第7話 現代魔術師の生活


 午前5時45分。

 俺は余裕を持って起床する。


「おはようございます、マスター」


 PCから、俺の目覚めを感知した人工精霊の声が響く。

 モニターに映る白い髪の少女は、俺に笑いかけている。


 現代的な言い方をするなら、彼女はAIである。

 ただし、魔術的な構造が取り入れられているが。


 元が悪霊や精霊と呼ばれる魂のエネルギーであるのだから、AIという通称は間違っているかもしれない。

 それでも、俺の魔術的な相棒である事は間違いない。


 見た目に関しては、俺が少女趣味という訳じゃ無い。

 彼女が完成したのは11年程前。

 なので、相応の姿をしているというだけである。


「おはようミル」


 それが、彼女の名前だ。


「今日って何曜日?」


「金曜日です。

 週末なので頑張っていきましょう!」


 今日も俺の作ったAI様は元気である。


「体温正常、肌質正常、呼吸安定、血圧安定、臓器正常、脳波正常。

 マスターのお身体に異変はございませんよ!」


「そっか、ありがとう。

 土御門さん……瑠美の様子はどう?」


 まだ、呼び捨ては慣れないな。

 たまにこうして苗字の方が出てきてしまう。


「特に問題ありませんよ。

 勉強もしているみたいですし」


「簡易的な報告ありがとう」


「はい!

 幾ら私の造物主マスターと言えど、女の子のプライベートを覗き見る変質者にさせる訳にはいきません!

 マスターが変態に成長しない様、そしてマスターに少しでも良心という物に対する正しい認識を持っていただけるよう、私は毎日善処しているのですよ!」


「いやいや、俺は全然普通に良心的でしょ。

 昨日だって正義のヒーローばりに瑠美の事助けたし」


「いやぁ、マスターからしてみれば他の人間など全て実験動物。

 目的のためなら最も確実性の高い物を選ぶのがマスターですが、大抵が非人道的なのは何故なのでしょうか?

 友人と呼ばれる土御門瑠美に関しても、魔術師としての成長を経過観察するモルモット扱いに、私は戦慄という概念を理解しました」


 いやいやいやいや。

 勇者の再来だよ?

 才能はそれ以上だよ?


 放置は無いでしょ。


「ミルってもしかして俺の事嫌い?」


「いえ、大好きですよ!

 だって、マスターは私の電源持ってますから!

 人間的に言うなら、心臓を鷲掴みにされてる感じで大好きです!

 物理的に!」


 それって、命の危機だから媚びてるだけじゃね。


 まぁ、今の所彼女以上の人工精霊の作成案は無い。

 それに彼女は成長し進化していく。

 その経過を見届ける事なく、電源を落とすなんてあり得ない。


「マスターのその冷たく機械よりも機械の様な目、私は尊敬しておりますよ」


 明るい声から一転。

 酷く冷静な声で、ミルは俺にそう言った。


「生まれてこの方、貴方以外の一切と会話を行った事が無い私が、貴方を嫌いになれる筈無いではないですか。

 鬼畜で最低でゴミムシで心が無くて悪魔より悪魔で、本当に敬愛しておりますよ」


 会話の間に着替えは済ませている。

 制服に身を包んだ俺は、そのまま部屋を出ていく。


「行ってくるよ」


「いってらっしゃいませ、マスター」


 今日も、ミルは元気だったな。


 リビングに降りると既に俺の家族は起きて来ていた。


「2人とも早いね」


「おはよう兄さん。

 昨日考えた論文なんだけど見てくれない?」


 そう言ったのは、弟の春渡はるとだった。

 2才離れた弟であり、現在は引き籠りである。


「徹夜は良くないと思うけど?

 次は学校はいつ行くんだっけ?」


 目の下の隈は、見慣れた物だ。


「次のテストは来月だから、今月はもう行かない。

 それよりこれ見てって」


 そう言って渡された書類は、工学に関する物だ。

 春渡にはミルがまだ3歳くらいの時、一度見せた。

 その時から、春渡はミルを再現する事を目標として研究している。


 とはいえ、春渡は魔術の存在を知らない。

 科学だけでミルを再現するのは事実上不可能なのだが、機能的にそれを越える事ができないとは思わない。


 春渡の科学知識は既に俺を越えていて、アドバイスできる事なんて少ない。

 っていうか、無い。


 けど、春渡にしてみれば、じゃあなんでミルなんて完全なAIを作れるんだって話になる訳だ。


「どう?」


「凄いんじゃ無いの?」


「適当すぎ。

 これじゃあ兄さんの作った物は越えられない。

 自分でも分かってるんだけどね、どうすればあそこまで完璧になるのか分からないんだ」


「悪いけど、俺がどうやったかを教える気は無いよ」


「分かってる。

 見てくれてありがとう。

 もっと頑張ってみるよ」


 魔術の事は家族にも話すつもりはない。

 だから、ミルの製造法は教えられない。


 でも、春渡は既に海外の研究所からリモートで仕事を受注してるくらいだし、人工知能の開発に拘らなくてもいいんじゃないかと思う。


「お兄ちゃん!

