第5話 現代魔術師の夜道


「なんで、あの子がまだ仕事をやってるんだろうね」


 高層ビルの屋上。

 仮面をローブを纏った状態で、望遠鏡を構えながら俺は独りごちる。


 ここまで遠くが視える道具は異世界には存在しなかった。

 この世界の技術には感服する。


 にしても、陰陽師とはよほど人員不足なのだろうか。

 彼女にしても、身体が全快している様には見えない。


 肋骨2、3本。

 それと左手首。

 頭蓋も若干ヒビが入っている。


 俺が見舞いに行ったときに、何となく確認したがそんなところだろう。

 傷自体は塞がっているが、万全とは言い難い。


 それに、昨日負けた者を続投するというも不可解だ。


「なんていうか……色々大変なんだろうな……」


 あの子が死んだら立ち行かなる程人員不足。

 その可能性も無くはない。

 けど、だとしたら今だに陰陽師が存続してるのが逆に不思議だ。


「あの子が実は300歳とかで、一人で街を守ってるとか?

 でも、勉強できないしなぁ……」


 そもそも、それなら高校に通う意味は無いだろう。


 陰陽師ブラック企業説が濃厚かな。


 そんな事を考えていると、一式からメッセージを受信した。


『橙』


 それは、彼女が一撃でもダメージを受けたというメッセージ。

 危険だと遅いという事が昨日分かった。

 だから損傷で発信されるよう設定して置いた。


 早速らしい。


 ここからなら、位置情報を所得して転移術式を起動するよりも。


「自分で行った方が早いな」


『スピードブースト』


 取り出した携帯端末の画面に、文字が浮き上がる。

 機種自体は、市販されている物だ。


 しかし、俺が作った魔法的にプログラムに干渉するカバーを取り付ける事で、プログラムが起動。

 このスマホは、魔法の杖になる。


 カバーを取り付けた携帯端末は、俺が流した魔力の波長を認識する。

 意思一つで、魔法の無詠唱発動が可能だ。


 魔術を行使する為の演算。

 その一切から解き放たれる日が来ようとは。

 異世界では、思いもよらなかった。


 なんでこの世界の陰陽師はCPUを使わないのか。

 謎でしかない。


 勇者の再来が、あの程度の敵に負けるなよ。


 空中から瑠美の目前に落下する。

 その運動を利用し、踵を敵に捻じ込んだ。


 バコンッ!


