第十八話 転機はどこにあるか分からない

「何故、開門されないんだッ!」


「仔細は分かりませんが、防壁上の歩廊ほろうに守備隊の姿が無い以上、何かしらの異常事態だと思われます」


 側近の従騎士が声を荒げた軍団長リヴェルに具申ぐしんした通り、都市の内情は不明瞭で如何いかんともしがたい。


 もし、壁面に掲げられた王国旗やアルニム辺境伯家の紋章旗が焼き捨てられ、代わりに部族国の領軍旗が風になびいていたら、既に陥落したと断定できるのだが……


 守備兵らの不在だけでは他の可能性も捨てきれず、軽々しく判断すれば致命的な失態を招いてしまう危険すらある。


(まさか、この短時間で中核都市を奪還された? いや、常識的に考えて有り得ない)


 騒ぎ始めた兵卒らと対照的に、軍団長である貴族家の嫡男は思索を深めていくも、それ自体が騎士令嬢アリエルの策謀であり、嫌がらせのような罠に嵌っていた。


 分かりやすい状況など与えてやらず、行動に先んじて考察を挟ませることにより、貴重な時間を少しでも浪費させたいという、彼女の思惑に乗せられている。


(くそッ、クレイドらの犠牲が……)


 一個大隊規模の殿しんがりで、精強な魔族兵を長く留めるのは難しいため、もう勝敗は決している頃合いだろう。


 遠からず、駐留軍本体は背撃はいげきさらされるため、取り急ぎ十数名の騎兵を残りの三門へと走らせてから、重い溜息混じりにリヴェルが呟く。


「全ての門が封鎖されていた場合、いさぎよく転進して戦い抜くのも一興か」


「ははっ、何処までもお供いたしましょう」

無様ぶざまに死ぬよりは本望です」


 覚悟を決めた側近達はいさぎよく笑うが、指揮系統を乱された混乱の中で、逃散とうさんしたであろう殿しんがりの大隊も含めれば、四割近い損耗を出している自軍の勝ち目は薄い。


 蛮勇でアルニム家の名誉は最低限守られても、引き連れてきた配下のことごとくが討ち死にしたすえ、縁の薄い土地でかばねを転がすことになる。


(いや、それも怪しいな……)


 現状で本国と前線を結ぶ重要拠点が奪われる影響は大きく、以後の推移次第では部族国への遠征自体が頓挫とんざして、のこされた身内に批判の矛先が向くかもしれない。


 そもそも、戦場まで付き従ってくれている兵士達は辺境伯領の民草であり、短絡的な玉砕で命を散らさせるなど論外だ。


 ゆえに難を逃れてベルクス王国軍の主力と合流し、またの機会に名誉挽回を狙うことも選択肢の一つだが…… 食糧や天幕、防寒用具など、行軍に必要な軍需物資の大半は閉ざされた門の内側にあるので、身動きが取れない。


 比較的大きいロズベルという町が近隣にあり、立ち寄って略奪を敢行すれば物資の調達はできるものの、手間取っている内に魔族勢が追いつくのは自明と言えよう。


 何よりも、街道の方角には相手方の群影が見えており、再接近するまでの猶予は残り十数分に過ぎない。


「おいッ、後ろからさっきの連中がくるぞ!」

「どうして北門が開かないんだよ、俺達を見殺しにする気か!?」


「これでは士気が維持できません。リヴェル様、どうか御英断を!」

「進退きわまったか、総員反転、陣形を整える!!」


 最早、是非ぜひもなしと大声を張り上げ、前衛に歩兵大隊、両翼に騎兵中隊を配置して、その背後に弓兵小隊及び魔法兵小隊を分散配置していく。


 敵陣に切り込んで一矢報いるため、密度の高い方錐ほうすい陣形を構築するかたわら、不意に戦地へ送り出してくれた両親や妹の顔を思い出して… わざと考えないように避けていた選択肢が脳裏へ浮かんだ。


「なぁ、私が此処ここで投降を選んだら軽蔑するか?」


「いえ、致し方ありません、殿しんがりを務めた者達は無念でしょうけどね」

むしろ好感が持てますよ、祖国以外に骨を埋めるのは御免被ごめんこうむりたいですから」


 てらうこと無く、恥じ入るように告げた従騎士らの言葉が決め手となって、貴族の嫡男は散った者達にびてから腹をくくる。


 わずか数百メートルまで迫り、警戒しながらの漸進ぜんしんに動きを切り変えた部族国の北西領軍に対して、後衛部隊の弓兵達には射撃準備させたまま前衛部隊の武器を地面へ捨てさせた。


 手元に存在しない白旗は振れないが、交戦を望まない意思は十分に伝わるはずだと割り切って、接近してくる軍勢の出方をうかがう。


 その様子を防御塔に隠れて眺めながら、いざ戦闘になれば目星のついた総指揮官らしき若者を魔弾で射殺そうと騎士令嬢アリエルが身構えるも、麾下きかの吸血飛兵らは徐々に緊張の糸を緩めていく。


(ま、姫様なら、降伏を受け入れるだろうし、戦いも終わりかな?)


 無為むいに争う必要もないため、血のたかぶりを押さえていると、狙い定めていた標的が数名の側近兵を従えて矢面やおもてに立ち、凛とした声音を響き渡らせる。


「私はベルクス駐留軍をまとめる辺境伯家の嫡子、リヴェル・アルニムだ。可能ならば貴軍と交渉をしたい!」


 そば付きの女魔導士が行使した魔法 “ウィンド・ボイス” の効果で、風に乗った言葉が広く運ばれて…… 対峙する北西領軍から、若い魔女リアナを従えた緋眼の吸血騎士が歩み出た。

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