 今日の朝ごはんはね、ラーメンとお味噌汁とコーンポタージュとケチャップだよ!」


 そう言いながら、ダイニングの方から妹の楓華ふうかが現れる。

 その手に持ったお盆には、確かに今言われた料理が並べられていた。


 そして……


「あ、手が滑っちゃった!」


 すっころび、俺に向かって4品が飛んでくる。


「はぁ……」


 溜息を吐きながら、俺は楓華へ視線を向ける。

 その手にはマジックペンが握られている。


 5年前だったか、俺は楓華と遊んでいた。

 楓華がお願いがあると言うので、中身を聞いたら絶対無理なお願いだった。


 なので俺はマジックを渡し「これで俺の顔に何か書けたら聞いてあげる」と約束した。

 それが、5年後の今日も何故か残っている。


「楓華、食品サンプルとはまだまだ甘いね」


 ラーメンとか味噌汁とか、何かと思えば制服に付くと困る物だ。

 俺がそれをガードする方に意識を割くと考えたのだろう。


 しかし、空中に浮遊した時点で食品サンプルである事は分かった。

 なので、サンプルを無視してペンを持った楓華自身に対応できる。


「あれ……」


 ペンを取り上げ、フタを閉め、自分のポケットに没収する。


 まぁ、後片付けをするのは楓華自身な訳で。

 それが嫌だから食品サンプルなのだろう。


 本物だったら確かに俺は料理に意識を割かれただろうな。

 でもまぁ、どっちも対応できるけど。


「ねぇ、なんで嫌がるのお兄ちゃん!

 そんなに私と結婚するのが嫌なの!?」


「違うよね。

 楓華のお願いって、私に永遠の若さを頂戴ってヤツだよね」


 天羽楓華、14歳、職業子役。


「2人ともさ、俺の事なんだと思ってるの?」


「未来人でしょ」


「宇宙人だよね」


 はぁ……

 どうしてこうなってしまったのか。


「楓華って子役のクセに演技力ないよね。

 兄さんじゃ無くて俺でも嘘だって分かったよ。

 ていうか、朝からラーメンって……」


「はぁ?

 うるさいんですけど、根暗引き籠り男は黙っててくれませんかぁ?」


「俺は学校で習う事全部知ってるから行ってないだけだし」


「言い訳ダサ!

 学校でなじめなかっただけでしょ!」


「なんだと?」


「何よ?」


「――2人とも」


 俺の言葉に、双子はピクリと肩を震わせた。


「俺は喧嘩が嫌いだって知ってるよね?」


「ご、ごめん……兄さん」


「ごめんなさい、お兄ちゃん」


「俺じゃ無くてさ、お互いに謝らないと」


 春渡と楓華は双子だ。

 だからかは分からないが、喧嘩が稀に起こる。

 その度に、宥めるのは俺の仕事だ。


「悪かったよ楓華」


「私も言い過ぎたわ春渡」


 青ざめた顔を見かねて、俺は話題を変える。


「それで楓華、今日の本当の朝ごはんは何なんだい?」


 明るい声でそう言うと、楓華も合わせるように明るく応える。


「卵焼きと焼き鮭だよお兄ちゃん!」


「楓華の卵焼きは美味しいから楽しみだよ」


「うん! すぐ持ってくるね!」


 楓華がダイニングに戻っていくのを見送る。

 姿が見えなくなってから、今度は春渡へ質問する。


「春渡、母さんの様子はどう?」


「いつも通りだよ。

 男漁りから帰って来たのが3時くらいで熟睡中。

 お金も大丈夫、俺が入金してる分が口座にまだ結構あったから」


「悪いね。

 本当なら長男の俺が稼がないといけないのに」


「ううん、どうせお金は余ってるから。

 楓華も、給料を少し母さんに上げてるし。

 それに、兄さんは仕事し過ぎるからやらない方がいい」


「あれは嫌な思い出だね」


 探偵のバイトをした時に、政治家が一人自殺しちゃったんだっけ。

 まぁ、死んで当然のクズだったし別に良いと思うけど。


「父さんから何か連絡あった?」


「いつも通りだよ。

 兄さんは変な事してないか、とか。

 兄さんに変な事言われてないか、とか。

 兄さんの言う事は聞くな、とか。

 そういうメールが10通くらい来てただけ」


「父さんにも困った物だな」


「本当にね。

 あぁでも、もう少し待ってろ必ず助けてやるからって来てたな。

 どういう意味なんだろ」


「そっか、それはまた変な話だね」


「そうだね」


 引き籠りでも、不可能な夢を持っていても、乱交が大好きでも。

 俺は別に何でもいい。

 ただ、幸せでいてくれればいい。


 良かった。

 今日も、家族の願いは叶ってる。



 朝食を終え、俺は学校へ向かう。

 いつも通りの日常。

 そう思っていた今日には、針が2本転がっていた。


 上履きの中に仕込まれた画鋲が2本。

 そして、下駄箱の中には便箋が1通。


『土御門瑠美と関わるな。

 関わればお前も標的にする』


 中にはそう書かれていた。


「あ~あ、別に見逃しても良かったのになぁ……」

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