第三五語 偽善? 大いに結構

ッ!!」


 鋭い呼気を響かせて、魔術的な身体強化の賜物たまものと思しき神速で一足飛びに迫り、艶やかな黒髪をなびかせたゼノヴィアが真っ直ぐに右手の軍刀を突き出す。


 その躊躇ちゅうちょ無く繰り出された平突きを紙一重で見切り、左足を斜め後方へ退かせると同時に身体も捻って躱し、鎖帷子くさりかたびらと脇腹を浅く裂かれる程度に留めた。


「くッ!」


 微かな痛みに構わず反転して、背後へ抜けた相手との距離を詰めつつ、俺も鞘走らせた右手の “赫刃せきじん” で抜き打ちを放ったが、振り向きざまに薙ぎ払われた左手の軍刀で斬撃を止められる。


 されども、我らの姫君エルザが御身の血で錬成した業物は軍刀に勝り、その刃を毀れさせることで、黒髪の淑女を瞠目させた。


 その僅かな隙に乗じて軽装鎧の継目つぎめを狙い、ゼノヴィアの脇腹に左手の “黒刃こくじん” を当てて押し切ろうとするも、右手の軍刀で外側にさばかれる。


 さらに一度退いてから飛びこんで赫刃を振り落とせば、果敢に詰めてきたゼノヴィアは左手の軍刀で勢いづく前に受け止め、右手の軍刀で鳩尾みぞおちに刺突を放ってくる。


 咄嗟とっさの判断で斜めに一歩退きながら回避して、互いに片手の得物で切り結んだ姿勢から、純粋な筋力差で潰すように圧し掛かっていく。


「悪いな、まかとおらせて貰う」

「くっ、無粋ですね……」


 動きやすさ重視の軽装とえど、こうまで密着に近い状態から、軍刀のたぐいで致命傷を与えるのは難しい。


 こちらの予測に違わず、体格的に不利な拳打での組打ちを嫌って、バックステップで間合いを取った淑女にすがり、左手の黒刃を突き込んだが……


 隘路あいろで器用にくるりと回転して、円軌道の動きで躱したぜノヴィアは右手の軍刀を縦に振り抜く。


「はあぁ!!」

「なッ!?」


 曲芸染みた一連の所作しょさに面喰らいつつも、反射的に振るった右手の赫刃で斬撃を凌ぎ、連続して振るわれた左手の軍刀による横一閃は後方跳躍で躱した。


「…… 殿方らしい少々粗野な太刀筋ですね、クラウド」

「そちらは随分と器用だな、ご令嬢」


「ベルクス王国軍に属する双剣使い同士、そちらの技量には多少興味を持っていましたけど、こんな形で切り結ぶとは……」


 微苦笑など浮かべて肩の余力を抜き、ゆっくりと両腕を垂らしたゼノヴィアが有構かまえあって無構かまえなしとなる。


 ただ、隠す気も無さそうな気迫は一切おとろえておらず、堅物らしい抑揚よくようのない態度で睨みつけてきた。


「何があったのか存じませんが、祖国に弓引くなど愚の骨頂。いたずらに戦争を長引かせて、無辜むこの民を苦しめるだけの行為です」


「…… そこに部族国の亜人達は含まれないのか?」


 しかるべき疑問に “戦争狂いの令嬢” は首を左右へ振り、もう自身の結論は出ているといった表情で言葉を紡ぐ。


「私は困っている “人間” と “亜人” がいて、“片方しか救えない” なら同輩を助けます。それだけのこと、綺麗事では誰も救えない。貴方は何がしたいのですか?」


「手を取り合う明日が見たいだけさ」

「道は違えども信義はあるようですね。ならば、いざッ!!」


 瞬時に踏み込んできたゼノヴィアが魔力の宿る両腕を振り下ろし、紅蓮の焔などまとわせながら双刀を叩き付けてくるのに応じて、中段の構えから水平に寝かせた二振りの刃をかざす。


 同じく双剣にまとわせた旋風で炎を飛ばして、速度に自重も加えた垂直の双撃を眼前で受け止めた直後、崩れるように屈み込んで乙女のへ頭を突っ込んだ。


「ッ、痴れ者め! うあ!?」


 きょを突かれて動揺する黒髪の淑女に構わず、柔らかい左右の太腿を両腕で挟み込んだまま膂力りょりょくに任せて立ち上がり、身体を反らして背後に投げ落とす。


 辛くも顔面からの衝突は避けたのか、石畳と籠手が鳴らす打突音を聞き流して振り向き、起き上がろうとする相手の側頭部を派手に蹴り飛ばした。


「う、うぅ…」

「恨んでくれて構わないぞ」


 なおも無慈悲な刃を振り下ろすべく、地にいつくばってうめくゼノヴィアを見下ろせば、街路の先から複数の忙しない足音が聞こえてくる。


(………… まぁ、斬らなくて良い理由にはなるか)


 敵方の指揮官を仕留めておくのは無駄にならないが、長らく愚直な聖女の護衛や、心優しい吸血姫の三騎士を務めて毒されたせいで、避けられる殺生には多少なりとも抵抗を感じてしまう。


 既に戦場いくさばあいまみえた連中を何人も切り捨てている以上、後付けの偽善に過ぎないと失笑しつつ、純血たる姫君に下賜された赫刃と黒刃の二振りを剣鞘へ納めると、すぐさま淡いカンテラの明りに照らされた。


「いたぞ、 こっちだ!」

「貴様ッ、そこを動くんじゃないぞ!!」


「と言われても、必要な時間は稼いだからな」


 にわかに騒ぎ立てる新手の連中を一瞥いちべつしてから、風魔法の上昇気流アップドラフトを巻き起こして飛び上がり、追加で吹かせた横殴りの突風に流されて近場の屋根に降り立つ。


 そこから、疑似ぎじ吸血鬼化の影響もあって、夜目の利く緋眼に遠見の魔法も掛け、小集団クラスタの四人が安全圏に退避しているのを確認した。


(抵抗勢力のことは露見し始めているものの、決起までは持ちそうか……)


 残された僅かな間、娼館でペトラや人狼猟兵らの愚痴を酒など交えて聞いたり、シアの天然惚けに巻き込まれて麗蘭に揶揄からかわれたり、徐々に慣れてきた日々でも過ごそうときびすを返す。


 煌々こうこうと灯る銀月の下、心地よい風に吹かれて屋根上を次々と駆け渡り、首都の繁華街にある比較的大きな建物の敷地内へ飛び込んだ。



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人物情報(更新)

氏名:クラウド

種族:吸血鬼(偽)

兵種:双剣騎士セイバー

技能:中級魔法(風)

   風絶結界

   身体強化(中)

   双剣術

称号:風使い    → 三騎士

武器:鉄剣     → 赫刃せきじん(主)

   血錆びの鉄剣 → 黒刃こくじん(補)

武装:襤褸ぼろい外套

   偽装の指輪

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