第三六話 戦略的な利には適えども、如何に転ぶものやら

 取り敢えず、借り部屋のある別館まで向かうと、深夜に差し掛かるというのに食堂の明かりが灯っており、厨房では大小二つの人影が狐の尻尾を揺らしている。


「こんな時間に間食したら太るぞ?」


「ん、その分は運動するから問題無い♪」

「私は… 気を付けないと体形が崩れちまうね」


 などとうそぶいて、豊満な肢体を煽情的せんじょうてきにくねらせた麗蘭れいらんの隣、ボウルを抱えたペトラが獣人系種族の身体能力を活かして、その中身を調理へらで高速攪拌かくはんしていた。


 本人は真剣な顔付きだが、勢い余ってそこら辺に飛沫しぶきが舞う。


「もぅ、掃除は御付おつきの人狼連中がやるから良いけど……」

「何を作っているか聞いても?」


「あぁ、シアが小麦粉を使った若鶏の素揚げ? みたいなのを皆に振る舞ったんだよ。そしたら、ことほか好評で対抗意識ができちまったのさ」


 指南役として巻き込まれた狐人族の娼館主は肩をすくめ、情夫パトロンである人狼公の娘を優しく見守っていた。


 事情を知る者に聞けば、麗蘭とペトラの母親と親友なこともあって、幼少期からの家族ぐるみの付き合いにより、“第二の母親セカンド・マザー” と化しているらしい。


 (普通、人狼は一夫一妻制で浮気など論外だが……)


 紆余曲折あったのだろうと結論付けて、さっきまでき混ぜられていたボウルに視線を落とす。


「これは溶き卵か?」


「シアの真似をしても芸が無いからね、小麦粉と素材の繋ぎに使うんだよ。で、鶏肉は在庫が切れたから豚肉を使う」


 にやりと笑う麗蘭に釣られて狐娘の手元をのぞき込んだら、確かに筋や脂身を処理された豚肉があって、今は塩や香辛料で下拵したごしらえされていた。


 それも済ませたペトラは豚肉をボウルに投入、溶き卵に潜らせてから満遍なく小麦粉をまぶした上で、適温の油で満たされた揚げ鍋に移し変える。


 子気味良い音を響かせながら、こんがりと色を変えていく揚げ物の視覚効果は侮れず、自然と皆の意識が吸い寄せられてしまう。


「なんか、思ってたよりも御馳走になりそう?」

「ん、頑張った♪」


 どや顔の狐娘が新たな調理法で仕上げた創作料理は、やがて博識な吸血姫に “とんかつモドキ” と評されて、パン粉とやらを使うことで完成形に至るのだが……


  初期の現段階でも人狼猟兵や娼婦達から、惜しみない絶賛を受けるのだった。




 なお、娼館をねぐらとするディガルの領軍関係者がゆるやかな時間を過ごしていた頃、首都中心部に建てられた王城の執務室ではベルクスの第二王子、レブラントが溜息を吐いていた。


 街外れの神殿跡地で押収された物品の目録から視線を上げると、彼は静かにたたずむ壮年の武人コルヴィスと向き合う。


「噂に聞く “戦争狂いの令嬢” まで呼び戻したのに失態だな。王都から連れてきた司祭を治療に宛がうほどの損失を出して、なおも取り逃がすとは情けない」


「面目御座いません、人手が不足しておりまして。ただ、第二憲兵隊に殉職者が出なかったのは不幸中の幸いです」


 そもそも、首都の軍勢に治癒術師が極端に少ないのは前線の将兵をおもんばかり、魔族勢とにらみ合う各方面の部隊に配置したゆえであれども、遠征軍の総指揮権を預かる将軍は語らずに頭を下げた。


 眼前の相手は妾腹めかけばらの長兄を差し置いて、王位継承権第一位に列せられている王子であり、不遜な扱いはできない。


(例え、単なる箔付けの為に送られてきた若造でもな)


 面従腹背めんじゅうふくはいと言うべきか、自身も爵位を保持している軍閥貴族なので私利私欲もあれば、一定の忠義もある将軍は慇懃な態度で本心を包み隠した。


 いささか老練な御仁に比べて、まだ経験の浅いレブラントは考える素振りを挟み、数秒の間をもうけてから尋ねる。


「貴様は一連の騒動をどう見ている?」


「反乱の気配ありかと、押収した武器の量は少ないものの、既に大半が亜人どもの手に渡っている可能性を捨てきれません。念のため……」


 万全を期すつもりで将軍が告げた言葉に眉をしかめ、第二王子は論外だと厄介払いするように片手を振った。


愚弄ぐろうするな、王都の識者らは魔族も亜人の一部に過ぎないとしている。私に暴君の汚名を被れというのか、コルヴィス将軍」


「ははっ、あまり良い印象は持たれないでしょうな」


 熱心な聖堂教会の信徒や、利害関係がある国境沿いの開拓民は別にしても、手段を選ばない強硬策など取った場合、市井しせいの反応すらかんばしくない可能性がある。


「大体、父王の御意向にも添わん」

「最終的には “従属関係を本国と結ばせる”、ですか」


「そうだ、部族国の体裁を維持したまま総督府が実権を握る」

「つまり、此処ここは殿下の国になるのですね」


 恐らく、ベルクス王は植民地で後継者に統治を学ばせる魂胆なのだろうが、一度は落とした北西領の中核都市ヴェルデを奪い返されてから、どうにも雲行きが怪しい。


 軍勢の数では勝っていても、個々の身体能力では人間側が不利なため、今や老将ガドラス麾下きかの旅団が攻略している黒曜公の南東領を除き、実際の戦力は拮抗きっこうしていると言えた。


「…… 後少ししのげば本格的な冬が到来します。首都近郊に迫った不遜ふそんやからも退かざるを得ません、今は膝元で不測の事態が起きないように傾注けいちゅうするべきかと」


「その間に南東領の攻略も終わり、雪解けと共に本国で編成された増援が再び北西領を奪った時点で、我々の勝利は確定するわけだ」


 部族国に残される土地は分断された北東領と南西領のみ、青銅公と人狼公の不仲を利用して個別に交渉するなら、ぎょやすい弱小国が二つあるのと変らない。


 戦略的な利にはかなえども、如何いかに転ぶものやらと思案しつつ、余裕の態度を崩さない主君に一礼して、コルヴィス将軍は武人らしい機敏な動作で執務室を辞した。



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人物紹介 No.14

氏名:コルヴィス・エッケバルト

種族:人間

兵種:統括騎士ジェネラル

技能:中級魔法(無)

   身体強化(中) 剣術 盾術

称号:総司令 侯爵

武器:軽硬化錬金剣 (主) 反応装甲盾 (補)

武装:軽硬化錬金鎧 外套

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