第4話 陰陽師のお見舞い


 次の日、土御門さんは入院していた。

 症状は詳しく説明されなかったが、恐らく半身打撲だろう。

 骨も多少折れているかもしれない。


 なのでお見舞いに行く事にした。

 学校帰り、ケーキ屋でクッキーの詰め合わせを買う。

 そのまま先生を脅して聞いた病院に向かう。


 あの先生も好きな所はある。

 いじめの話をするとなんでも教えてくれるとこ。


 ノックを二度。


「どうぞ」


 と、中から聞こえて来たので扉を開く。


「やぁ、土御門さん。

 お見舞いしに来たよ」


「天羽……なんでここ知ってんのよ」


「先生に聞いたんだよ」


「プライバシーの欠片も無いじゃない」


「あの先生にそういうの期待しない方がいいと思うな。

 はい、これクッキー」


 一人部屋で、病衣を着た彼女に包みを手渡す。


「少し話して行ってもいいかい?」


「これ、食べ終わるまでなら」


「ありがとう」


「……私も」


「ん?」


「なんでもない!」


 今日も絶好調に情緒不安定だ。

 まぁ、構わないけれど。


「その怪我? どうしたの?」


 土御門さんは全身に包帯を巻いている。

 陰陽師の魔法技術がどれほどの物は存じない。

 しかし、この程度の傷すら回復できないのか?


「階段で転んだのよ」


 絶望的に嘘が下手だなこの人。


「あぁ、良くあるよねぇ……」


「え? 無いでしょ?」


 キョトンとした顔でそう言った。

 無駄に顔が整っていて、ちょっとイラっとするな。


「本題に入ろうか。

 この前はごめんね。

 君の事を考えず、言い過ぎた」


 俺は所詮転生者だ。

 この時代を生きる、普通の16才と相容れないのは当たり前。

 何せ、前世で死んだ歳は27だ。


 合計年齢43。

 普通におっさんである。


 まぁ、記憶が戻ったのは3才だし、子供の1年と大人の1年は大分違う様な気もするけれど。


「なんでよ……」


「え?」


「なんで、そんな簡単に謝れるのよ?」


「自分で不味いと思った事をやったら、謝るのは自然な事じゃないかな?」


「違う。

 謝ったりなんかしたら、それを口実に何をさせられるか。

 感謝なんてしたら、それを借しにどんな物を要求されるか。

 アンタ、怖く無いの?」


 ……それはきっと、陰陽師という隔絶された世界の話なのだろう。

 この世界に生きる99%の人間は、魔術の存在も陰陽師の存在も知らない。


 故に、陰陽師という組織は残りの1%以下の人種が全てである。

 家系を重んじ、血統を信じ、才能よりも前時代的な通例を確信する。


 だから、そんな海外で交通事故起こした時みたいな考えになるんだ。


 でも、馬鹿な女の子だなぁ。


「無いよ。

 君がもし、それを笠に着て俺に何か要求したとして。

 俺は、君の要求に答えるよ。

 今までもそうして来たじゃないか」


「私が殴るからでしょ?」


「土御門さんと友達になりたいから」


 より現実的に言うならば、彼女を死なせたくないから。


 魔王との戦いで一番の恐怖。

 それは、魔王の強さでは無い。

 敵の強大さでも数でもない。

 勇者との圧倒的な実力の開きでもない。


 仲間が死んでいった事だ。


 昨日談笑していた友人が明日には居なくなっている。


 もし、土御門さんが死ねば俺はその現実を嫌でも思い出す。

 感情が呼び覚まされる。

 俺は俺の心の弱さを知っている。

 俺は英雄では無いのだから。


 だから、一歩踏み寄ろう。


「ほら、土御門さん美人だし」


「美人……?」


「え? うん」


「初めて言われた……」


 えぇ、嘘でしょ。

 あ、違うのか。


 もし仮に土御門さんに「へい彼女、可愛いね」なんて言えばどうなるか。

 3mは吹き飛ばされる事になるだろう。

 それを全生徒が共通認識として知っている。


 だから、彼女にそんな事を言う奴は居ない。


「私の顔が好きだから、友達になりたいの?」


「顔もそうだけどね。

 誰にでも物怖じせずに言いたい事を言う所とか」


 それは正しく、俺が憧れた英雄の生き方だし。

 まぁ、自分の意志を通したいなら、相応のやり方ってのを理解するべきだとは思うけどね。


「……じゃあ、名前で呼んでいいわよ」


「じゃあ……瑠美るみ


「はいっ」


「なんで驚いてるのさ」


「ちょっと! 恥ずかしかったりしないの?」


「人の名前を呼ぶのに?

