第三一話 どういう発想でその結論に至った?

 なお、借室まで案内してくれたペトラは所用があるとのことで、街路側に玄関口のある本館へ歩み去っていき、扉の前でシアと取り残されてしまう。


(つまり、俺が面倒を見ろと?)


 まだ、現状認識の不十分な蒼魔人族の娘を放置するのは不本意そうだったが、短期間で有力な抵抗勢力を組織する本来の仕事もあり、ここは効率重視の役割分担を優先したのだろう。


 言うに及ばず、一ヶ月以上も前から占領下の首都に潜んで、従軍経験者を掻き集めていた狐娘の方が手馴れているため、到着後の初日くらいは留守番するのもやぶさかかではないのだが……


 間借りした部屋に入った途端、そそくさと距離を取ったシアが上目遣いで所在無さげに見詰めてきた。


 その視線が徐々に殺風景な室内で存在感を放つベッドへ向いたので、歩き疲れたのかとおもんばかって一声掛ける。


「このまま室内で立っているのも微妙だ、少し腰を下ろそう」

「はうぅ、分かりました」


 何故か、困り顔になった彼女は寝具へ腰掛けて衣服を着崩し、張りのある青白い素肌と清楚で可愛らしい下着を晒した。


「あの、折角ですから、致します?(そ~っ)」

「…… どういう発想でその結論に至った? あと、煽るように脚を開くな」


「ひぅっ、ご、御免ごめんなさい。良くしてもらったのに返せる物が無くて……」

「特段の礼は要らない、代わりにペトラへ菓子でも貢いでやれば普通に喜ぶぞ」


 こちらは成り行きで加勢したに過ぎないので、最初にシアをたちの悪いベルクス兵達から助け、隠れ場まで連れてきた狐娘に感謝しろと言い含める。


 この調子では先が思いやられることもあり、何とか部屋割りを変えさせるように画策しながら、簡素なテーブルの脇にある椅子へ着座した。


 以後の目論見もくろみは叶うことなく、天然かつ無邪気な青肌の娘に度々たびたび惑わされて、娼婦達から冷やかされる憂き目に遭ったものの、工作活動自体は順調に進んでいく。


 元々、亜人をかろんじる人間との種族的な不和もあって、吸血公と人狼公の存在を背後にチラつかせれば、腕に覚えのある連中からは良い返事が聞けた。


 そんな数日間の経緯を話しつつ、乞食こじきふんした退役軍人の同胞が睨みを利かせる神殿の跡地にて騎士令嬢を労う。


「街中で買い漁ると目立つからな、武装の空輸に感謝する」


「ん~、私の吸血飛兵隊、クラウドの策で色々と骨を折っているよね。姫様や領民の為に繋がるのは理解の上だけど、少しくらいご褒美が欲しいかも?」


 あざとい微笑を浮かべたアリエルが念押しするも、調達物の中には蛇腹の連接剣や、貫通力重視の刺突短剣メイルブレイカーなど使い勝手の悪い浪漫武器が多かったりする。


 恐らく自身の趣味であろう逸品いっぴんつかい手が少なく、扱いづらいこときわまりないが、厚意を無下むげにするのは性分に合わない。


「今度、何か食事でも奢ろう」


「ふふっ、それなら貴方の血が欲しいなぁ」

「…… もう少しお手柔らかに頼む」


 吸血は捧げられた “相手の一部” を “身体に受けれる” という性質上、深い信頼や情愛に基づいて交わされる行為のため、思慮なく応じれば誤解を生みそうだ。


 さらに齧りつかれた時、魔法銀製の指輪による偽装がバレて、人の身だと発覚する可能性も否定できない。どう躱したものかと、泳がせた目に歩み寄ってくる吸血鬼らの姿がうつった。


「滞りなく、搬入と偽装作業が終了しました」

「長居せず、壁外へ撤収するべきかと……」


 生真面目な態度でなされた具申をてらわずに解釈すると、知己ちきとのかたらいにかまけて目撃される愚を犯すなと、そう言いたいのだろう。


 もっともな指摘に反論できず、赤毛の騎士令嬢と雁首揃がんくびそろえて頷いた。


「じゃあ、おいとまするとしましょう。油断してへまを踏まないよう慎重にね、全ては純血たる我らが姫様の為に~♪」


 いつもの如く、軽い調子で誓句せいくうたい上げた騎士令嬢が踊るように回転しながら、戦闘用ドレス越しの背中よりもや状の飛翔翼を展開する。


 それを羽搏はばたかせて夜空に舞えば、麾下きかの吸血鬼らも続けざまに飛び立ち、すぐに雲間へ消えていった。


 新月のせいか、少し情緒を刺激されたので瓦礫に腰掛けて夜空など眺めつつ、腰元の吊具から外した革水筒を口元に運ぶ。


 図らずも同棲中のシアが作ってくれた御茶を少しだけ啜り、数分ほど時間の流れに身を任せてから、大きく息を吐いた。


「さてと……」


 独り呟いて立ち上がり、半壊した神殿の敷地内を順番に巡って、つぶさに複数地点の状態を視認していく。


 石片や土塊により痕跡を隠された部分の真下、そこには麻布で包んだ武装が埋まっており、乾燥剤代わりに石灰を焼成して詰めた小さな布袋も幾つか添えてある。


「取り敢えず、当面は大丈夫か」


 各種物資は分隊単位の小集団クラスタを組ませた協力者へ随時配布しているため、半月ほど品質が保つなら事は足りる筈だ。


 そう割り切って次の懸案に思考を切り替えると、深夜の街並みを抜けてシアの待つ娼館へ引き返した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る