第三二話 戦場にいるのは殺害に積極的な兵士か、消極的な兵士の二通りだ

 因みに計画を実行に移すための準備が整い、領軍主導の抵抗勢力に関わる者達が増えていけば、否応なく露見する確率は上がってしまう訳で……


 最前線から呼び戻されて、第二憲兵隊の指揮官に任じられた “戦争狂いの令嬢”、ゼノヴィアが些細な違和感を持ったことは必然なのかもしれない。


「どうしたんですか、隊長?」


 街角で不意に足を止めた軽装姿の淑女に後ろの部下が問い掛けると、その声に前を歩んでいた者達も揃って振り返る。


「…… いえ、大した事ではありません。お気になさらないで下さい」


「了解です、手早く警邏を終わらせて昼休憩と致しましょう」

「良いですね、手頃な店が無いか目を光らせておきます!」


 やや砕けた調子の憲兵達に彼女が頷き、綺麗な翡翠色の瞳で見詰めながら微笑むと、彼らは少しだけ照れた様子できびすを返した。


 男所帯の軍隊では若い女性が極端に少ない事もあり、物騒な二つ名がかすむほどに綺麗な顔立ちを向けられては初心うぶな反応も致し方ない。


(可憐だ…… 一体どのあたりが “戦争狂い” なんだ?)

(聞いた話だと、攻め手に躊躇ちゅうちょが無く、敵兵への同情も皆無とか)


 至極小さな声でひそかに呟かれた言葉は否定できない事実なのだが、全てはゼノヴィアのに起因している。


 批判を恐れずに言えば、戦場にける将兵は “殺害” に積極的か、若しくは消極的かの二通りに大別できるのだが、性格だと前者に含まれてしまう。


 先陣を切って戦う者達が持つ、“自身の呵責かしゃくで見逃した敵兵は同輩どうはいを殺める” という理屈にも一理ある手前、軽々けいけいに酷薄な人命軽視だとは非難できないものの、局地的な戦闘を牽引する存在なので悪目立ちは避けられない。


 父母に先立たれた没落貴族であれども心まで貧しくならず、高貴なる義務ノブレスオブリージュは果たしたいと願う黒髪の淑女も例外ではなく、前線にて黙々と刃を振るう内に不本意な称号を得ていた。


(はぁっ、微妙な二つ名は返上したいのですけど……)


 耳に届いた言葉に溜息しつつも、意識は研ぎ澄ませたまま大通りを歩けば、やはり身ごなしや体格で軍経験者と判る亜人らの姿が目立つ。


 さらに追加で気掛かりなのは、少し前までよどんでいた彼らの目が生気を取り戻していることだ。


「家畜に甘んじるつもりはない、といった面構えね」


 独り言のように囁かれた言葉は風に乗り、雑踏に紛れてき消えた。


 くして首都近郊の各戦線が膠着こうちゃくする中、一度気付いてしまうと見て見ぬふりなどできない彼女の主導により、短期集中的な憲兵隊の捜査が粛々と行われていく。


 必然的にベルクス王国軍が抱いた懐疑や、不穏な空気は取り調べを受けた住民らを起点に拡散するため、徐々に市井しせいでは無視できない緊迫感が漂い始めた。




 その影響か、日頃の接触は厳禁しているにもかかわらず、狼交じりの狐娘を探していた痩躯そうくの豹系獣人と一緒にさびれた酒場の隅へ陣取り、は重めの溜息を吐き出す。


「…… 何か不測の事態が起きたんだな、ジグル」

「あぁ、取り急ぎ、御嬢に連絡しておこうと思ってな」


 小集団クラスタの一つを受け持つ神経質そうな元軍人は深刻な表情を浮かべて、手にするグラスの中身をあおった。


 こちらも注文していた同じ銘柄の酒をたしなみ、会話に応じる姿勢を見せれば一息吐いた相手が細心の注意を払いながら、小声で語り掛けてくる。


「昨日、うちの構成員がひとり奴らに捕まった。それで対応を考えてる途中、ふと気付いたんだが、皆に与えられている情報が少な過ぎやしないか?」


 多少の疑惑が籠められた眼差しを受け止めてから、他の協力者らに聞かれた時と変わり映えしない言葉を返す。


「共倒れを避けるためだ、我慢してくれ」


「クラウド卿、あんたの事は信用している。けどな、捨て駒にされている感がいなめない。捕縛された仲間が口を割っても、被害が出るのは俺達だけだ」


 不満そうにグラスを傾けた相手の指摘は正鵠せいこくを射ており、その為に小集団クラスタ同士の接触を禁止して、抵抗組織の全体像を不明瞭にしているのは事実だ。


 重要事項の伝達も領軍の関係者までに留めているため、末端が下手を打ったところで、こちらにるいは及ばない。


いささか心苦しいな… 一応、隠れ家になりそうな場所は何軒か確保している」


「暫くそこで身を隠せと?」

「長くは待たせないさ、悠然としている余裕も無い」


 そう前置きして表面に洒落しゃれた意匠、裏面には幾何学模様の符丁が刻まれた小さな金属製プレートを差し出す。


 一見すると装飾品でしかない小物を受け取って眺め、瞬間的に息を呑んだ直後、痩躯そうくの豹人は迷いを断ち切って深く頷いた。


 同様の物は娼館に巣食うペトラ麾下きかの人狼猟兵と手分けして、小集団のまとめ役達へ本日中に配布される予定となっており、彼らに管理させている範囲の連絡網をって、すべての構成員に符丁の内容が伝わるはずだ。


「はぁっ、慎重なのは歓迎だが、“秘密主義ここに極まれり” だな。もう大半の準備が済んでいたのかよ」


 巧妙に偽装された内容を読み解き、決起まで残り三日だと理解したジグルの愚痴を聞き流して、腰元の革袋から取り出した羊皮紙に筆を走らせる。


 念の為、それに吸血姫エルザから預かった小物を添えた。


「ハイネア商会は知っているか?」

「あぁ、中堅の装飾品屋だな、問題無い」


会頭かいとうが北西領出身の彫金師でな、指輪は彼の献上品だ。受付嬢に取り次いでもらって、書面と一緒に見せれば仲間共々かくまってくれる」


 その御仁ごじんが外縁区の貸倉庫を押さえていることも補足した上で、残りの協力者との連絡や今夜で最後になる武器受け渡しに備えて、指輪をめつすがめつする相手よりも先に席を立った。



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人物紹介 No.15

氏名:ゼノヴィア・クライシェ

種族:人間

兵種:双剣士フェンサー

技能:双剣術・槍術・馬術

   中級魔法(火)

   敏捷性強化(中)

   動体視力強化(小)

   裁縫・料理

   節約生活

称号:没落貴族

   戦争狂いの令嬢 

   憲兵隊長

武器:軍刀サーベル ×2

武装:女性向けの軍服

   徽章付き外套

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