第二十話 古城の菜園とナス科植物

 そうして、入城から少し経った頃……


 城郭内に張られていた駐留軍の天幕を拝借して、遊撃隊の皆と休んでいた俺は筋骨隆々な老執事に捕まり、抵抗むなしく拉致されてしまう。


 有無を言わさず連行された城内の一室では、優艶なドレス姿の吸血姫がソファーに腰かけており、腹心の三騎士がそろうと侍従兵に目配せして別室へ向かわせた。


 この場でみずから捕虜を検分するつもりらしく、丸腰なれども拘束を解かれたベルクス王国の将校らが丁重に招かれる。


「初めまして、私が北西領軍を統括している吸血公エリザ・クライベルよ。虜囚の辱めを受けたおりさらし者にされたお陰で、少しだけ貴方達の心情は理解できるわ」


「駐留軍の総指揮を執っていたリヴェル・アルニムだ。御話の通りなら、相応に人道的な処遇を期待しても?」


「そんな訳無いでしょう、亜人を魔族扱いする奴らに配慮を求められてもね」


 好機とばかりに尋ねた軍団長に向け、嗜虐的な嘲笑ちょうしょうを騎士令嬢のアリエルが見せるも… 主君たる吸血姫の性格からして、陰惨な事態など起きないだろう。


 それは明確な美徳だが、相手次第では裏目に出て増長させる切っ掛けとなり、かろんじられてしまう難点も有している。


 ゆえに捕虜との面談を挨拶程度で終わらせるべく、エリザとリヴェルの会話が途切れたのを見計らい、彼女のそばで控える老執事に水を向けた。


「レイノルド卿、城内に彼らを留めおく場所はあるのか?」

「ふむ、そうだな、取り敢えずは地下牢に案内エスコートしよう」


 こちらの意図をんだ御仁が麾下きかの屍兵達に声掛け、手早く憔悴気味の虜囚らを引き立てていき、まだ物言いたげな吸血姫が残置される。


「うぅ、冷酷になれない自覚はあるけど、これって言論封殺じゃない?」


「適材適所というやつですよ、姫様」

「あぁ、苦手なことは俺達に任せると良い」


 ややねたエルザを生暖かく見守る騎士令嬢に同意したところで、黒いメイド服を着用した女性が現れ、静かな足取りで歩み寄ってきた。


 流麗な所作でスカートの裾を両手に持ち、軽く掲げながら屈んで一礼する。


「お疲れ様です、姫様。それにアリエル様と…… 誰ですか?」


「騎士侯に取り立てた元傭兵、クラウドというの」

「そうでしたか、心中お察し致します」


 知己ちきの前任者が朽ち果てたのを察して、陰鬱な様子で項垂うなだれる姿に若干の気まずさがただよう。僅かな沈黙を挟み、緩やかに顔を上げた相手は改めて会釈してきた。


「城のメイドをまとめる鹿人族のマリィと申します、お見知り置き下さい」

「あぁ、こちらこそ宜しく頼む」


「二人とも仲良くね。そう言えば聞き忘れてたけど、手酷いことをされなかった?」

さいわい、の軍団長は節度を重視する方でしたが……」


 言わずもがな、下っ端の兵士達には荒くれ者が多いため、城付きのメイド達は嫌がらせを受けたり、貞操の危機を感じたりする場面もあったらしい。


 あからさまな事件が起きてないあたり、最低限の規律は維持されていたと言えるものの、傾聴けいちょうしていた吸血姫は表情を曇らせた。


「私達の不甲斐なさで過分に苦労させたわ、御免ごめんなさい」

「いえ、滅相も無いです。普通に気まずいので止めてください」


 鹿人のメイドが軽い溜息を吐き、思案するように一瞬だけ視線を泳がせてから、話の矛先を変えるべく言葉を切り出す。


「色々と報告はありますけど… 出陣前、気に掛けていた菜園の “ジャガイモ” は健在です。ご指示通り、駐留軍の方々には新大陸原産の観賞植物だと伝えておきました」


「ふふっ、似て非なる異界カダスの西欧でも、芽の毒で食べられないと勘違いされて、伝来後の数年間は花を愛でるだけの植物だったから、嘘じゃないわね」


 相好を崩した吸血姫によれば、それは驚異的な生産性を持つナス科の作物らしいが、異界カダスでは先進地域の宗教に絡んだ風評被害が凄まじく、約二百年間も “悪魔の根っこ” 呼ばわりされて不遇な扱いを受けたそうだ。


 こちらの世界と同じく、 “下界の平面構造” を定めた天動説が歴代教皇に支持されていた事もあり、“下界の球体構造” に基づく地動説を裏付けるような新大陸由来の物品に対して、宗教家の批判が集まったのだろう。


「取扱いには注意が必要だな、こっちでも厄介な連中を煽ってしまいそうだ」


「別に良いんじゃない? ポルトスの港町まで種芋を買いに行った時、街の交易商は気に留めてなかったし、聖堂教会に気をつかう必要なんて無いよ」


 元々、犬猿の仲であるため同輩どうはいの騎士令嬢は楽観的に受け流せども、近隣諸国の生産性を向上させて飢餓や格差を緩和することで、戦争の芽を摘もうと画策する吸血姫にとって他人事ではない。


 借り物アリシアの願いを果たすべく、多種族の共栄を願う俺も同様なので色々と思案しつつ、場を辞した老執事以外の皆と菜園に向かう。


 ほどなく辿り着いた先には見知らぬ植物が多々植えられており、外縁にはスコップやレーキなど農具の収納場所と思しき東屋も建てられている。


「しかし、菜園の中心に井戸があるとか、贅沢極まりないな」

「一応は領地を治める公爵家の令嬢だから、少し我が儘を言ったの」


 在りし日の光景が想起されたのか、数十年前に他界したと聞く母親に続き、戦争で父兄も失った吸血姫は寂しげに微笑んだ。


 何やら忌諱きいに触れてしまい、少々きゅうしている間にも鹿人メイドは東屋の横手まで移動して、その一角に掛けられていた遮光布を取り払う。


 少し屈んだエルザに身を寄せてのぞき込むと、いびつな球形の根菜が置かれていた。

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