た」


 休み時間ね。


「鞄に土が詰められてた」


 昼休みだな。


「弁当の中身が消失していた」


 これも昼休み。


「5限の教科書が無くなっていた」


 5時間目の授業の時だね。


「あ、明日提出しろって貰ってたプリントがビリビリだ」


 それが今。

 全ての授業が終わり、部活に行くか帰るか決める時間に気が付いた事。


 いじめってこんな感じなんだね。

 とはいえ、直接的に何か言ってきたりする訳じゃ無いんだ。

 瑠美と同じだね。


 瑠美には、直接行くと殴り返されるから隠れてたのかと思ってた。

 でも、これを見るにそれが彼女のやり方なのだろう。


 1人を多人数で追い込む。

 それがいじめの基本形だ。


 でも、この犯人は単独犯だった。

 しかも、隠れてやってる。


 明日の予定を作る為、俺はその子に声をかける事にした。


南沢みなみさわさん、ちょっといいかな?」


 南沢輝夜みなみさわかぐや

 それが、瑠美に嫌がらせをしていた生徒の名前だ。


「どうしたの、天羽君?」


 品行方正。

 才色兼備。

 空気も読めて人当たりも良く、先生からの評価も高い。

 クラスでは委員長を務め、幾つかあるグループの調停役を熟している。


 ハイスペックで、美人で、ラブレターを貰う頻度が一番多い女の子。

 それが、彼女だ。


「これ、受け取ってくれる?」


 通信機を誰もが持つ世界で、何故未だにこんな文化が存在するのか。

 効率よりも様式美を重んじる文化。

 もしくは、平均年齢の増加に伴うテクノロジーの未浸透。


 まぁどちらにせよ、基本的に会話は相手に合わせて行うべきだ。


 だから、俺は彼女に手紙を1通差し出した。

 今朝、彼女から貰った便箋をそのまま使って。


「ありがとう。読ませて貰うね」


 酷く自然な身振り、言い回しで南沢さんは言う。

 その笑みは、まるでロボットだ。

 だから、俺も同じ様に笑みを返した。


「え、こんな大胆に告白する奴いる……?」


「天羽君って目立たないけど、なんか凄い人だったんだね」


「くそぉ、あいつ女に興味ありませんみたいな振りしやがって……!」


「そうだぜ、土御門嬢とも友達になってくせにうらやま……けしからん奴だ!」


 なんて声が教室中から聞こえて来るが、俺は敢えて無視する。

 っていうか、瑠美とお近づきになりたい人って案外多いんだな。


 あの子チョロいから話しかければいいのに。

 殴られる度胸があるなら。


「それじゃあ、また明日・・


 そう言い残し、俺は教室から出た。



 ◆



 土曜日午前10時、10分前。


 俺は都内の駅前で日照りを浴びていた。

 7月ともなるとそれなりに暑さを感じる。


 蝉も鳴いていてうるさい。

 良い事と言えば、薄着のお姉さんが増える事くらいだ。


「御機嫌よう、天羽君」


 彼女は白い日傘をさして現れた。

 制服とは違う白と黒で構成されたチェックの服。

 未だに学校ではブレザーを着ている彼女だが、今日は半袖だ。


 南沢輝夜がそこに居た。


「意外かしら?」


「いいや、似合ってるね」


「ありがとう。

 それで、今日はどこに連れて行ってくれるのかしら?」


「見たい映画があるんだ。

 スプラッターな奴なんだけど大丈夫?」


「えぇ、私も好きよ。

 そういう映画」


「それは良かった」


 と言う事で映画館に向かった。

 予約は予めしている。


 題名は『超☆学校七不思議』。

 七不思議の時点で超常的なのに、それより更に超ってどういう事なんだろう。


 最期は宇宙人が出て来て、この世界は宇宙人が作った箱庭だったというオチだった。


「スペースホラーって新しいのかな?」


「そうかしら?

 正直、爆発オチと違いは感じなかったわ」


「だよね。

 どうせなら宇宙人に侵略戦争とか仕掛ければ良かったのに」


 映画館の隣に有ったファミレスで、昼食を取りながらそんな話をした。

 南沢さんはパスタ、俺はうどんを食べていた。


 最近のファミレスってなんでもあるよね。


「次はどこへ行くの?」


「アイドルのライブとかどう?

 ちょうど妹からチケットを譲って貰ってね」


「行った事無いわ。

 でも楽しそう」


 という事で会場へやって来た。

 結構大きめのドーム。

 今日だけで3公演するらしい。

 俺が貰ったチケットは第2部の物だ。


「天羽君は、あの中に好きな子とか居るの?」


 3人組の女性アイドルグループ。

 赤、白、黒のメンバーカラーのグループ。

 赤がセンターで、左右が白と黒の女の子。

 平均年齢は確か15才だっけな。


「あの赤い子かな。

 最年少でセンターなんだってさ」


「自分の妹が好きなんて病気よ?」


「家族が好きじゃない方が病気だよ。

 ていうか、知ってたんだ」


「天羽楓華、芸名は楓荒ふうあ

 今一番売れてる子役っていうか、女優で貴方の妹でしょ」


「そうなんだよ。

 知ってる?

