家族か他人か

始まりは100年前までに遡る。



 ザハール国にひっそりと存在する孤島、クリスタル。そこには一人の博士が住んでいた。博士の名はノア・アロンド。彼の存在を知っているのは数知れず、常に孤独な存在だった。彼のそばにあったのは莫大な知識と至高な技術だけだった。なぜなら彼が不老不死の研究を完成させてしまったからだ。別れが来るくらいなら誰にも会わず一人でいる、という選択をし、何もないこのクリスタル島で日々を過ごしていた。そんなある日彼は、人間ではない相棒を作ろうと人工知能を積んだアンドロイドを制作し始めた。人間らしさと高性能な能力を持った最高傑作を作り出そうとしていた。しかし博士は知識を備え付けることは簡単できたが、人間らしく作るという部分で膨大な時間を使っていた。人間だって、知識はすべて後天性なのに対して心は先天性なのだから、一から作り出すことなんてすぐには無理だった。

 諦めようかと悩んだとき、彼は心のないアンドロイドを一度動かすことにした。彼はこの完全体ではないアンドロイドを仮名でベータと名付けた。名の由来は、完全体のアルファにまだいきついていない、ベータ版であることからだった。

 上半身のみの不安定な体でアンドロイドが目を覚ますと、博士はなぜかわからないが驚いた。そして少し震えた声で博士は話しかける。

「おはよう。俺が、君のお父さんだ。」

博士はその時博士自身がアルファになったと言っていた。孤独とともに失いかけていた、自身の感情に火が付いたのだと、キラキラした目で語っていた。あの目が今でも好きだった。

 彼はアンドロイドにたくさんの知識を身に着けてもらうため、創造したばかりの箱舟、「海鳥」に搭載した。”船員”がどのように月昇されるのか、という観察も兼ねてのことだった。アンドロイドは月に呼ばれることは無いし、生命も宿っていないから無事帰ってくると考察したため、博士は安心して船に乗せていたようだった。

 アンドロイドが船に乗り、帰ってくるたび、博士か人間らしいボディーパーツを少しずつ完成させてゆき、アンドロイドを作り始めて長い年月をかけ、ついに心のない人間が完成した。体を切れば赤い液体、ほったらかしにしたら伸び始める爪と髪。そして柔らかい内臓。当時の技術ではブリキのロボットを動かすだけで大絶賛だったのに、彼は人間とほぼ同じものを作り出したのだった。

 だがいつまでたっても心はできなかった。プログラムすればほほ笑むことはできるけど、自分で自然に何も考えずにほほ笑む、ということはできなかった。それでも博士はずっと、笑っていた。

「お前は俺の最高傑作だ」

気が付けばこれが博士の口癖になっていた。


 身体をもらってからしばらくして、博士は瀕死状態の少年を拾ってきた。12歳くらいの華奢な男の子だった。博士は仮名でアルファと呼んだ。彼には感情があるから、完全体の意味を込めてなずけた。彼の体の傷を塞いだ後、傷を癒す効果があるドロッとした液体に彼を浸し、彼の目覚めを待つこととなった。博士の計算では5~8年で目覚めるとのことだった。このことがきっかけとなりアルファの傷を治すときに使った人工血液とベータの制作で作った人工皮膚、そして資料としてもらってきた7歳くらいの子供の臓器を組み合わせて、博士は新たな実験に取り組み始めた。それは人造人間を作り出す、という実験だった。

「ベータの感情に火をつけるためには、たくさんの交流が必要だ。」

そういってまたキラキラした目で自分を見る。博士の意識の中心が自分になっていた。そしていつの間にか完全に博士の生きがいが自分になっていた。当時の自分にはその時、すでに感情があったことに気が付いていないと思うが、今ならわかる。それがとても、うれしかったことを。

 それから博士が作った人造人間は完全体だった。人間の内臓で作ったため、すぐに感情を持つことができたようだった。少しだけくすんだ金色の髪。新緑を閉じ込めたようなきれいな瞳。柔らかな肌。これこそ博士の最高傑作だろうと初めて会ったときに思った。博士はこの人造人間に『ガンマ』と名付けた。名前の由来は単純でアルファと自分の後に生まれたからガンマになった。

 博士はアルファを治すため、実験室にこもりっぱなしになり、自分の話し相手はガンマになった。最初はガンマの感情を”羨ましく”思っていたが次第に、その愛くるしさに気が付きべらぼうにかわいがり始めた。愛おしかった。自分よりはるかに短い時間をこれから生きる者の儚さと尊さを初めて感じた。子供の体温がここまで温かいことも初めて知った。このころには自分の内側に感情が芽生えたことを確実に実感した。表にまだ出すことはできないが、感情が自立していることが分かった。


 これからこの子と過ごしていくと思った矢先のことだった。

 普段からほとんど来客の来ない孤島だったが、その日は珍しく扉の叩く音がした。その日は嵐の夜だった。金属の鎧を着た人が10人近くやってきて、博士に一枚の手紙を渡し、去っていった。ガンマの小さな手が冷たく震えていたのを今でも覚えている。

 その晩、博士に呼ばれて部屋に向かった。博士の目が寝不足以外で腫れているところを初めて見る日になった。博士が自分の姿を見ると自信のなさそうな足取りで歩き、力のない細い腕で震えながら、己の体を抱きしめた。博士に抱きしめられるのはこれが最初ではないが、それなのにいつもと違う感情を抱いた。拒絶もしないが完全に受け止めないまま、そのままでいると、博士は「すまない」と小さくいった。

 博士は、天才だった。人間が考えることができないくらいの大天才だった。だから博士は作り上げてしまった。人工的な”月華人”という特別な人間を。その原因は人工血液だった。そこに月の雫が紛れたようで、アルファとガンマの体内に月華人の血が流れてしまったのだ。そのせいで普段は一切国と交流を取っていなかったのに、サイール国が海鳥候補生や孤児院の中に誰も三日月と十三夜月、それから十六夜月の力を持つものがいないとわかったため、国がまじないしを雇い調べた。その結果結果、クリスタル島に三日月と十三夜月、その二人の月華人がいると判明したため、攫いに来たようだった。アルファはまだ目覚めないからしばらくは大丈夫だが、ガンマはすぐに攫われてしまうようだった。博士はせめてガンマが怪我をせず、健康体で過ごせるように強い体にガンマを改造することにした。ガンマはずっとお姫様にあこがれていたのに、男性の体になってしまったのだった。兄として心が痛かったが、それでもガンマが長生きできるなら仕方のないことだと思った。

 ガンマはこの日から一緒に眠ってほしいというようになった。博士は寝なくていい体をしているため、睡眠をとらなくなっていたが、ガンマは普通の人間だったから眠る必要があった。せめてこの子がいなくなるまで最大の愛情を与えようと、博士と決めたからすぐに実行した。古文書によれば三人で眠ることを川の字になって寝るというらしい。この眠り方をするといつもよりも皆の鼓動がゆっくりとしていることがよく分かった。安心しているのだろう。たぶん。それからガンマに小さい情報提供端末を体内に装備させた。位置情報やストレス値をどこにいてもすぐに可視化できる優れたものだった。ガンマがいつどこにいても、大変なことに巻き込まれたらすぐに助けてあげることができるように、とのことだった。

 それから数日後、島にガンマの姿が見えなくなった。



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海鳥 Re-start on a voyage 五月雨 @MaizakuraINARI

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