繰り返す物語

 愛してしまったのはいつだっただろうか。あの子の笑顔が好きになったのはいつだっただろうか。あの子の手を取ったのはいつだっただろう。

 月の影響で、このひと月を何度も繰り返したが、あの日々だけは忘れられないままだった。毎日のように思い出して、苦しくなって、忘れようとする。それでも愛おしくなって思い出して、また、苦しむ。それでも、毎回ちゃんとあの子に傷をつけないよう守れているだけ、まだ良かった。


 

 覚醒月の夜、あの子の手を握って、暴走した船員たちから逃げたあの日。何もかも思い出して、苦しむ姿を優しく見守ってくれたあの時。けじめをつけて自分の弱さに決別したあの瞬間、俺はあの子を愛してしまった。そしてあの赤い月に誓ってしまった。月に対しての誓いは絶対叶えなくてはいけないというのに。

「一緒に、帰ろう」

「一緒に幸せになろう」

そんなことを、誓ってしまったから。俺はこの出航を何回も繰り返す羽目になった。

 月華人が自分の月に叶えたいことを願うと月は別に願いをかなえてくれるわけではないが、願いを叶えさせるよう、月華の力よりはるかに高い力が働き、何が何でも願いを達成することができる。まるでチートのような力だ。

 そんな力にも欠点がある。それは願いを取り消すことができない、ということだ。それの何が悪いかといわれれば、例えば、絵本に出てくる悪役が途中で改心して、みんな仲良くハッピーエンドを迎える、はずがその前に悪役がヒーローを殺す、と月に願ったなら、そのハッピーエンドは決して迎えることはできない、というようなことだ。だから、その強力な月華な力については禁書の赤い本にしか書かれていなくて、今を生きる月華人たちのほとんどは知ることのできない情報である。

 なぜそれを俺が知っているか言うと、それは”あの人”と”あの子”から最初の出会いの時に聞いてしまったことがきっかけとなる。どうして二人が知っていたのかはわからない。それでもその力は本物だった。だから今もずっと。

 俺から見るこの世界はすべて偶然が作り出すものだと思っていたが、月から見るこの世界はきっと何かの物語に過ぎない。月が求めた物語の通りに動かない限り、きっと俺、いや、俺たちは解放されることは無いだろう。それでも、それだとしてもまだ、そのことを完全に受け入れずにいる。ほんの少しだけあらがっている自分がいる。だからこの日々を狂わずに過ごしたままでいるのだと思う。


 これから夜の悲劇が始まる。海鳥の”役割”、月の”暴走”、において、船員の死は避けたくても避けられないのだから。


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