第三話 戦争の根底にあるもの

 なお、ひと足先にさらわれた吸血鬼の淑女レディはと言えば…… 未だにお姫様抱っこされていたりする。


「うぅ、落ち着きません」

「背に腹は代えられない、市街地を抜けるまで我慢しろ」


 借りてきた猫のように腕の中で縮まる吸血姫をなだめつつ、俺は気流操作と身体強化の魔法を駆使して、乱雑に入り組んだ貧民街の屋根上を駆けていた。


 現在、ディガル部族国の首都イグニッツは占領下にあるため、まったくと言っていいほど兵卒以外の人影が見当たらず、まだ日は高いのにどこも閑散としている。


 ちなみに戦闘が激しかった区域の家屋かおくは焼き払われており、すすけた匂いが風に乗って、少しだけ嗅覚を刺激した。


「…… 高所から見下ろすと、戦争の陰鬱いんうつさが分かりますね」

「そうだな、まったくって非生産的だ」


「ッ、貴方のような傭兵が… いえ、助けられた身ゆえ、自重しましょう」


 小さく呟いた吸血姫は押し黙り、素直に肢体をゆだねてきたので、落とさないようにしっかりと抱き留める。


 そのままベルクス王国軍の野営地がある北門とは逆の南門へいたり、守備兵の監視を躱しながら二重の都市防壁まで近づいて、歩廊ほろうに繋がる階段を駆け登った。


 さらに留まること無く、足元より噴かせた風と共に跳ねて、転落防止も兼ねた胸牆きょうしょうを越え、続けて引き起こした魔法由来の上昇気流アップドラフトで落下速度を相殺する。


 内壁より一段低い外壁の歩廊に着地した後、同じ動作を繰り返して地面に降り立ち、両腕で横抱きにしていた人外の姫君を自分の足で立たせた。


「ん… ありがとう御座います」

「御礼はいらない、すぐに此処ここから離れるぞ」


 短い会話の合間にまとっていた外套を脱ぎ、目のやり場に困るほど布面積が少ない格好の彼女に差し出せば、そそくさと羽織って半裸の身体を隠す。


「断じて私の趣味ではありません、誤解なさらないでくださいね?」

「分かっているさ、お仕着しきせられただけだろう」


 恥じらい含みの念押しに頷いてから、首都近郊の穀倉地帯を二人で走ることしばし、背後より聞こえてくる乱れた吐息が限界に近付いてきたのに加え、何とか森林の浅い部分まで逃げ込めたので休憩を取る。


 こちらの読み通り、相手方の軍勢は都市封鎖と内部探索を優先したようだが、防御塔から平地を見渡せるにもかかわらず、まだ発見された気配が無いのは想定外だ。


(即応可能な少数の騎兵すら追随ついずいして来ないのをかんがみれば、人狼達が攪乱かくらんしてくれたと見るべきだな)


 一戦交える覚悟が無駄になれども感謝を捧げ、浅い呼吸が徐々に落ち着いてきた同伴者と向き合う。


「“吸血姫の学士” エルザ・クライベルで間違いないか?」


「…… 年若い小娘のような容姿でも長く生きてますから、相応の知識はありますけど、学士を名乗るほどではありません。“護り手” の一人、風使いのクラウド殿」


 どうやら、こちらの素性を知っていたようで、迷いなく呟かれた二つ名を聞き、思わず自虐的な笑みを浮かべてしまう。


 懇願されたとは言え、聖女の心臓に刃を突き立てたのは自身であり、護り手を名乗るなど烏滸おこがましい。


「少し前にベルクス王国から追放されてな、野良の傭兵に過ぎない」

「色々と疑問はありますが… 私に御用でも?」


「単刀直入に言う、知恵を貸してくれ。種族の差によらず、手を取り合える明日が見たい。もう殺し殺されには飽きたし、悲劇も食傷気味だ」


 挑むように視線を合わせて、借り物アリシアの願いを言葉に出せば、異界カダスの叡智が記されている禁書を読破したと、碩学せきがく達に噂される吸血姫は薄っすらと微笑んだ。


「争いの連鎖を止める? 不可能よ。私達が持つ精神的欲求には “際限” が無く、それを満たすための物資は “有限” だから、奪い合いが生じるのは道理ね」


「それが戦争の根底にある原因なのか?」


「えぇ、苦労して対価を得るよりも奪った方が早いわ、特に飢饉などの時はね。抵抗されたら、さくっと殺せばいいの」


 皮肉を述べた彼女は “戦場に立たない権力者の無責任な欲望”、“不安定な情勢下で大切な誰かを失うことの畏怖いふ”、“犠牲に見合う対価を得なければという強迫観念” など、複合的な要因で戦禍が拡大する過程も論じていく。


 その中で彼女があきらめつつも、世界の “り方” に強い不満を抱いていることは伝わってきた。物事のとらえ方は違えど、根っこの部分は亡き聖女と同じなのだろう。


「…… できない理由など幾らでも並べられるが、等しく無価値だ。求める理想が遠いほど、立ち止まっている暇はない。それだけの見識があって唯々諾々いいだくだくと現状に甘んじるだけなら、どうしようもない腑抜けだな、貴様」


「勝手な言い草ね、浅慮な下郎。戦時に必要なのは知識よりも武力、りないと一方的に殴られて、従わされる。私の無様ぶざまな姿や、占領下の街並みを見たでしょう……」


 熱量を含んでいた声がしぼみ、吸血姫は自身にめられたタリスマン付きの首輪を細い指先でなぞった。


「非破壊の術式を刻んだミスリル製の魔封環、最初に気付くべきだったか」


 確かに浅慮だと呆れながらも身を寄せて、拘束具に備えられた鍵穴を覗き、腰元の小袋から特殊なウォード鍵の束を取り出す。


 小さな錠前の構造は基本的に単純なため、鍵穴の内部に設けられた同心円状のプレートを避け、まわせるだけの切り込みが代替鍵の突起にあれば開錠など容易たやすい。


「貴方って、本当に傭兵なの?」

「昔、盗賊あがりの仲間から、金貨一枚で譲って貰った。それよりも……」


 唖然としている彼女を巻き込むため、半月足らず前までベルクス側にくみしていた経験も踏まえ、ディガル部族国の敗戦は確定していない事実を示唆しさしていく。


 王国側の遠征計画では、時間が掛かろうとも着実な進軍で敵首都を陥落させた上、指揮系統が乱れた軍勢を種族単位で撃破する手筈てはずになっており、中間点を過ぎたばかりの現状なら、まだ反撃の余地は残されていた。



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人物紹介 No.3

氏名:エルザ・クライベル

種族:吸血鬼

職業:碩学者せきがくしゃ

技能:中級魔法(闇)

   血武器錬成

   錬金術全般

   異界カダスの知識

   飛翔(短時間)

称号:吸血姫の学士

武器:素手

武装:煽情的な半裸の衣装 & 魔封じの首輪

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