 爆発と見紛う轟音と風圧が撒き散らされる。


 しかし、一般人がその衝撃に気が付く事は無い。


 陰陽師は、戦闘中常に人避けの結界を張っているからだ。


「アンタは、昨日の!」


 瑠美が、俺を見て声を荒げる。

 その頬には薄っすらと赤い線が走っていた。


 この仮面には、隠蔽の効果がある。

 声でも背丈でも、仮に古傷や黒子の位置が見えたとしても。


 俺と他の人物を紐づける事はできない。


 だから、安心して俺は彼女に応えられる。


「お嬢さんには、夜道は危険が一杯ですよ」


「私に、実力が無いとでも言いたいの?」


 全く、そんなつもりはない。

 勇者より魔力が有り余っているクセに、実力が無いなんてあり得ない。

 ただ、少し思慮は足りないとは思うけど。


 はぁ、誰に対しても性格の変わらない人だな。


「この街を守るのは私の仕事よ。

 邪魔しないで」


 気丈な振る舞いで、彼女はそう言う。

 不調の身体で。

 覚悟の籠った瞳で。


 その様は、勇者と少しだけ重なる。


「昨日、君は負けただろう」


 でも、俺は現実を叩き込む。

 黙れと言外に告げる。

 君はまだ、勇者には程遠いのだから。


 まだ、敵は居るのだから。


 今の俺は、君の学友でも無ければ、君にお見舞いをした男子生徒とは別人だ。


 だから、無遠慮に君に現実を告げられる。


「弱いのだから、俺に任せて置けばいい」


「くっ……!」


 あぁ、そうだった。


「うるっっさいのよ!」


 君は、常に敗北を認めない。


 そのまま、彼女は妖怪に突撃する。


 一匹は俺が叩き殺したが、まだ二匹同じタイプが居る。


 爪が特徴的な人型の魔法生物。

 異世界のモンスターで例えるなら、デーモンに似ている妖魔だ。

 長い爪は、切味も然ることながら、その最大の特徴は拡張性だ。


 あの爪は伸びる。


 爪は、瑠美の肩を貫いた。


「うっ……

 でも、捕まえたわよ!」


 術式が起動する。

 陰陽師の使う魔術。


「紫炎閻魔!」


 指先に集中させた魔力を炎に変換。

 同時に、召喚陣を展開し獄門を開く。

 そこから出て来るは紫の炎。


 修羅神仏を現界可能な程に体系化して初めて発動できる魔術。


 異世界では、信仰魔法と呼ばれる類の技法。

 純粋魔力論者の俺には、到底再現不可能な古の術理。


 それでも、その魔術の特性は信じる力に依存するという事。

 それは、複雑な回路を持たない術式にしては破格の効果を保有する。


「だが……」


 悪魔はそれを薙ぎ払う。

 多少の火傷は見えるが、殆ど無傷に近い。

 属性が悪かった訳じゃない。

 寧ろ相性は良かった。


 単純な実力不足。


「なんでっ……!」


 故に、彼女の信仰魔法は弱い。


 現代日本で普通に生きていて、信教を理解している者など殆ど居ない。


 女子高生など、それから最も遠い人種と言っても間違いではないだろう。


『シクスシールド』


 きっと、君には俺の使う様な魔法の方が合っている。


 けれど、それを教える訳には行かない。

 俺は、自分の正体を明かす気が無い。

 誰にも、家族にすら。


 六角の板の様なシールドが、彼女の側面に展開される。

 異形の爪による薙ぎ払いを、俺の魔術が受け止めた。

 その間に、俺は術式を連続発動する。


『フォースバレット』


 今の炎の魔術行使によって、あいつの耐性が炎に対して脆い事が分かった。

 だから、フォースバレットの全弾を炎属性に再出力する。


 携帯端末で計算を代行している俺の術式構築速度は、平均0.02秒だ。


 2発づつ、残った妖魔2匹にぶつける。

 顔を胸、どちらもを正確に貫いた魔法弾は敵を殺す。

 昨日のよりは、かなり弱かった。


「これが現実だ」


 そう言い残し、俺は姿を眩ませる。

 今日はまだ、仕事がある。


 瑠美は悔しそうに歯を食いしばっていた。



 ◆



「なんだよあの仮面……

 聞いてねぇぞ!」


 高層ビルの屋上から、妖魔と陰陽師の戦いを監視していた男は呟いた。

 顔を隠すフードを被り、黒いジャンパーと軍手をしている。


 一枚の複雑な文字が描かれた式符を地面に置き、瞑想している様だ。


 それは魔術行使の儀式。

 己の式神と感覚を繋げる術式だ。


「クソ、土御門家の長女を殺すだけで100万ドルっつってもあんなのが居るんじゃどうしようもねぇ」


 男は暗殺者だった。


「仕方ねぇ。

 今の時代、プライドよりも成果だろ」


 そう言って、男は瞑想を中断する。

 傍に置いてあったゴルフバックを開き、中からある物を取り出す。


「最初からコイツを使っとけばよかったぜ」


 取り出したのは、現代の弓。

 射程は数百mにも及ぶ兵器。


「スナイパーライフルか、良い判断だが少し遅かったな」


 声が響く。

 それは、男の声では無かった。


「何者だ!?」


 驚きと恐怖の交ざったような……男は声を荒げる。


「俺も魔術師相手には、現代兵器はもっと使われるべきだと思っていたんだ」


 ローブをはためかせ、仮面の男がビルの屋上に着地する。


「テメェは、土御門の護衛って訳かよ……!?」


 男はそう結論付けた。

 二度の暗殺の失敗。

 それには、この仮面の男がどちらも絡んでいる。


 無関係の方がおかしいという物だ。


「まぁ、それが仕事という訳では無いがな」


 どちらかと言えば、仮面の男は趣味でそれを行っていた。


「テメェ、どうしてここが分かった?

 いや、なんで俺の存在に気が付いた!?」


「昨日の悪霊、強すぎだ。

 瑠……あの金髪の女はこの街を少なくとも3カ月は守護している。

 なのに、急に現れた彼女の力を大きく越える強さの悪霊。

 原因が無いと思う方が不自然だろう」


 だから、そう言って仮面の男は続けた。


「お前の式神を解析した」


「他人の術を解析だと?

 何言ってやがる……!」


「おっと、魔術解析の概念が無いのか。

 随分遅れてるんだな、この世界の魔術というのは」


「訳の分からねぇ事ばかり言ってんじゃねぇぞ!

 テメェがどこの組織のモンか知らねぇが、俺にだって暗殺者としてのプライドがある。

 一度受けたからには、仕事は必ず熟すぜ!」


 フッと、仮面の男は声を漏らす。


「俺が何者か聞いたな」


「あ?」


「答えてやろう。

 俺は異世界のB級魔法使いだった者だ」


「異世界だと……?

 ふざけた事を……」


 その瞬間、男の右肩から先が飛んだ。

 血飛沫が舞い散る。


「うっ、ぐぅうううう!」


「俺には魔術師としての才能が無くてな。

 そんな俺がどうやって、B級に認められる実績を残したと思う?」


 仮面が嘲笑う。

 表情は見えない筈なのに、男には何故かそれが分かった。


「お前、一体……!」


「俺は、元々暗殺者だ」


 男の首が飛ぶ。

 飛んだ首は5m程浮き上がり、コロンと床に落ちる。


 千切れて数秒、男には意識があった。

 耳も聞こえた。


「プライドを持つ暗殺者など、聞いた事も無い」


 圧倒的な力量差。

 理解不能な技術力。

 格の差という物を、どうしようもなく感じ取る。


(俺は何で、魔術師になったんだったけな……?

 ……あぁそうだ、俺は……美味ぇ飯が食いたかったんだった)


 へへへへへ

 ははははは

 ふふふふふ


 ああああああぁぁぁぁぁぁぁ!


 男は、死ぬまでの数秒、己の人生を想起した。

 そうして、笑いながら発狂し続けた。

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