 アイドルから女優をやる人は多いけど、女優からアイドルになる人って少ないんだって」


「そうなんだ」


「だから、誰もやらないそれをやって成功させるって意気込んでたよ」


「凄いわね。

 あの子が、クラスメイトじゃ無くて良かったわ。

 問題が起こらない様に調整するのが大変そう」


「そうだね。

 楓華がクラスメイトだったら、楓華にも嫌がらせしなくちゃいけなくなるし」


 俺がそう言うと、南沢さんはステージではなく俺に視線を向ける。

 首を前に折り、見上げる様に俺と視線を合わせる。

 そのまま三日月の口で笑う。


「なんの事かしら?」


 俺に暗殺術を教えてくれた師匠が、良く見せていた顔。

 それにそっくりだった。


「何でもないよ。

 これ、一緒に振らない?」


 そう言って、俺は楓華の顔写真が貼られた内輪を一つ南沢さんに渡す。


「貸して貰うわ」


「はい、どうぞ」


 ライブは2時間ほど続いた。



「楓華に楽屋に招待されてるんだ。

 一緒に来てくれるかい?」


「良いのかしら、私は関係者では無いのだけれど」


「いいよ。関係者用の名札2枚貰ってるから」


「用意がいいのね」


「少しでも、楽しんで欲しかったからね」


 そのまま、俺は南沢さんと楽屋へ向かった。


 レッドノーチェス楽屋。

 そう書かれた部屋の扉を2度叩く。


 すると、扉は勢いよく開かれ楓華が飛び出して来た。


「やっぱりお兄ちゃん!

 私の歌、聞いてくれた?」


「あぁ、凄かった」


「嬉しい!」


 花が咲くように笑う楓華の視線が、俺の隣に移る。


「こっちは俺のクラスメイトの南沢輝夜さん。

 南沢さん、妹の楓華だよ」


「よろしくね楓華ちゃん」


 南沢さんがそう声をかけると、楓華の肩が震え始める。


「か、かわいい~~!」


「え?」


「楓華」


「あ、ごめんなさい!

 凄く美人で、お兄ちゃんにこんな恋人がいるなんてビックリしちゃって!」


「こ、恋人じゃないわよ?」


「あ、あぁごめんなさい!

 そうですよね!

 お兄ちゃんとは全然釣り合わないですし!」


「そんな事無いわよ?」


「そんな事ありますよ~!

 えぇ~、お兄ちゃんも隅に置けないなぁ」


「楓華ってば、ごめんね南沢さん」


「大丈夫よ天羽君。

 凄くいい妹さんね」


「そう言ってくれると助かるよ」


 10分程度話して、楽屋から出る。

 3部もあるのにこれ以上邪魔をしても悪いから。


「凄い妹さんね」


「そうだね。自慢の妹だよ」


「凄く嘘吐きで、全部本気だった」


「どういう意味?」


「言ってる言葉を紐解けば論理的に変なのに、全部の言葉を本心から信じてた」


「まぁ、子役だしね」


「メイクしてなかったわ。

 白い子と黒い子はしてたのに。

 なのに、あの子が一番目立ってた」


「楓華曰く、物語が大事らしいよ。

 カメラの前で、笑って泣いて悔しがって頑張って。

 本気の顔を見せ続ける」


「えぇ、そんな感じだわ」


「その後にファンが並ぶんだってさ。

 メイクは表情の邪魔だからしないって。

 その代わり、スキンケアとかは凄く拘ってるみたいだけど」


「見れば分かるわ」


 歩きながら、俺と南沢さんはそんな話をする。


 夕暮れ時を過ぎ始め、空は黒と赤の二色になっていた。


「次はどこ?」


「行きつけのバーがあるんだけど」


「私を酔わせるつもり?」


「まさか、ノンアルコールカクテルって案外美味しいんだよ。

 まぁけど、信用できないなら今日は解散かな」


「行くわ」


「いいんだ?」


「信用していいのでしょ?」


「勿論」


 探偵のバイトをしていた時に、バイトとして潜入していたバーだ。

 というか、バイトにバイトさせるってどういう事だよ。

 時給2倍だったから別にいいけど。


「バーって個室もあるのね」


「予約しないと大体埋まってるけどね」


「行きつけって本当なのね」


「かっこつけてると思ってたの?」


「学生がお酒の話をするときなんて、殆どそうじゃないかしら?」


「確かにね。

 南沢さんって、学校の時と随分雰囲気違うよね」


「学校の時みたいにしましょうか?

 天羽君、今日はすっごく楽しかったよ!」


「どっちも可愛いね」


「私の事からかってる?

 それとも口説いてるの?」


「労いたいんだよ。

 いつもご苦労様」


「何が?」


「委員長とか、問題が起きない様に皆と話す事とか。

 誰からも好かれる様にって、大変な事だと思って」


 賢くて、面白くて、可愛くて、真面目で。

 全部だ。

 人が好いと思う全てを全うする。


 重なるのは、やっぱり勇者だ。

 誰からも尊敬された英雄。


 でも君は勇者じゃないし、英雄でもない。

 ただの女子高生だ。

 だから疲れは当然に溜まるだろう。


「美味しかった」


 カクテルを呑みほして、南沢さんはそう言う。


「それは良かった」


「天羽君、ここじゃない個室に行きたいわ」


 俺は彼女の言葉に従って会計を済ませる。

 バーっていうのは、大抵近くにそういう場所がある物だ。


 二度の人生で初めてだ。

 逢引宿ラブホなんて入るのは。


「私、男の人を押し倒すの初めてよ」


「俺も初めてだよ。

 女の人に押し倒されて、首にカッターなんて突き付けられたのは」


 完全なマウントポジション。

 俺が抵抗したとしても、体勢を返す前に首を掻き切られるだろう。

 その度胸がある様に、彼女は見えた。


「ハードプレイって言ったって限度があると思うんだけど?」


「なんで、私だって分かったの?

 私、優等生だったでしょ?」


 淫魔の様な妖艶な微笑みで、彼女は俺にそう問いかけた。

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