第三七話 カストルム牢獄襲撃

 因みに総司令の将軍が首都イグニッツの総督を務める第二王子に向け、慎重を期して具申ぐしんした内容は次の二者択一である。


 かつては王城を護る城塞だったカストルム牢獄で拘束している亜人捕虜の内、その大半をすること。


 若しくは恩赦おんしゃにより、同数の捕虜を放免ほうめんする一方で、ベルクス王国軍による占領地の統制も厳格化して安定を図ることだ。


(どちらにしても、首都内に存在しているまとまったを散らすべきだが、あの調子では時間を取られてしまいそうだ)


 薄暗い廊下を歩きながら、コルヴィス将軍は重い溜息を吐いた。


 くだんの牢獄にはおよそ800名以上の被拘束者が存在しており、その大半は首都攻防戦で降伏した部族国の敗残兵、残りは占領統治に反抗的な態度を取った民草である。


 収監されている限り、彼らの魔力を収奪転用する恒常的な結界の影響で人間と変わらず、ほどの脅威では無いとしても……


 機微きびさとい “戦争狂いの令嬢ゼノヴィア” が具申した通り、市井しせいで暗躍している抵抗勢力の連中が牢獄を狙う確率は高い。


 彼らの手で虜囚が解放されてしまえば、大きなうねりの切っ掛けとなって、無視できない規模の反乱が起きる危険性もあった。


(…… レブラント様が批判を恐れて決断できない以上、日々警戒を密にするのみか)


 手持ちの駒は首都駐留軍の約二千名、主戦力を三方から攻めてきた部族国の各領軍に割いているため、それだけで想定する全てに対処しなければならない。


 さらに首都外壁の門など重要施設を押さえている守備隊は動かせず、遠征軍本営の職務にたずさわる者達も手が廻らないため、有事に即応できる人員は限られてしまう。


「せめてもの救いは牢獄の造りが堅実なことだな」


 陰湿な青銅公が亡き君主の命により、過去の要塞を改修したという施設には立派な外堀があって、市街地との接点である跳ね橋を上げれば早々には陥落しないはずだ。


 いざという時は王城の本隊が馳せ参じられるように必要な手を打ち、傾注けいちゅうして状況の推移を見極めると決めたものの、の将軍は吸血鬼のみで編成されたの優位性をまだ良く知らなかった。




「今宵は “月が綺麗ですね”、クラウド卿」


「何だその取って付けた口調は? “死んでもいい” とか、縁起の悪いことは口が裂けても言わないぞ、俺は未練の多い俗物だからな」


 深夜の首都外縁、北西領に所縁を持つ商会主が保有する三階建て倉庫の屋根上でたたずみ、突拍子もなく呟かれた騎士令嬢アリエルの台詞に肩をすくめる。


 恐らくは以前に我らが姫君のエルザから聞いた異界カダスの文豪、夏目漱石の逸話いつわを思い出したのだろう。


(確か……)


 弟子の一人が他言語の “愛している” を翻訳したおり、奥ゆかしさが足りないため “月が綺麗ですね” とでもしておけば、十分に伝わるとさとしたそうだ。


 そう言われた時の返し言葉は “私はあなたのもの” という、やはり他言語を二葉亭とやらが意訳した “死んでもいい” なのだが、如何いかんせん幸先が悪すぎる。


 ただ、本人は思いつきで発言したに過ぎず、さらりと俺の返事を受け流して、夜闇にまぎれつつ動き始めた小集団クラスタ単位の同胞達へ緋眼をらしていた。


「ん~、そろそろ、私達も出番ですかね♪」


 見渡せる範囲の光景から、そう判断したアリエルがもや状の飛翔翼をまとうのに応じて、周辺に潜んでいた麾下きかの吸血飛兵らも背に魔力の翼を展開する最中、至近より少しだけ気遣きづかう視線が向けられる。


「あまり聞かない話だけどさ、病気の後遺症で飛べないんだっけ?」

「あぁ、魔素を浮力に変換する臓器がやられてな……」


 元々偽装しているだけの俺には種族固有の身体的能力など皆無だが、可愛らしく小首など傾げた赤毛の騎士令嬢に嘘を吐き、若干の心苦しさを誤魔化すように軽くて丈夫な外套を撫でた。


 一応、運良くというべきか… 風魔法の気流操作にけている事実もあり、吸血鬼族が行う短距離飛翔を真似るくらいなら可能だ。


 斜め前方への上昇気流アップドラフトを生じさせてゆるりと飛び立ち、追随ついずいしてきた吸血種らと共に屋根伝いの飛翔と滑空を繰り返して、街中に潜む抵抗勢力の同胞達と同じく中央区のカストルム牢獄を目指す。


「むぅ、ちゃんと飛べるんじゃない、心配して損したわ」

「多少、不格好だがな」


 引き起こす風の強さが調整しづらく、吸血鬼の振りをする羽目になってから猛練習すれども、生粋の飛翔能力を持つ者達より劣るのは致し方ない。


 そう内心で言い訳している間にも、幾つかの防衛塔と中庭を備えた長方形型の建造物が迫り、にわかに静寂を打ち消す警鐘が聞こえてきた。


一気呵成いっきかせいに攻め落とす! くよッ、野郎ども!!」

「「「うぉおおぉおぉ―――ッ!!」」」


 もはや襲撃が露見したことにより、はばるものが無くなったアリエルと麾下の愚連隊がえ、眼下の門前に集まってきた同胞ら百数十名の道を切り開くため、外堀を越えて壁の内側に滑空していく。


 俺も開門待ちしている狐娘ペトラや、人狼猟兵ヴォルフイェーガーらの姿を確認してから、風魔法の上昇気流アップドラフトで自由落下の速度を調整しつつ、牢獄の中庭へ降り立った。



------------------------------------------------------------------------------------------------



部隊紹介 No.1

部隊名称:吸血飛兵隊

部隊指揮:アリエル・ヴィエラ

部隊副長:マーカス・ザルト

部隊人数:総勢50名(※首都にいる先遣隊は35名)

種族構成:吸血鬼族

必須技能:中級魔法

     自然治癒促進(中)

     短距離飛翔

     馬術・剣術 ・盾術

授与称号:準騎士

     最精鋭

制式武器:黒鉄の剣

     黒鉄の投げナイフ

制式武装:手甲型腕盾

     軽装鎧

     外套

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る