第6話 現代陰陽師の学び


 入院2日目。

 彼女の頬に増えた絆創膏に気が付いていない振りをしつつ、勉強を教えている。


「なんていうか、取り合えず教科書読むところからだよね」


 幾つかのレベルの問題を解いて貰った結果は、酷い有様だった。


「うぅ……」


 まぁ、それスタート地点はそれ以下の話だが。

 小学生の授業なら、別に彼女にも行える。

 けど、中高の勉強っていうのは意味合いが多少違う。


 異世界から来た俺だから、それが何となく分かる。


「勉強って、皆何のためにやってると思う?」


「お金の為でしょ」


「違うよ」


 だから、君には勉強は必要ない。

 陰陽師という未来が確定している君に、大学への進学も就職の権利も意味はない。


 そう思うから、意欲など湧かない。

 そして、夜の仕事は君に勉強の時間を与えなかった。

 陰陽師としての修行は、君に十分な勉学の余裕をくれなかった。


 分かるよ。

 俺だってそうだ。

 魔術を使えば、金銭なんて無限に等しい。


 けれど、俺は勉強がそれなりに好きだ。


 ただ、君に死んで欲しくないだけなら。

 俺は君の友人になど、なっていない。


「勉強したってお金なんて稼げない。

 稼げるのは、それなりの給料だけだ」


 何処の世界でもそうだ。

 家柄、血筋、親のコネ、そんな能力とは呼べない運で富裕層は決まる。


「起業家とか政治家だって、勉強が凄くできる訳じゃない。

 でも、勉強が凄くできる研究職の人間は彼等の下で働いている。

 ほら、勉強と給料の額には相関が無い」


 そう言った俺を、眉間に皺を寄せて瑠美は見る。


「……そうかんって何よ?」


「……あぁ、何でもないです」



 それが2日目。

 その夜、また彼女は夜の街で妖魔を狩る。

 俺は、それを見届け危険そうなら手助けに入る。



 そして3日目。


「なんで勉強なんてやんなきゃ行けないのよ!」


 勉強漬けで彼女は荒れていた。


「やる必要は別に無いね」


「無いの?」


「うん、昨日も行ったけど別に将来良い企業に入りたいから勉強してる訳じゃない。

 っていうか、誰だってサラリーマンに憧れはしないでしょ」


「じゃあなんで、アンタは勉強してんのよ」


「え? 自頭が良くて、勉強しなくてもそこそこできるんだよね」


 何せ40代だし。


「殴らせなさい……!」


「嘘嘘、嘘だよ~

 どーどー」


「アンタ私の事馬鹿にしてるでしょ!」


「いやまぁ、真面目に言うとね。

 学ぶ力を身に付ける為だよ」


 そう言うと、彼女は拳を振り上げる事を忘れて「何よそれ」と言った。

 話を逸らせただろうか。

 俺も、好き好んで殴られたくはないのだ。


 俺の場合、学校のテストの点数は副産物である。

 転生し、この世界のあらゆるものに興味を持った。

 魔術に関連させる為に、色々と調べ実験もした。


 結果的に、少し賢くなっただけ。

 何も、国語や数学を頑張って覚えた訳じゃない。


「学ぶ事が下手な人間が、上手くなる為の第一歩。

 それが学校なんじゃない?」


「……」


 聞く体勢をとる彼女を見て、俺は続けた。


「成功するには、絶対に何かを学ばなければならない時が来る。

 でも、その時にならないと、学ぶべき物は分からない。

 そのために、学ぶ技術がいる。

 だから、取り合えず最初は皆やってる勉強をやればいいんじゃない?」


 少なくとも、俺は勉強自体に意味をそこまで感じない。

 国語も数学も理科も社会も、小学生レベルまで頭に入っているなら日常生活に支障はない筈だ。


 それでも勉強をする理由。


「俺は勉強を、学習という技能の熟練度を向上させる為にやってる」


 何もできない奴は何もできない。

 でも、1つできる事がある奴は2つ目を覚えるのが速い。

 そう言う話。


「分かった」


 何が分かったのは俺には全く分からない。

 けれど、天才がそう言うのだ。

 信じるには十分な言葉だ。


「私の人生に勉強なんて要らないと思ってたわ」


「うん」


「でも、皆そんな事は分かってるのね」


「皆かどうかは分からないけど、賢い人は分かってるんじゃないの」


 現代社会に置いて、宗教も複雑化した。

 今の日本人が信仰するのは、愛国信でも天王でもない。


 才能を願い、努力を信じ、成果を望む。


 それが、現代人の大きな信仰。


「強くなれるかな?」


 信仰は力だ。

 信仰魔法を使う彼女なら尚の事。


 体系的に信仰魔法が弱い訳じゃない。


 海外でも異世界でも、神学なんてのは割とベターな学問だ。

 彼女が自分と向き合えば、結果は次第に出るだろう。


 勉強でも魔術でも。


 教科書を見ながら、彼女はペンを走らせる。



 3日目夜。


 彼女の術式は、少しだけ強くなっていた。


 自分の術への理解が深まった。

 いや、自分の術を学ぶ方法が分かったのだろう。


 それでも、この短時間で術の威力が上がるとは……

 信仰魔法という属性も関係あるだろう。

 しかし、それでも天才と呼ぶに相応しい学習速度だ。


 予感はあったし、魔力量を考えれば当然に強くなるだろうと思っていた。

 それでも、ここまでか……




 それにしても、暗殺者の事を考えると少し陰陽師というか魔術に関する事も調べる必要があるか。


 今日も、別の暗殺者が放ったと思われる偵察用の使い魔を見かけた。

 狙われたまま放置するのは得策じゃない。


 俺は今まで、独学で魔術を研鑚して来た。

 まぁ、異世界の知識は使っているが。


 この世界の魔術師とは、関わりを持たない様にして来た。


 俺の目的は、あくまでも普通に幸せに生きる事。

 魔術と関わる意味など無い。



 でも、友達を失うのは幸せじゃない。



 友達を守る為に、他人を殺す。

 相手は暗殺者で、きっと今まで人を殺して来た人種だ。

 でも、それが言い訳になる訳が無い。


 夜の俺は昼間の俺とは別人だ。


「だから、普通に君より瑠美の方が大切だから君を殺す」


 空きビルの一室から、瑠美を覗いていた男が居た。

 その男に魔術を行使する。


「お前は報告にあった仮面のッ!!」


 人殺しと友達なんて、嫌だろうな。

 一層、仮面が俺だってバレない様にしないと。


 そう思いながら、俺は魔術で死体を消していく。

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