ねこじゃらし

北緒りお

ねこじゃらし

 秋風に揺さぶられて、ねこじゃらしが右に左にとあたまを揺らします。

 風に押されるままに揺れています。

 なにをするわけでもなく、ただゆらゆらと揺れています。

 それを不思議そうな顔でのぞいている逃します。カエルです。

「やあ、きみはそんなに揺れてて気持ち悪くならないのかい?」

 ねこじゃらしは笑いながら言いました。

「気持ち悪くならないよ、だって、風が全身をなでてくれるんで気持ちいいぐらいなんだ」

 カエルはそれを聞いて、もっと不思議な顔をしました。

「そんなにゆらゆらしていてもかい?」

 ねこじゃらしは、ゆらりとからだを揺らしながらカエルに言うのでした。

「そうだよ、君もやってみなよ」

 カエルは両手を地面につけて、じっと話を聞いていました。

 片手をあげて、体を少しだけ揺らそうとしています。

 けれども、いくらやってもねこじゃらしがやるようにゆらゆらと気持ちよさそうに揺れません。

 なにやら、ぴくっぴくっと体がふるえるところまではでけきても、揺れるというところまで体が動くことがなかったのでした。

 それでカエルはなにやら感心したように、ねこじゃらしを見上げて言うのでした。

「君はなんでもないみたいにゆらゆらしているけど、まねしようとするとできないな。すごいな」

と、なにやら感心したように言うと、その頭の上にひょこっと飛び出ている目をパチクリさせてから、ぴょんと一跳びしてどこかに行ってしまったのでした。

 秋風に吹かれて、ねこじゃらしがふわりゆらりと揺れています。

 ねこじゃらしの茎になにやらつかまってきたのがいます。

「葉っぱがギザギザなのに、食べるところがないねぇ」

 強そうな顎(あご)をしたイナゴがねこじゃらしにしがみついています。

「なんか、食べられそうなところがいっぱいありそうで、食べるところがないねぇ」

と、大きな目を顔ごと動かしながら猫じゃらしのふさふさとした頭を眺めたのでした。

「僕を食べてみようと考えてるのかい?」

と、ねこじゃらしが聞いてみます。

「うーん、食べるのはよそでするよ。きみのふさふさの頭は、みててあきないねぇ」

と、細い足でねこじゃらしの顔をつつきます。

 そのたびに、少しだけねこじゃらしが揺れるのでした。

 ねこじゃらしは食べられたらどうしようと気になっていましたが、イナゴは食べるつもりはなく、ただゆらゆらとゆらして遊んでいるのでした。 「こうやって揺らしているだけなのに、きみのあたまはおもしろいねぇ」

 イナゴは、しばらく揺らして遊んでいたのですが、夕焼けになる時間になる頃になると、そろそろ帰らなきゃと言いのこして、ぴょんぴょんはねていってしまいました

 空は夕焼けに染まり、真夏のじめっとした空気とは違うさらさらとした心地よい風が吹いています。

 さっき離れていったカエルは遠くの方で目を細めるような表情をして草陰でじっとしています。

 イナゴはというと、別の葉っぱの裏に捕まると、盛んに前足で自分の顔を洗うような仕草をしています。

 きっと、日が暮れたらそのまま寝てしまうつもりなのでしょう。

 空は夕焼けですっかりと色が変わってしまいました。

 そこにやってきたのはトンボです。

 羽が夕焼けの明かりに照らされてなにやらきらきらと輝きながら、ふわりとねこじゃらしの頭に止まったのでした。

 休憩をしているのか、それとも高いところに止まって周りを見回しているのか。とにかく、トンボはねこじゃらしの猫背になったような頭に止まり、前足を使って顔を洗ったり目をふいたりと忙しいのでした。

「君はどこから飛んできたんだい?」と、ねこじゃらしが質問をします。

 トンボは、少しのあいだ首を傾げるような動きを繰り返して、あたりを見回した後、ねこじゃらしにいうのでした。

「どこからというのはよくわからないんだ。ただ、飛んでいると気持ちいいからすいっと飛んでみたり、空にいるのが気持ちいいから時々止まって風景を眺めてみたりしているんだ」と言います。

 ねこじゃらしは「空ってどんな感じなんだい?」とトンボに質問します。

「広いよ、それに風があるからそれに乗って羽を動かせばどこまでも行けるし。今日みたいに風が穏やかな日は空に立ち止まって周りを眺めていると、空の広さに、なんだかつぶされそうな感じになるぐらいに広いよ」

