第二七話 河川防御陣と貌の無い敵手

 その数日後、小都市レガリアから約4kmの地点まで迎撃に出てきたベルクス王国軍、おおよそ四千名と北西領軍が対峙たいじする。


 彼らは地図上でミルディアと銘打めいうたれた川のそばに陣地を構築して、こちらの到着を待ち受けていた。


「…… 河川防御陣か、リアナ」

「はい、おっしゃりたい事はさっしましたが、分かりません」


 次第に慣れてきた事もあり、俺にも地金じがねの性格を遺憾なく披露する大隊副長の魔女から視線を外して、彼女の妹レミリを見遣みやる。


「ん… 周辺一帯の農耕を支えている川で、街道には此処ここからも見える石橋が掛けられてますけど、底が浅くて腰回り程度の深さに過ぎません」


「渡河は普通に可能だな、ガルフを呼んでくれるか?」

「適任だと、思います」


 僅かに思案してから深く頷いたもう一人の魔女が傍を離れ、あまり運動神経が良いとは言えないため、多少もたつきながら魔人兵達の合間を縫っていった。


 姉とそろいの藤白髪を揺らして探すのは犬人コボルト兵達のまとめ役、麾下きかの部隊が魔人族と犬人族のみで構成されている手前、自ら提案した軍規に従って選んだもう一名の大隊副長である。


 ただ、ハイ・コボルトである彼は大陸共通語を犬系種族の声帯ゆえ、意思疎通は念話魔法の遣い手に頼ることになっていた。


(まぁ、双子の魔女がいれば早々に困りはしないが……)


 この先も亜人種と歩むなら、共通語を使わない種族との関わりも避けられないため、何処かのタイミングで博識な吸血姫に御教授を願うべきかと少々思案する。


 おもむろに黙り込んだのが気になったらしく、何やら琥珀色の瞳でじぃっと見詰めてくるリアナに話を振ろうとした頃合いで、隊列を割って筋骨隆々な隻眼のコボルトがやってきた。


 動き易い革鎧と士官用の外套をまとい、重厚なハルバードを軽々と担いだ偉丈夫が眼前まで近づき、親しみ深げに “ガゥガゥ” と語り掛けてくる。


「クァウルグ、グルゥオァン?」

『クラウド卿、俺に用事か?』


 透かさず通訳してくれるレミリの言葉を聞き取り、静かに頷いてから敵陣の手前を流れるミルディア川に言及して、夜間の偵察を引き受けてくれるように頼んだ。


 それに逡巡したガルフは少しだけ顔をしかめ、軽い溜息を漏らす。


「ガルァクゥオオゥ クゥワ ウォアガォウゥ、ヴォオルァウゥ……」

『体毛が濡れるのはあんまり好きじゃなくても、致し方無しか……』


「すまない、偵察隊に加わる者達の夕食に干し牛肉の塊を提供しよう」


「ワゥ、ガルァウォン、ヴォルオァアゥ?」

『まぁ、有難く頂こう、話はそれだけか?』


「時間を取らせたな、駐屯地の設営に戻ってくれ」


 手短にりを済ませて見送った後、雑務を副長の魔女に丸投げしてから、一時的に領軍を離れる準備に取り掛かっていく。


 できれば眼前の敵勢を蹴散らすか、若しくは痛打を与えた上で別行動に移りたかったものの…… 一夜明けて聞かされたコボルト偵察隊の報告により、その方針は転換を余儀なくされてしまう。


「川底に陶器片や岩が散乱していたと?」


「ワフ、ガォルァオウゥ ガウゥ」

『あぁ、人馬での渡河は厳しい』


 渋い顔をした相手の口調まで真似して、天幕に居合わせたリアナが取り成してくれた言葉通り、人為的にばら撒いたであろう陶器を踏み抜けば馬でも人でも足が傷付く可能性はある。


 それでなくとも見え難い川底の障害につまずき、軍勢が手間取っている内に弓矢など射掛けられたら、混乱の中で甚大な被害が出兼ねない。というか、それに特化した兵科の比重を増やしているはずだ。


「街道の橋を封鎖して河川へ誘い込み、瓶打べうちにする腹積もりだろうな」

「ベルクス側にも機転の利く将兵がいますね、クラウド様」


 思い浮かぶ範囲では多少の面識もある傭兵上がりの連隊長ダレス、戦争狂いの令嬢ゼノヴィアあたりが好みそうな手法だとは思えども確証は持てない。


 相応に戦術的な思考ができる者が敵勢の中枢と仮定すれば、軽々けいけいに攻撃を仕掛けるなど愚の骨頂。


(“利が明確にえがけない限り、一歩たりとも動くべきではない” か……)


 幼少期に世話して貰った故郷の酔っ払い、もとい老軍師より受けた薫陶くんとうなど思い出して考えをまとめ、手元に置いてある二振りの鉄剣を掴んで立ち上がった。


「グルァ グォオウ?」

御大将エルザさまの大天幕か?』


「少し長丁場になるかもな、魔杖まじょう騎兵隊の面倒は任せる」


 同輩どうはいたる副長の犬語を訳しつつも、確認のために小首を傾げた紫水晶の魔女リアナに首肯して、魔人兵らの馬上魔法訓練に参加できない旨を示唆しておく。


 可愛らしい少女の外見通りに年若いが、領軍在籍の自種族には優れた魔力と資質を認められているため、自身が不在でも調練の指揮に関する心配は無いだろう。


 余計な注文は付けず身支度を整えていると、いつの間にやら毛皮の敷物から腰を上げていた魔女が傍に寄り添い、クライベル家の紋章があしらわれた軍用外套をそっと肩に掛けてくれた。


「いってらっしゃいませ、昼食には顔を出してくださいね」

「ガゥッ、ワォアルァウ! (ははッ、まるでつがいだな!)」


 口端を釣り上げたガルフの発言は意味が分からなくとも、赤面した相手と雰囲気で揶揄やゆされているのは理解できたので、苦笑だけ残してあてがわれた天幕を出る。


 途中、都合よくからんできた騎士令嬢や主にはべっていた老執事を加えて、吸血公エルザの下で諸々を検討した結果……


 北西領軍から攻勢に出ることは固辞して、川底の仕掛けを逆手に取り、弓兵隊及び魔人兵隊を前面配置する運びとなった。


 ベルクス側の二個連隊も自ら設置した罠へ飛び込み、流水と足場の悪さに苦戦して狙い撃ちされる失態など犯さないだろう。


 数日間のにらみ合いになると判断した上で、幾つかの不確定要素はあれども中央領の戦線を大きく動かす可能性に懸けて、俺はリエラ麾下きかの飛兵小隊と一緒に占領下の首都イグニッツへ軍馬を走らせる。

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