第12話 覚えていない事を思い出すのは難しい

井杉類くんがこの店を去ることはお客さんも今日知ったのだった。

井杉くんと出会ったお陰で、おしゃれに興味を持ったお客さんもいた。

井杉くんがきっかけで男装女子に興味を持ったお客さんもいた。

井杉くんはきっかけを作ってくれた人だった。

井杉くん目当てでバースデーには小さなお店に3組のお客様が来た。

井杉くんはひとつひとつのテーブルを回り、挨拶をした。

『今日は私のために来てくれてありがとう。今日が最後の出勤日になるから、最後は笑顔でバイバイしよう。またどこかで出会えたらその時はよろしくね』

3組来たお客様はみんな口を揃えて言っていた。

『井杉くんみたいな人がいないとロイドはロイドじゃないよ』

3組のお客様は井杉くんの姿を目に焼き付けて、帰っていった。

井杉くんは北野先生を待っていた。

扉が開いて北野先生の顔を見ることを待ち望んでいた。

ロイドが終わるギリギリの時間、午後10時に北野先生は来た。

彼女はカウンターに座り、水を頼んだ。

彼女は井杉くんを見て言った。

『井杉くん、今日誕生日だったよね。これ良かったら使って』

そう言って手渡されたのは、可愛いキャラクターものの付箋だった。

井杉くんは笑い返して言った。

『ありがとうございます。試験勉強の為に使いますね』

『試験勉強って、何か目指してるの?』

『あー、私公務員目指してるんですよ。今は事務で昼間は働いてて、今日は休みにして貰ってバースデーパーティー開けたんです』

『公務員か。だから、今日ココを辞めるって言うのを風の噂で聞いたんだけど、試験とか色々あるからだったんだ。頑張って、応援してる』

井杉くんは先生に言いたかった事を伝えようと唾を飲み込んで頑張って言った。

『先生、私のこと覚えてますか?昔、先生に教えてもらった笠原...笠原優です』

その瞬間、時間が止まったような気がしたのを北野先生は感じた。


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