 しないかな、瑠美、瑠美、瑠美」


「や、やめろっての!

 ……おさむ……?」


 恥ずかしそうに、彼女は俺の顔を伺いながら名前を呼ぶ。


「結局、どっちで呼べばいいの?」


「名前でいいわよ!」


 何故一々怒鳴るのか。


「修、ありがとう」


「え? 言わないんじゃなかったの?

 借りがどうとかって」


「アンタは特別……」


 そういや俺、女の子と付き合った事すら無いな。

 何せ、魔術に全て捧げて来た。


 まぁ、かと言って30近く離れた子と恋仲になるなんて事も無いだろう。

 え、でもそうなると俺40代と付き合うのか?

 16なのに?

 一生童貞は流石に嫌かも……


 とか、余計な方に思考が引っ張られ始めた。

 話を戻そうと瑠美の方を向くと、恥ずかしそうに何かを言おうとしていた。

 だから、待ってみる。


 数秒溜めて、彼女は言った。


「友達だから」


 初めて笑ってるとこ見たかも。


「けど、友達に宿題させるのはどうかと思うよ」


「今度から自分でやる……から、教えなさいよね」


「今日はやけに素直だね。

 怪我ってもしかして頭?」


「違うわよ!

 ていうかアンタ……!」


「あんた?

 名前で呼んでくれるんじゃないの?」


「~~~~!!

 はぁ、はぁ……修!」


「いやぁ、流石に俺も息を荒くされながら名前を呼ばれるのは怖いって言うかぁ?」


「死ね!」


 クッキーが入っていた箱が俺の顔面に直撃した。

 角だよ角!

 頭蓋骨割れたらどうすんだ。


「これは返却?」


「食べるわよ。返して」


「はいはい」


「明日も見舞いに来なさいよ」


「え? なんで?」


「え? えぇっと、クッキーまた持って来なさい」


「まだ食べても無いのに気に入ったの?」


「あぁ……勉強、教えてくれるんでしょ?」


「あぁ、瑠美バカだから中学レベルからだもんね。

 そりゃ時間も掛かるか……」


 ドン!

 と、瑠美は机を殴りつけた。


「そうよ。

 だから明日も来なさい。

 良いわね?」


「了解。

 まぁ1,2時間は寄れると思うよ。

 夜はちょっと、趣味に当てたいからそれ以上は厳しいけど」


 瑠美が入院って事は、街の陰陽師が代理になる可能性が高い。

 その代理には式符を仕込んでいない訳で。

 という事は、俺自身が街をパトロールする必要がある。


 面倒な話だ。

 次からは、瑠美が少しでも傷を負った時点で転移する事にしよう。


「夜の趣味って何よ、怪しいわね。

 もしかして恋人でも居るの?」


「居ないよ」


「本当かしら?

 好きな子がいるとか」


「惚れた子なら居るかも」


 憧れなのか、愛とか恋なのか。

 定かとは言い難い。

 それでも、俺の心はずっとあの女勇者に魅せられている。


「そうなんだ。

 ま、別にどうでもいいけど」


「それじゃあ今日は帰るよ。

 明日は教科書とかノートとか持ってくるから、お大事に」


「うん。

 待ってるわよ」


「じゃあね」



 ◆



 そう言って彼は出て行き、扉は閉まる。

 瞬間、影の中から人が現れる。


 黒装束を纏った人間。


「お嬢様、仕事着をお持ち致しました」


 それは女の声でそう言う。


「急かさなくても分かってるわよ。

 仕事はちゃんとやるわ」


「お気を付けください」


「思っても無い事言わなくていいから。

 本当は早く死ねって思ってるんでしょ?」


「滅相もございませんとも」


 そう言って、影は服を残して消えて行った。


 土御門瑠美は着替えを始める。

 今日の仕事を、始める為に。

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