 ねこじゃらしは、トンボが見ている風景を想像してみました。

 風に揺られながら眺める空は高く広く、そこまでも続いていくのですが、頭の高さだと草むらが見えるだけで、見渡す限りの空というのは想像ができなかったのでした。

 ねこじゃらしは聞きます「ねえ、空にいるときってなにを考えているの?」

 トンボは、頭をまるで機会細工のようにカクカクと数回動かします。そして、ねこじゃらしにむかって言うのでした。

「気持ちいいからなにもかんがえてないなぁ」

 ねこじゃらしが思っていた答えとは違いましたが、それでも感心してしまいました。

 頭の上にとまっているトンボに、

「そんなに気持ちいいってのは、なんか想像できないなぁ」と答えます。

 そんな、会話になるかならないかのやりとりを続けているうちに、だんだんと夕焼け空は暗くなっていきます。

 トンボは空を見上げると、一言「そろそろ帰らなきゃ」といって飛び立っていきました。

 秋風がねこじゃらしを揺らしています。

 その揺れているふさふさとした頭をじっと見つめているのがいます。

 猫です。

 さっきまでの夕焼けがあっという間に夜になりました。

 こんな夜の時間でも大きな目をさらに大きくして、何か遊ぶものがないかと散歩しているのが猫なのでした。

 猫はねこじゃらしを前足で揺らしながら

「君の頭はおもしろいなあ、こうやって揺らしていると飽きないよ」

と、言います。

 ねこじゃらしは、少しだけ揺らされるのは慣れてますが、猫が今やっているように揺らされるのには慣れてません。

「少し痛いなぁ」

 ねこじゃらしは、猫の足のやわらかい部分と、その先にある爪の部分が頭を揺らしていて、ときどき強い力になるのが気になりました。

 ねこは夢中になってねこじゃらしで遊んでいます。

「君の動きは、なんか手を出して遊びたくなっちゃうんだよね」

と言うと、かるく前足でねこじゃらしを揺らしたり、手だけで足りなくなるとかんでみようとしたりしたのでした。

 ねこじゃらしはねこにされるままゆらゆらと揺れているのでした。

 そろそろやめてくれないかと思っていたとき、遠くの方でケロケロという声が聞こえたのでした。

 ねこは音がする方を向きました。

 ねこじゃらしは、猫の手が止まったのでようやくはげしく揺らされるのが止まったのでした。

 かえるはケロケロと鳴きつづけます。

 ねこは声のする方をじっと見ています。それに音がする方に耳を向けて、かえるを探そうとしているのでした。

 ねこが目と耳を駆使してカエルを探していると、その顔の前をぴょんと何かが飛んでいくのでした。

 イナゴが猫の前ではねたのでした。

 ねこは突然のことで驚いたみたいで、顔を胴体に引っ込めるようにして首をすくめています。

 それで目だけをきょろきょろと動かして、自分の目の前になにが動いていたのかを探しているのでした。

 そうやって警戒している猫をからかうように、イナゴはぴょんぴょんと何回かねこの前をはねているのでした。

 ねこは草むらの中から中へはねるイナゴを追いかけるようにして顔を動かしています。

 いなごが何度かはねたとき、ねこは前足をそろえて草むらに飛び込んでいったのでした。

 幸い、いなごはねこに捕まらず素早く早く、そして高くはねました。

 そして、猫の背中に乗ると、もうひとけり高く跳ね上がって、また草むらの中に隠れていったのです。

 ねこが振り向いてイナゴを追いかけようとしているその目の先をスーっと飛んでいくのがいました。

 そうです。トンボがねこの前を飛んでいったのです。

 トンボはその素早く空を渡っていくのを駆使して、ねこの鼻先を飛んでいます。

 鼻先というより、その細い足でねこの鼻を少しつついていくのでした。

 そのたびにねこはむずがゆいような顔をして、前足で自分の顔をかいています。

 なんどかトンボがねこの前を飛んでいると、いいかげんねこも降参したのか、すくっとたちあがりかけだしていったのでした。

 ねこじゃらしは大きな声でみんなに礼を言います。

 カエルはゲコっとないて、イナゴは一つぴょんと飛びます。

 すーっと飛んでやってきたトンボは、ねこじゃらしのあたまに止まると

「きみのあたまは特別きもちいいからねぇ」

というと、また飛んでいったのでした。

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ねこじゃらし 北緒りお @kitaorio

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