第十一話 遠慮がない使い魔と黒曜公の書簡

 他方、頭を悩ませるベルクス王国の将校らとは対照的に、部族国の南東領軍をべる見目麗しい黒曜公は泰然と構え、伝令兵が持ち帰った報告に長い笹穂耳ささほみみかたむけて微笑んでいた。


「ふふっ、自軍の損耗を軽微に抑えて、効率的な足止めと削減ができたみたいね」


おおむね、首尾よく立ちまわることができた模様です」

「援軍は断られたものの、新参の吸血騎士に感謝しないと」


 風に靡く銀紫ぎんしの髪を押さえて呟き、木陰にいた彼女は茅色の瞳をすっと細める。


 森人エルフ系の種族としては希少な長剣使いであり、しなやかな小麦色の肢体を軽装鎧に包んだ黒曜公のそばには側近らが控え、静かに続く言葉を待っていた。


「相手方の動きに変化の兆しが無い限りは現方針を維持、もし強行軍を取ってきたら、侵攻に合わせて中核都市の放棄も検討する」


「では、そのむねを返書で伝えておきます。宛名は吸血公でも?」

「えぇ、エルザ嬢の騎士に直接送るのは疑念を生みそうだから」


 領地での開戦に先立ち、友軍に帯同させていた連絡員が使い魔の白梟しろふくろうを放って、魂魄で繋がる飼い主に届けてきた書状の差出人が吸血公なのをかんがみれば、密かな裏書うらがきで遅滞戦術の立案者が別人だと知っていても礼儀を尽くす必要がある。


(元々、森林地帯に罠を仕掛けて遊撃する予定だったけど……)


 さり気なく提案された戦術では、手間の掛かる殺傷力が高い罠を減らして、囮罠を大量に設置した方が良いとの指摘が含まれていた。


「“低確率であろうが当たりを引けば重傷を負い、運が悪ければ死ぬ状況で、なお勇往邁進ゆうおうまいしんしてくるのは稀有けうな愚者に過ぎない” か」


「実際、先陣の兵達は腰が引け、遅々たる歩みになっていました」

「本当に良い的でしたよ、魔獣を射るよりも簡単です」


 序盤戦を制した安堵ゆえか、軽口を叩いた射手に同調する仲間達が笑い声を上げる中、途端に不機嫌となった黒曜公リズヴェルが片足を踏み鳴らす。


 直後、彼女の立ち位置を除いた地面が激しく揺れて、半径10m前後の同心円状に局所的な地震が起きた。


「「「うぉおおおッ!?」」」

「ちょッ、黒曜公、止めて下さい!!」


 異界カダスの基準で震度6に相当する縦揺れに突如襲われ、倒れた数人が地面に転がるのを見下ろしながら、冷ややかな態度で言葉を放つ。


「一度、痛い目に遭えば魔獣だって学習する。次も同じように成功すると思うな、油断は自身と仲間を殺す。それに……」


 罠の恐怖と自己保身で動きが鈍った隙を突き、森の狩人たるダークエルフの弓矢で敵兵を間引くかたわら、太腿や脚など狙って進軍を停滞させるのも献策の範疇はんちゅうだ。


 上手く成果を出しても、新しく吸血騎士となった見知らぬ相手の思惑に乗せられている感はいなめず、気を引き締めて迎撃にのぞむべきなのは言うまでも無い。


「…… 申し訳ありません、浅慮に過ぎました」

「うぅ、面目ない」


「未だに不利な戦況だから、皆も気を緩めないようにしてね」


 きらびやかな銀髪を掻き揚げたリズヴェルは柔らかい口調で締め、踵を返すと大天幕に戻っていった。


 彼女の側近達も自身の務めを果たすべく、少し遅めとなった夕餉支度ゆうげじたくを取り仕切ったり、部下を集めて野営地近郊の警戒に出たりする。


 そんな風景をぼんやりと眺め、父親の跡目を継いだ幼馴染の横暴により、いつも面倒な書類仕事を押し付けられる弓騎士のティアは軽く溜息していた。


(偉い人宛の代筆って、結構な気をつかうのよね…… まぁ、リズが確認して署名するから、私に最終的な責任はないけど)


 若干、雑念が入った脳裏で文面を起こし、忘れないうちに記述しようときびすを返す。


 やがて仕上げられた書状は南東領軍に帯同している吸血鬼を経由して、騎士令嬢のアリエルより何羽かたくされた伝書鳩ならぬからすの足に括られて、飼い主がいる友軍の下に運ばれていく。


 行軍中は互いの位置関係が継続的に変化するものの、距離の影響を受け難い魂魄の繋がりをよすがにして、夜通し飛び続けたからすは翌日の正午過ぎに目的地へ辿り着いた。


 その半刻ほど前、まだベルクス王国軍の支配下に無い中央領外縁の街で商隊をよそおい、食料品等を調達してきた輜重しちょう小隊の帰還もあって、昼に新鮮な “川魚の塩焼き” を齧っていたあるじの肩へ舞い降りる。


 すぐさま褒美を寄越せとばかりに鴉がくちばしを突き入れ、横から強引に騎士令嬢の食糧を奪った。


「ちッ、やってくれたわね、この下僕ッ!」

「カァ、カァ~♪」


 唐突にじゃれ合い出したアリエルと使い魔を見遣みやり、俺の意識は鳥肢とりあしくくり付けられた書簡筒へ引き寄せられる。


 それは隣で敷物に座して、実家の老執事でもあるレイノルド特製の香草茶ハーブティーを啜っていた吸血姫も同様らしく、小さな咳払いをしてみせた。


「あ、すみません、ちょっと待って下さいね」

「まったく落ち着きの無い、いつまで小娘気分なんだ?」


「年々老けて、口煩くちうるさくなるよりましっと… どうぞ、エルザ様」


 愚痴混じりに差し出された羊皮紙を受け取り、小さな紙面にびっしりと書き込まれた文字を流し読んでから、紅い瞳の彼女はおもむろに書状を手渡してくる。


 反射的に掴んでしまった手前、素直に読み進めれば南東領にける開戦の報せに加え、遅滞と撃破を組み合わせた戦術に対する黒曜公の御礼などが書かれていた。



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人物紹介 No.8

氏名:リズヴェル・ヴァイク

種族:黒曜のエルフ族

職業:呪詛剣姫へクスソード

技能:身体強化(中)

   長剣術

   中級魔法(土)

   大地共鳴

   樹木操作

称号:黒曜公

武器:黒塗りの長剣

武装:森林迷彩の外套

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